38. 結局気絶
身包み剥いで出てきたのは、ベストの下に身に付けていたホルスターと予備の弾倉くらいな物で、あとはただの煌びやかで高価そうなだけの礼服である。流石にパンツ一丁の生身で戦う気は無いらしく、降参してからは抵抗する素振りをしなくなった。
それでもアルトが負けを認めて武器を手放してから数秒、まだ何か仕掛けて来るんじゃないかと警戒し、掴んでいた手で突き飛ばすと同時に背後へ飛び退いた。
「この通り恥を忍んで降参の意思を示したのに無礼じゃないか?!」
「って言ってもねえ……不意討ちが得意じゃありませんか」
「打つ手が有ればそれも吝かではないな、それよりその手は大丈夫なのか?」
恥を忍ぶ割に堂々とした態度に警戒心を強めながらも、その視線の先の左手にチラリと目を遣ると、なんと魔力を集中させていた指先と爪が消滅し、断面からは白い骨が顔を覗かせていた。
つまりこれが原子的魔導原動力の代償だった。熱にはかなり耐性があると思っていたが、指先だけでこんなに綺麗さっぱり焼失したのなら、全身でやって見たらばその瞬間、文字通りこの世から消えて無くなっていたのかもしれなかった。
「うんまぁ、大丈夫じゃないかなぁ? 痛くはないし」
「骨が見えて大丈夫なんて言い切れるのか、勝てない訳だ。それにしても僕は慣れているが、閃光爆弾を喰らって会話が出来るとは凄いな、褒めて遣わそう」
「………負けを認めた割に随分と堂々としてらっしゃる。露出の気がおありで?」
「馬鹿を言ううな! おい! 決闘は無事に終わってしまったのだから、とりあえず和解の印だろう」
そう言って噛みながらも、右手を差し出してまで歩み寄ったアルトに対し、エルドワーフはその右手をじーっと見つめたまま無言で同じく右手を差し出し近づいた。
そしてガッチリ掴み取った手には余りにも過剰な力が込められていた。
「グ……好い気になるなよ」グリグリ
「往生際が悪過ぎませんか」ギチギチ
因みに、決闘で勝敗が決まると敗者が先に舞台から降りる。ドルモア邸でも傷の手当の為にラガリアが先に降りていたし、気絶していたけれどエルドワーフが先に降ろされていたそうだ。
だから敗者であるアルトがさっさと舞台から降りないといけないのに、この新たなしょーもない小競り合いをおっ始めやがってまだヤられ足りないのかと顔を挙げて見ると、徐々にアルトの顔から生気が抜けて蒼白くなりだした。
「何か顔色が悪いですよ? ホラホラ舞台を降りて下さい」
「ああ、その前に………“サルーテム”………フッ、やはり神の意思に報いれないと、天罰に……」
「うわ?!」
そして何事か言い終える前に、白目を剥いて膝から崩れ落ちてしまった。
「ちょちょ!? なあ! ふざけんなよ! 疲れて寝るのは医務室で……!?」
急患の対処法は取り敢えず仰向けに寝かせる事だと思い、力んで離さない手はそのままに肩を掴んでひっくり返すと、信じられない位に体温が下がっていることに気が付いた。呼吸と皮膚から伝わる心臓の鼓動も弱まっている気がする。そしてエルドワーフ自身の首筋から背中に掛けて、得体の知れない感覚がゾワゾワとして、無性に気味が悪くなった。
「何なん、何なんだよコレ。意味わからん。誰か! 医者ー!!」
事態の異常さに気が付いて駆け付ける音が聞こえるが、それよりも早くどんどん生命力を失い、とうとう呼吸も止まった所で誰かが傍に着地した。
「応急処置が解らないなら退いて!」
「はい?! どうぞ…」
その人は真紅の豊かな髪を後頭部からうなじに向かって結わえ下げ、髪の毛の色に負けない赤色のドレスを着た、エルドワーフと比べても小柄な女の子だった。走った所為なのか心臓の音が良く聞こえている。
「……冷たいし息してない! 心臓は…止まってる!!? 動け!」ベギッ グッ! グッ!
