42. 口約束
「さ、ざ、さ、3億ぅ~~~!!!???」
「おいコラッ! 心配してやったのに調子こいてんじゃねーよ!」
「言い値で結構って言ったのはソッチでしょう? ね?」
元はと言えばベルト氏の弟が要らぬちょっかいを掛けたのが始まりだ。なのに逆上して死んで来いなんて言うんだから、そっちも銀行家生命を掛けて見せろと吹っ掛けてみたのだが。
「好きにしろ」
あら素っ気無い。用意するつもりも無いのだろうか。
「べべ、ベルト様! 依頼はともかく、そんな安請け合いをするには破格では御座いませんか!?」
「ククク……、医者に金貨の心配をされてしまった」
何だか急に小物臭い人物に思えてきた。相手するのも疲れてきたし、とっととここを出よう。
『待たれい、そこのお坊ちゃん』
「?」
俺の事を坊ちゃん呼ばわりするのはセイン爺さんだけなのだが、そっちの方を見るとセイン爺さんはベルト氏の方を向いて呆れた表情を見せていた。
「?」
『アハハハハ! さっき僕と熱ぅ~い血の契りを交わした仲じゃないの~ヒョッヒョッヒョッ』
何でマクドワイズの声が聞こえるんだ? 気色悪い。
『恥ずかしがっちゃって可ぁ愛い~ヒッヒッヒ! コレから早速、僕とのデートに行こうと必死になってたクセに~、このこのっ♪ ぎゃあ?!』
ヤツが喋る度に震えると思ったら、ポケットにしまってた契約書がブルブルと震えていた。だから思わず取り出して床に叩き付けた。
「きゃっ! 急にどうしたの?! 物に当たるのは辞めた方が良いわよ?」
『そーだそーだ、大事な契約書に傷が付いたら破けた契約書になっちゃうじゃないの』
「あん? この声は……」
「…マクドワイズか……!?」
「そうだよ~ん! マァクドワ~イズです! 障子に目有、契約書に悪魔有。今の口約束、聞いちゃったもんね~うっひょー」
丸めた契約書の筒穴から頭だけ出してマクドワイズが囃し立てる。筒から出ないで転がる姿がうざったくて踏み潰したくなる。というか何でここに悪魔が現れられるんだ? 最下階から一段上階だぞ?
「おっと~、こんな僕ちゃんを踏み潰そうなんて酷い事しないでよ? 反対側の穴からお尻の身が出ちゃうかも! フヒュヒュヒュwww!
所で、今の口約束。たった今書面に書き記して、保証人に僕の名前を書き記したよ。後は君達当事者二名の署名が入って契約成立だけど……するよね?」ピラッ
そう言って穴から片腕と共に取り出したのは、包まっている紙と同じく気味の悪い赤色で同じ大きさの書類だった。
「あ! だけど『好きにしろ』って言ったから、君の承諾を受け取ったと見做してそこの君が代筆しても構わないよ」
「お、俺がぁ? 嫌だよ」
「魔、やらないならやらないでこうなるんだけど……」パチンッ
「ぐあああッ!?」
返事を待つまでも無く、ただ顔を引き攣らせていたベルト氏の親指から爪が捲れ千切れ、そのまま独りでにふよふよとマクドワイズの下へ漂っていった。そして血の滴る親指の爪が、赤い契約書にベルト氏の名前を認めた。
「親指は承諾の指。確かに受け取ったよ。で……?」
「自分で書くよ……ペン貸して」
「ハイ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ペン借りようとしたら悪魔が自分の鼻の穴に指突っ込んで何か出そうとしやがったが、その前にフランからペンを借りられて良かった。速攻で署名して悪魔の契約書も回収した。
怪我をしたベルト氏はセイン爺さんの手当てを受けながら戦慄いていた。自分の血で自分の名前を用いた契約が成す術も無く成立した。しかも信じられないほど巨大な金額でだ。
「馬鹿な…、何故私がこんな事に……」
「いやぁ……自業自得ですぜ。流石に」
「私がこんな間抜けを晒すヤツだと思うのかぁ!!!」
自分の発言を棚に上げて当たり散らすベルト氏。ほとんど全員が冷ややかな目で見つめる中、上半身だけを抜き出したマクドワイズだけがニヤニヤと笑っている。
「お目覚めですか? ベルト君。爪を剥ぐのは良~い気付けになったでしょう?」
「分かっていながら契約させたのか!!?」
「罰が当たったんだよ。きっと……フヒュヒュ」
「クゥ………フラン、貴様結界を切ったな!!!」
「滅相もありません! 私の防音結界は依然、保ったままです」
「動機は有るだろ。自業自得ならまだしも、裏切られたのなら話は別だ。どんな力が働いたか知らないが、神様ってのは普段冷徹な人の心までもを操っちまうんだなぁ? 恐ろしい」
「あわわわ……」
「ちょっと! 私を巻き込まないでよ!?」
恐れていた事がまたしても起こりつつある。最早手段を選んでいられない。
「 う る せ ぇ ー ! ! ! 」ブゥん!
