39. ベルトが締める @+
「私はロックドリル=スカーレッド、この街の鉱物商の一人娘よ」
イヤイヤ、街の鉱物商って限定されても、どの鉱物商だか分からないス。或いはこの街には鉱物商が一社しかないのかもしれない。
スカーレッドと名乗った女の子はその名の通り、真紅の髪色を持つ可憐な少女である。
そして名乗る際に姓→名の順番となるのはドワーフの風習なので、この子はきっとドワーフである。
「バーンウッド・エルドワーフ、両親の知り合いのお誘いで急遽パーティに参加させて頂いてます」
「バーンウッド?」
「私は上層で開業医をしているセイン=マイルグリッドだ。所でさっきから気になっていたのだが、坊っちゃんの左手の指の具合はどうなっているんだい?」
毒々しい紫のドレッドヘアーのセイン爺さんが、手元に目を落としたまま自己紹介とエルドワーフの指先の怪我を気遣ってくれる。
「うわ!? 変わったマニキュアだと思ってたけど、骨だったの?! こんなの痛いに決まってる!」
「そんな事ないです。痛すぎて何も感じなくなっただけで、焦げて出血もしていませんから」
「血は出ていなくとも骨が露出しているのはマズい。私の鞄を開けて構わないから黄色い容器の傷薬を塗りなさい、良いね?」
「了解、ほらこっち来て座りなさい!」
「グェー」
半ば強引に引っ張られてスカーレッドによる手当を受けた。
流石ドワーフと言うべきか、片腕一本でエルドワーフを抑え付け、生半可な抵抗ではビクともしないパワーを発揮した。軽くないショックを受けた。
「エルドワーフ君だっけ? 歳はいくつ?」
「10になりました」
「ふーん……貴方ハーフよね? 名前からして半分はドワーフでしょ?」
「父がドワーフです」
「じゃあ貴方って結構母親似なのね。そうだ、私の事は“スカーレッドお姉ちゃん”って呼んでもイイわよ!」
「へぇ……、じゃああなたの歳はいくつなの?」
「エルちゃん、女に年齢の話はしない方が身の為よ? でも私の方がお姉ちゃんである事は確かヨ」
「あっハイ……」
「じゃあ早速…」
「?」
「ホラホラ」クイックイッ
「………ス、スカーレッド……お姉ちゃん」
「イイね! それじゃよろしくね! エルドワーフ君」
何と言うかイェナさんを彷彿とさせる勢いがある。
二人で中々臭う薬にしかめっ面をしながらも、上から包帯とテープを巻いて臭い物に蓋をした。
それとほぼ同時にセイン爺さんの方も手当てを終えて背中をグイ―っと伸ばしていた。
「いやぁしかし坊っちゃんには驚いた。通常、無属性魔力には無属性の魔石から道具を通じて注入するのだが、個人でそれが行える者はそうは居ない。それを抜きにしてもあそこまで劇的に効果が表れるのも信じ難い現象だった! もし良かったら……」
「断る。良くない。この後急ぎの用事がありますから」
「時間は取らせないつもりだが、その様子だと一啼きの猶予も惜しいかい?」
「自分事だけでは済まなくなって来ましたので」
「フムフム……それはつまりこの街の土地神に関することかい?」
「………まぁハイ」
「ではこれだけ確認しておきたいのだが、アルト様は戦命の神々の奇跡を行使されていましたか?」
「宗教はよくわかんないけど、『サルーテム』って呪文を唱えていたのは確かです。そう言えば握手の後、倒れる直前にも唱えてました」
「それは大変大事な事だ、思い出してくれてありがとう。さて……」
セイン爺さんから質問が投げかけられ、それが終わると爺さんが居住まいを正して床に膝を付き俯いてしまった。
何事かと振り向くと、丁度どこかで見覚えのある顔立ちの青年が、大柄な護衛を二人とフランを伴って舞台に上がってくる所だった。
なのでセイン爺さんを真似して、同じ姿勢で膝を付いた。
「私はベルト=ボルトルオーム、この街で銀行の頭取をしている。それと、子爵家の次期当主であるが、まだ叙爵していないのでそんな貴族に対する様に畏まらなくても構わん、楽にすると良い。さて、エルドワーフと言ったか? 弟が世話になったな。経緯はそこの弟の友人達から聞いている。アレは我が妹に似て負けん気が強くてな、迷惑を掛けてすまなかった、そして3人ともありがとう助けてくれて」
「職務を全うしたまでです」
「同級生を見殺しには出来ませんから(本当は抜け道を間違えて落っこちたのだけどね:-P)」
見たことあると思ったら、なんとアルトの兄だった。しかも銀行の頭取ってその店舗で一番偉い人じゃなかったっけ? そんな人が感謝はともかくとして、ごろつきみたいな俺なんかに小さくとも頭を下げちゃいけないと思うんですけど?