到着した途端に状況を確認するとすぐに心臓マッサージを開始した。肋骨の圧し折れる音から始まり、小気味よく胸を圧迫しながらも質問を投げかけて来た。
「アンタ、風の魔法は得意? 呼吸の介助が出来る程度に」
「無理。やったことない」
「じゃあコレ変わってくれる? 潰さない程度にこのテンポで圧迫するのよ。その手は一応、生きてる証明だからそのままにして」
握手したまま言われた通りに立ち位置を入れ替えて片腕ながらも交代すると、女の子はアルトの顔を掴んで口をこじ開け、手に魔力を集中させ始めると、アルトの胸が上下に動いた。
「まだ続けて! 空気を出し入れしてるだけだから。て言うか早く医者か神官か、何だったら死霊術師でも来なさいよ!!」
女の子の怒声が飛ぶと、どたどたと足音を響かせながら漸く医者が到着したようだった。チラリと確認すると、ぴっちりした白衣を着てしわくちゃの顔に紫色のドレッドヘアーを下ろしたファンキーな爺さんだった。
「死霊術の心得は無いが、それ以外はあるぞ。それでどうしてこうなった?」
医者は女の子の方を向いて発言したが、女の子はそんな事知る筈も無いのでこちらを見つめて来るから代わりに答えた。
「決闘してコイツが負けたから和解だって握手したら、唐突に白目を剥いて膝から崩れ落ちたよ」グッグッ!
「唐突に? ふ~む? 肉体には何の異常も見られない、内臓も健康そのもの、いくつかは止まっているが。ならば……うッ!?」
医者が目を細めて何かを診た後に両手を翳したところ、顔を青褪めさせてしまった。
「何?! 何か判ったの?」
「信じられん、これは呪いなんてもんじゃない、祟りだ。アルト様は祟られている!」
「何でアルト君が祟られるのよ!? どっちかというと珍しい位に敬虔な信者よ、この子」
「神にも色々居る。この気配は我々の信ずる神々の神気とは異なる。恐らくこの地に古くから居座る土地神のものだろう」
「土地神? 聞いた事無いわよそんなの!」
如何やら二人はアルトの事を知っていたらしい。その二人によれば彼は随分と信心深い若者だったそうだ。
つまり、土地神は扱い易そうなアルトを俺に嗾けたが失敗したから始末に及んだという事か?
理不尽だ、俺にとってもアルトにとっても。これはいよいよ神域とやらにお参りに行くのを急がないと、いつまた第二のアルトが現れるかわからない。
「フッ、フッ、フンッ……どうして神の仕業だとわかるんですか? 僕には何も…フッ、フンッ…感じられません」グッグッ
「それは君が不信心者か日頃の行いが悪い所為だろう。そんな事より外野で君の闘いぶりを拝見させてもらったが、興味深い魔力の湧かせ方をしていたね? そこで君に協力をお願いしたいが構わんよな?」
「コレ替わるか、さもなきゃ手短に指示を」グッグッ
「ありがとう。でだ、君は火属性の魔法が得意そうだが、身体を補助する時は無属性の魔力を扱っているように感じたが合っているね?」
イメージの流れで燃えるだけで、燃えていない魔力が無属性というのならば是である。
「それで?」
「その魔力を彼の身体に少しずつ注いでくれ、良いと言うまで一定量ずつ、心臓の真似をするんだ」
「了解」
他人の身体に魔力を注ぐなんてことは初めての試みであるが、鎧化の延長と思って的確な指示を基に、心臓マッサージと同時進行でピストン一基分の魔力を注ぎ始めた。それに合わせて医者は、アルトの喉元とお腹に手を当てて小声で讃美歌の様な呪文を唱える。
するとその効果は劇的で、すぐさま心臓が動き出し、呼吸も再開し、じんわりとした温かみを取り戻したのだ。
「す、すごい! あっと言う間に回復しちゃった」
「………うっ! げぼぁ!!」
「ああ! お二人さん、もう結構だよ!」
余りにも劇的過ぎてマッサージを止める機会を少しだけ逸してしまった。呼吸も無理矢理空気を肺にねじ込んでいたのでタイミングを逃してアルトが滅茶苦茶咳き込んでいる。
「うげぇッッほ!! ゲッホ、グハァ! ………こ、殺す気……か……」ガク
「また死んじゃった!?」
「気絶しただけで一度も死んではいないよお嬢ちゃん。でも今ので肺が著しく損傷したね。まあ心臓マッサージで片肺が潰れるのは致し方無いが、喉から気管に掛けても傷付いてるし、後は私の仕事だね」
「じゃあもう大丈夫なのね?」
「フム、土地神に祟られる原因が不明なので何とも言えない。ただ、そこの坊っちゃんならば、何か分かるんじゃないかね?」
そう言われて女の子がこちらを向いた。
「そう言えば自己紹介がまだだったわね?
私はロックドリル=スカーレッド、この街の鉱物商の一人娘よ」




