31. 的射て弾かれん @
ふぅ…ふぅ…。疲れた。
イェナ様の屋敷には秘密の道が幾つもあるのだけれど、その中の一つに倉庫へ通じる道を私は偶然知っていて、その道を通って彼の追跡を始めようとしたのだけれど……。
「馬車だらけでまるで迷路じゃない?!」
正確に追跡するのなら精確に道順を辿らないとならず、入口から終点までをくねくね蛇行しつつ、前方不注意で頭をぶつける事もしばしば、追跡開始から最初の要注意箇所に到着した。
「一番奥にも荷馬車? にしては庶民的?」
今日のような晩餐会などで主催者の屋敷に招かれた場合、余りに早くに来るのは作法違反に捉えられ、かと言って遅れるのも無礼……到着予定時刻と開始予定時刻は別々に設定されていても、やれ到着順だ、やれ誰より先か後かだ、貴族様のお通りだ! とか何にせよしがらみが生まれる。
それで大物ほど後になって到着するのだけど、一番最初に到着するのはその大物の配下が一般的らしい。
今日の顔触れで言えばアルトくんの家かしら? ボルトーム銀行北部中央支店頭取の弟だけど、お兄さんの露払いが気に入らなくて周りには、晩餐会に慣れない子供達の先導役を引き受けているのだと言ってたっけ?
だから倉庫の一番奥にはそのアルトくんの家の馬車が停まっている筈なのだけれど、どうやらまた2番手だったみたい。
で、奥の……馬車? よく見たら馬と繋ぐベルトや御者席の無い、ただの荷車じゃない!? 庶民どころか馬も借りれない貧乏人が、何でイェナ様のご邸宅に一番乗りしているのよ?!
元々は大型の馬車を少し改造してわざわざ人力車にしたのかしら?
荷台部分を検分する。あくまでも調査の為であって、これは覗きとかじゃないんだからね!
数人がかりで引っ張るにしては大き過ぎる荷車の荷物は大量の武器とこの街の大工房でも見掛けない最新式の魔導工具が積まれ、どこか大手の傭兵団か軍との繋がりを持つ武器商人かと推測できる。
それにしては種類が少ないのは専業なのかしら? 他には少ない衣類と日持ちする食糧と空の水筒が一つ、彼の物かしら? クンクン…中身は水ではなかったみたいね。バンバースープ?
ん? …………べべべ別に他意は無いの! 他人様が口を付けた所を嗅いでってのは調査よね! うん、うふぅぅ、独りなんだから冷静になれ私よ。
えぇーと、他には何か……一つだけ外れた場所に箱がある。前後を逆に回すとなんとイェーナー商会の紋章が描かれている。少しだけ持ち上げると中でカチャカチャ音が聞こえるからガラス瓶が入っていそう。イェーナー商会のガラス瓶って、それだけでもお洒落で人気が高いのよねぇ。
そっか、嗅ぎ慣れているからスルーしそうだったけど、商会が販売している消臭剤が撒かれているのか!?
初めて入り込んだ他人の部屋とかで、そこの生活臭が気にならないなんておかしいもの。無臭を謳っていても、既にある臭いを別の匂いで上書きするのだから、この商品の愛用者として気付かなかったのは少しだけ悔しい。
しかし謎は深まるばかりだ。馬の一頭も借りれない貧乏商人かと思いきや、大集団向けに大量の武器を卸せる在庫と最新式の工具類、挙句の果てにイェーナー商会会長の邸宅で商品の直売を受ける扱い…………これはただ事ではない。
こんな大荷物を子供独りで管理している訳が無い、もっと仲間が絶対に居る。食糧の量から推測して拠点は街の中、それもダンジョンの中にあってそこで生産・流通させているのね。
だとしたら魔営拠点の中? 領主との契約で悪魔は協力関係にある筈だけど、治安はそんなに良く無いらしいね。では何故こんな大量の物資をわざわざここへ運び込んだの? ヌヌヌ…!
! 荷台から降りようと屈んだ所で例の子とは別の人間を感じた。この感じはまさか……!!!
まさかまさかだとしたら……?