「うぎゃああぁぁぁ!!!!??」
怒声に併せて熱波を放つ。力の限り手をぶん回した風圧と熱気で全員が怯んだ隙に、ドアから外へ出る作戦だ。そんなに熱は込めていないが、悪魔には効果覿面だったようだ。
「俺の予定をこれ以上先延ばしにするつもりはない! こんな所、さっさと出て行く(ガッ)……よ! (グリグリ) 何でだよ!!?」グシャッ
ドアノブが回らない。というより鍵がかかっている? イヤでも勢い余って握り潰しちゃったけど、ドアそのものがビクともしない。魔法の力で閉じ込められているようだ。
「え……うわスッゴイ頑丈な魔法が掛かってる! どうして閉じ込めるの?! 最初、ただの事情聴取のつもりだったけど、ここまでする必要あるの? これ取調室とかに掛かってるのより強いよ」
「んん? オイ、私はそこまで頼んだ覚えは無いぞ、結果的に都合は良いが」
「前が駄目なら後ろを……お?」
何故スカーレッドが取調室の魔法の強度を知っているのかはさて置いて、この部屋の出入り口は二つある。一方が駄目ならもう一方を試すのが道理だが、これまで一言も発さなかったもう一人の護衛が目の前に立ち塞がった。
「ここは引け。そしてその契約書を無効にしろ。万が一にも依頼が達成された場合、少なくない人間が路頭に迷う事になるぞ」
「次から次へと……文句はお宅の上司に言ってよ。こっちは急いでいるんでね」
「シャルル、無駄だ。悪魔の契約書は一方が死ぬか達成されるまで有効だ。寧ろ、無理を承知で引き受けた彼を通してやりなさい。おっと、そっちの裏切り者は通すなよ」
雇い主からの許可を得たというのに目の前の護衛はうんともすんとも動かなかった。
「シャルル!」
「彼は裏切り者ではありません。結界は彼の言う通り依然として張られたままです。そして……ここを通す事はありえません。誰一人として」
「じゃあさっきの扉をこじ開けます」
「え?」
今まで黙ってたくせに急に喋り出したかと思ったら、またも妨害するんだから本当に付き合っていられない。だからいっそ、ドロドロに溶かしてでも外に出ようと魔力を練り上げるとナイフが飛んできた。
しかしそれはシャルルじゃない方の護衛が叩き落とした。
「お前までトチ狂ったか?! 仕事増やすんじゃねーよ!」
「ドリー、あのようなベルト様の後では些か信じてもらえないかも知れませんが至って冷静です。ただ今日、この夜だけはここから誰も外へ行かせる訳にはいかないのです」
「ハァ? だからって子供にナイフ投げつける理由にならんだろ」
「大儀の為です」
「構わん、行け」
「言われなくともッ!!」ドガッ
思いっ切り蹴りを入れたのに軋みすらしない。全力でもないから、もっと気合いを込めたら破れそうな気はする。
「やっぱり後ろのドアから行った方がいいんじゃないか? このバカは俺が抑えとくからよ」
「もうちょっとなんだけどな~」
「うぅ~死ぬかと思った~。あ、そうそう、今外は面白い事になってるよ~、あっ!! 熱ッ!!?」
熱波に気絶していたマクドワイズが目を覚ますと何か言った。それを聞く前にドアごと周囲を高温で熱して脆くなった所を蹴り破ると、惨憺たる光景がそこに広がっていた。




