48. 冷房注意
赤い屋根の商店は確かにあった。2軒隣の5階建てデパートみたいな建物だ。
実は落っこちたのは水色の屋根で、今は便座を上げた洋式トイレに嵌る、みたいな状態だ。
背中からゴロンと転がって衝撃を逃がしてっと想定していたが、地面でなく屋根に落ちる上に刺さるとは思っても見なかった。
もしも背中から落ちずに落下地点を見極めるまで前を向いていたらこうはならなかったかも知れない。歩きスマホや脇見運転も含めて前に進む時は、まず前を向いて全方確認を怠らない様にしよう。手遅れだけど。
「く」の字どころか「U」の字まで折り畳んだ身体は、脇と膝がくっついてて両脚が垂直に立ち、その間に頭が覗いているという恥ずかしい格好だ。不幸な事に、折れた木材が太ももや急所にチクチクと食い込んで無暗に動けない。オマケにこの建物、やたらと冷える。屋内に突き出た尻は無論、屋根も含めた全体が冷たい。
「クッソ~、この不幸続きも神様の仕業なのかぁ? よし決めた、お賽銭で御礼参りしてやる」
沸々と湧き上がる怒りを熱気に変えるつもりで身体を温めようとした。ところが温まるどころか身体の芯からどんどんと冷えて、終いにはガチガチと歯が鳴る位にまで凍えて来た。
この身体の冷え方には覚えがあった。ずっと昔、そうと知らずに心霊スポットを横切った時と同じ、気味が悪い時の冷え方だ。
「………!? (♯゜Д゜)カァーツ!! 今更引かねぇゾ! 俺ァ、八百万信仰だが、神道系でこっちの神様のありがたみとか知らないもんね! こんな仕打ちするなら全面戦んん゛あ!? 痛ッ! 痛ダダダ……!」
見えもしない神様に悪態をついていると突然何かに尻を掴まれ、そして引っ張られた。大事な所に木材が食い込んでもお構いなしに引きずり込まれ、凍える室内へと放り出された。
「フッフゥ~ゥグ……グァアアs、すぅあぶぅ~いぃいぎぎ」ガタガタガタ
寒さに耐えようと蹲る。周りには誰も居ないようで、自分の心臓の音だけが耳に木霊している。
ならば何がここへ引きずり込んだ?
「大丈夫かい? 子供がこんな所で一体何をしていたんだい?」
声が聞こえて鼻水と真っ白い息を吹き出しながら顔を上げると、そこには真っ白い顔の骸骨が膝を付いてエルドワーフを見下ろしていた。
骨人には肉が無い、目が無ければ鼻も無く、舌が無ければ胃袋も無い、考える脳味噌だってどこにもない。しかし身体は動かせる、どこに何があって、どこへ行くことが出来て、何をどうして良いか悪いかの判断が出来る。
何故なら魂が宿っているから。
骨人になるまでに覚えた事を魂だけはいつまでも憶えている。死霊術師の腕次第では生前の記憶を維持しつつ、契約を通じて役割を命じて思うがままに使役する事が可能だそうな。
彼の名前は“白金78号”、世界的大企業“白金満”の一事業である製氷屋“白氷”の雇われ支店長だと言う。
「フフフ、君には悪いがここで誰かとティータイムを過ごせるとは思わなかったよ。ミルクと砂糖は如何かな?」
「ミルクとの割合1:1で、砂糖は結構です」
「ほほぅ? 自分の飲み方があるのかい? 珍しいね。さ、ミルクたっぷり悪魔茶を召し上がれ」
「フッフッフ~…ジュルジュルジュル」
「………」
ほとんど黒に近い焦げ茶色の悪魔茶こと珈琲をカフェオレにして飲むと、懐かしくも信じられないほど芳醇な香りと湯気を立てて、鼻と口とそこから繋がる胃袋までの臓器を温かく癒してくれた。
「気に入ってくれたようで安心したよ。好き嫌いの別れ易いお茶だから」
そう言うナッパさんは香りだけを堪能して口を付ける様子はなかった。
「ふふ、骨人はね、五感が無いと思われがちだけれど、とんでもない。こうして視覚で君を認識できるし、この純白のローブの感触も解るし、こうして温かく素晴らしい香りを愉しむことだって出来るんだよ」
一切の表情を作ることは流石に不可能そうだが、その仕草だけで嬉しそうなのがハッキリと伝わる。
「但し、舌と胃袋が無いから飲食をすると……ね、行儀が悪いから香りだけが楽しみなのさ」
黒を基調とし、シャンデリアの灯りだけが部屋を照らす薄暗い室内は、一見すると仕事部屋だが衝立の奥を窺うと棺桶や香炉など彼の生活が見えてくる。
「あんまりジロジロ見ないでくれないかい。ここに招き入れた手前悪いけど、本当ならここに生者が長居するのは良くないんだ。1階の商業スペースならともかく、2階から上は冥界の風を空調で巡らせているから、話したくても凍えて無理だろう? 今はこの階だけ一時的に切っているし温かい悪魔茶で誤魔化しているけれども、ここから下の階へ降りる階段までの扉を開けた途端に忽ち凍死するだろうね」
ならどこから出れば? 屋根?
「穴が広がるといけないからそっちのテラスから降りればいい。魔界産の煙草を育てているが、それには触らないでいてくれると助かる。栽培の難しい品種なんだ」
魔界と言えば、マクドワイズの姿がずっと見えない、下層は悪魔の領域内で自由に出現出来ると聞いたのに。
「それは外での事さ。悪魔と言えど、契約や令状無しに勝手に商用施設には入れないよ。特に白金満の御大のような方の縄張りには……ね」
そうして話を聞いている内に段々と身体の芯から活力が湧いて来て眠気も醒める気がする。
「悪魔茶は仕事人間の為の活力剤だからね。何があったか知らないけど、君がこれからしようとしていることは余程の事だよ。それを成す為には必要だと思ってね」
そう言えば一言も話していないのにどうして?
「さっきも言ったけど五感が無い訳じゃないんだ。舌が無いから声も出ない、けれど我々死霊には所謂第六感で思っていることを感じ取れる。こうして喋るフリをしなくとも」
(心で直接語り合える、急いでいるんだろう? 私も応援しているよ、もっとゆっくりと話をしたかったが、元気なうちにここを去りなさい)
バイバイ“叉羅操樹”
突如、背後の衝立を突き飛ばしながら、萎びて生気の感じられない枯れ枝が2つ飛び掛かって来た。害意を感じなくて反応が遅れた為に巻き付かれるがまま攫われ、派手な音を立てて独りでに開いた扉から空中へと放り出された。
それからすぐに自由落下が始まり、地面に叩きつけられると思って身体を硬直させた瞬間、宙に浮いたまま停止した。
「フ~ヒュルルル……、どこにも見当たらないと思ったらあんな所に居たんだねぇ。そりゃわかんないよ。ヒョッヒョッヒョッ!」
赤い髪に赤い鼻、赤い手袋赤い靴、白い肌に黄色い服で不気味な目付きのマクドワイズが身体の下に現れた。