そう、学校では言葉を習う、歴史も習う、そして歴史に倣った言葉を教わる。
『歴史は繰り返す』
嗚呼、なんてこと! バラバラだった破片が次々に繋がっていく。数年前、領主様の現在の直轄地であるバンバーの町で起きた『領主襲撃事件』、事件の主犯格は領主様の信頼する直属の部下だったという。
今感じ取ったのはイェナ様の腹心フラン君ではないか。私よりも年下の男の子だけどイケメンで、イェナ様の夜伽の……あ"ー今は関係無い!
兎に角、考えている事がもし正しければ、イェナ様が危ない。ただ肝心なところが解らない。それはこれが実行段階なのかそれとも未だ準備段階なのかという事。ヌヌヌヌヌ……!!
前者ならば今すぐにでもイェナ様の傍で微力を尽くすつもり。でも後者ならば証拠を探ってこのまま……そうだ彼の事を忘れる所だった!
そもそも彼を追跡している最中での発見だったのだ。もしかしたら私は誘導されたのでは…? それに彼を子供だと決めつけるのも間違いかもしれない。
今日の招待客を全員把握している訳ではないけれど、この街の者でハーフフットは珍しいけれど冒険者ならばその限りではない。それで年の功で鍛えられた身体ならば、見た目以上に重武装が可能だし気付かれにくい。
追跡されたのか誘導されたのか? 子供か大人か? 敵か味方か? 偶然か必然か? 追跡するのかしないのか?
ヌヌヌヌヌヌ…………!!!もう!!面倒臭い!原点回帰、追跡続行!!!!
荷台からの昇り降りで錯綜する追跡順路の中から一番新鮮な景色を探り当てて、一先ずその跡を追う事にした。
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怒る二番手 アルト が あらわれた!
「謝るなら今の内だぞ。我が校は全校生徒約2,300人、その中で最終学年250人強のトップ争いに僕は居るんだ。生徒会長でさえ実技では僕の足元にも及ばない」
「へぇ、じゃあ頭はそこまで賢くないんだ~」
「…年下を虐めるのは心苦しいのだが僕は三度も同じ事は言わない、最後通告だ。首を垂れて許しを請え」
「2番目だけに?」
ド ッ!!
「グ……!」
やっぱりメチャクチャ鋭いぞコイツの蹴りは。どうやっているのか助走や踏ん張りも無しに体重の乗った蹴りをお見舞いしてくる。
「フンッ、もう駄目だ。泣いて命乞いをしても許さな…」
「ゲェ~ップ! ふぅ、胃の中の空気が出て来ちゃう。お腹空いたなぁ」ポンポン
「このガキ……!」
鋭いし体重も乗ってはいる、けれどその体重が軽いんだよ。
「その減らず口も直ぐに黙らせてやる」
今度は助走を付けて来るつもりだ。いいぜ、来いよ!
タッ タッ ダッ! ドグッ!!
「ヌ゛…!?」
勢いを付けて更に狙いも正確に鳩尾を射抜いてきた。伊達に首席候補を名乗ってはいないようだ。
「やはりこの感触は革鎧を着込んでいるな? 鎧を着ているから強気になっていたんだろうが、当てがはずれたかな?」
革鎧は金属鎧の代替品のような物だ。軽く柔軟で衝撃に強い。しかし急激な圧迫を受けるとその柔軟性によって少なくない影響を受けてしまうのだ。
「金属鎧や鉄板入りなら逆に僕の足が折れていた事だろう。ま、盗人小僧程度なら革鎧でも上等なのだろうが」
「あそっか、通りでおっちゃん達と何か違うと思ったら、服を着たままだったね」
ただでさえ上等な貰い物を靴跡だらけにするのは忍びない、もう手遅れだけど。ついでに鎧も脱いでラフな格好で相対する。
「君がそうするなら僕もそうしよう、汚れはなくとも一張羅であるしね」
「預かります」
エルドワーフに続いてアルトもコートを脱いだ。それを先程皿を掠め取った緑の少年が受け取る。その表情は口を真一文字に結び、若干の緊張が滲んでいた。
自身の行動にアルトは気付いていないが、少年と他少数の取り巻きは気付いている様子だ。