「勿体無いお言葉ですが、切っ掛けはどうあれ、こんなドコの馬の骨とも知れない小僧っこが貴族の子息様に大怪我させたのですから、貴方様がその様に謝る必要はありません。土中に頭を埋めて謝罪するべきは僕の方です」
「土中? …いやしかし分かった、互いに真剣に戦った神聖なる決闘にケチを付けたくないだろう。よって謝罪は取り消す。だが過程がどうあれ、もうアルトは無事に峠を越えたのだろう? ならばそれについての感謝の印は受け取ってもらう、後でな。そう言えばロックドリル嬢にも弟は随分と世話になっていた筈だ。今回の件も含めて重ねて礼を言おう」
「い、いいえ滅相も無いです」
「君が学園主席である限り、弟も慢心せずに上昇志向で居られるのだ。順番が入れ替わるのが待ち遠しいなあ」
「あはははは……」
へえ、スカーレッド姉ちゃんって学園主席なのか。って言う事はアルトが勝てない学校の誰かさんは、スカーレッドお姉ちゃんの事だったんだな。通りで抵抗出来ない訳だ。
当のスカーレッドは顔を引き攣らせていた。何となく気まずそうだ。
「雑談はこの位にして本題に移りたいが、その前に……」
「畏まりました」
ベルト氏がフランに目配せすると、それに応えて短くて細い棒状の物を取り出し、それをフランが自身の顔の下へ近づける仕草でマイクであると知った。
口の前まで運んだ所で息をスゥと呑むと、同時にあちこちのカリフラワーみたいな装置から会場の参加者に向けたイベントの一部変更と業務連絡等がなされた。
物陰やバルコニーから決闘を見守っていた観衆からは最初こそ口々に文句の声が挙がったものの、当事者が街でも一二を争う有力者の身内である事とその有力者自身が睨みを効かせたのでは黙るしかなかった。
「えーそれではこれより暫くの間舞台の修理に入りますので、拳闘会にご参加の方は待機室へ、その他の方々は引き続き宴をお楽しみください」
マイクを口から離すと入れ替わりで静かな曲調の音楽が流れ始める。
宴と言っても事業主と労働者やその家族らが一緒くたにされた中で、メインイベントが中止になりそうな事態に不満も大きそうだが、寧ろ話のネタに会話が盛り上がっている所が多い。
そこの所はスカーレッド曰く、幾つか派閥も在るがそれ以前に珍しいくらい上下の隔てなく仲が良いらしい。その代わりに外部者には少し厳しく当たるのが玉に瑕だとも言っていた。
「それでは舞台の修理に茸人のキリュー様をお呼びしますので、皆さまを別室へ案内致します」
「マタンゴ?」
茸人とはそのまんまキノコの身体を持った人種で、数は少ないものの始祖の頃から単為生殖を繰り返して増えてきた人々だ。生まれながらに備わる高度な知能と魔力により、口を持たないながらも筆談などの意思疎通等により人としての地位を確立したと伝わる。
そして口を持たないのに独自の言語を持つことでも知られ、『世界で最も難しい言語』として紹介される魔茸語を母親の幼児教育によってエルドワーフは話せるので、会話を試してみたいと思っていたのだった。
しかし今はそれ所じゃないのは承知しているので、今日の所は我慢して後日改めて面会出来ないか、このゴタゴタが一段落したら相談してみる事にした。
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途中でフワッと脱出しようとしたんだけどね、無理だった。アルトを医務室に運べたらそのまま逃げるつもりだったけど、そこは取り巻き連中だけで事足りていて紛れることも不可能だった。
その前にまずフランが俺を徹底的に警戒していて、こっちが後ろを歩いているのにじ~っと見つめられている気がして不気味だった。
そしてベルト氏の二人の護衛が何と言うか、ドルモア卿&レガリア卿の伯爵コンビには及ばないが、恐らくラガリアや不退天のジオグリフよりも強そうな、出し抜ける気がしなくて思い切った行動が取れなかったのも理由だ。
とりあえず装備は回収してキチンと着替え直した。背中を見せても誰も無反応だったので、撃たれた痕とか打撲痕は消えてるらしい。
そして案内された一階上の会議室に成す術も無く入り込んでしまった。
会議室は7人が使うには大き過ぎる広さで、輪っか状の円卓に20個以上の椅子が並んでいた。
その内の一番上座の椅子にベルト氏が着くと、早速話を切り出した。
「ここなら誰にも聞かれまい。それで………誰に落とし前を付けさせれば良いのだ?」
ベルト氏の護衛の一人が出入り口の前に陣取った所で、エルドワーフは頭を抱えたくなった。
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茸人[マタンゴ]・・・
キノコに意思が宿り、人間の真似をするようになった人種。
目・鼻・口・耳の触覚以外の五感を司る器官が見当たらないが、こちらの話す言葉を理解したり立て看板の文字を読む等、摩訶不思議であるが日常生活は無難な様だ。
一般に見られるマタンゴは大きな茸に手足が付いただけで、目も口も見当たらないので表情が欠如して見えるが、性格は非常に温厚で身振り手振りや筆談をする事でとても感情豊かな人々であると理解できるだろう。
ほぼ分裂に近い単為生殖により、生まれながらにして高度な知能と魔力を有しており、魔法を用いた独自の言語、魔単語や魔茸語などど呼ばれるソレは、竜語・古代神聖語に並ぶ世界三大難解言語として有名だ。
記憶容量は身体の体積に比例するそうで、人間同様に教育が必要で、筆談で意思疎通を図る事も関係して都市部に多く住む。
祖先は霊樹の森に生えていたキノコが神聖な気に充てられたとか、霊獣の遺骸に生えたキノコがその力を吸収して意思を持った等と諸説あるが、当の茸人は文字を揃えて『口頭でしか話せない』としか話さない。
―出典[エスト大百科・人種の章]より
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