その光景を眺めていたら緑くんと目が合った。静かに笑いかけると、小刻みに首を奮って何かを訴え掛けてくる。
「何が可笑しい?」
「いやぁ、散々年下を気遣った風を装って逃げる口実を探っていらっしゃったのに、鎧まで脱いじゃったら薄っぺらい良心の呵責で逃げられちゃうかなぁって」
「安心しろ、言っただろう? 泣いて命乞いをしても許さないって」
「(泣きたいのはどっちでしょうね?)」
「?」
心音なんて聞くまでも無い、顔に焦りがありありと窺える。
不意打ちを除いて2回も腹部への会心の一撃を与えたのにも関わらず、堪えるどころか益々生意気な口を叩くのだから無理もない。
朝は完膚無きに負けて昼間は互いに引き分け、とくればそろそろ明確な勝利を味わいたい頃だ。
「まぁそちらも安心して下さいな、厄介な鎧も無くなりましたし、重ね着してますが布ですよ? ああ!? 布鎧ってありますし、まぁ~だ不安ですかな? だったらこの通り、腹踊りでもしてますから、心置きなくやってみそ!」ペロ~ン
シャツを裾から首元まで捲り上げて、陽気にコサックダンスを披露した。それを見た観客もワイワイ笑ってつられて踊り出す。そして俺もまたそれにつられて楽しくなって来た。
だけど相手は微塵もそんな気分にはならないようだ。
「ふざけるな! 僕は真面目に君と闘っているのに愚弄する気か!?」
「よっ! ほっ! はっはっは! ふざけているのはどっちです? 僕は最初から本気で戦っていますよ?」
「何だと?!」
実際、あの鋭い蹴りを魔力原動力無しに耐える事は出来ない。エルドワーフの身体能力の9割9分は魔力によるものだからだ。
俺もまだまだ成長期なのである。
「この国の南北の武騎士は相手の実力を引き出す為に敢えて相手を侮辱する。それも初対面の挨拶代わりに罵倒し合ってから、実際に仕合うんだ。そんな時、半端な力は示さない。お互いに本気で闘い、どてっ腹に穴開け合って、それが終われば戦(親・心)友よ」
「だったら何か? 僕は真面目であるが本気で戦ってはいないとでも?」
「こっちがアンタの見えてる地雷を踏んずけてやってるのに、手ぇ抜いて腑抜けた蹴りかまされたって痛くも痒くもねぇんだよ!」
「本気を出せば僕は怪獣だって蹴り殺したことがあるんだぞ、それを生身の子供に放てる訳がないだろう!」
「アンタがアルト某様なのは分かるが、そのアルト某様の過去の実績なんざ知らないねえ。立て続けに蹴りを失敗しているのに、これ以上の出し惜しみは戦闘に対する愚弄だけでなく自身の後悔にも繋がるよ」
「ガキの癖に知った風な口を…」
「まどろっこしい……」
脱ぎかけのシャツを脱ぎ捨ててまっさらな上半身を曝け出す。次に両足の靴底の蹄鉄を力任せに引き剥がして二つ併せ、真っ二つに圧し折ってから断面をその生白い肌に垢すりの如く押し付ける。
観衆の表情が笑い、どよめき、最後は真っ青に絶句していた。
「こんなことで俺の肌は傷付きゃしない! さあさあ遠慮はいらん! 手加減無用! アンタの本気の大一番を見せてくれ!!」
アルトの目の前に破断した筈の断面が圧し伸ばされて平らになった4つの蹄鉄だったものを放り投げる。
それを見たアルトは目を丸くさせるだけで、今度は固まってしまった。
「これでもまだ足りないか?! おいおいそれこそふざけるなよ? ここまで線路を敷いてやって乗っかりもしないのか? ……そっか、この街の女性がおっかないのはオメーみたいな腑抜けが尻に敷かれているからか」
と言ってもイェナさんの事しか知らないけどね。
すると今度は打って変わって、顔付きやら姿勢、何より魔力の気配が溢れ出して殺気までもが感じられる。
そうか成程ね、本当にこの人は分かり易い人間だ。
「わかったよ。もう体面を取り繕うのはやめにするよ。君を魔物か怪物だと思って討伐してやるさ」
「……足りねぇ、全然分かってないし解ったつもりを取り繕ってんじゃん。所詮は女の子の座る席を追っ駆けるスケベ次席か」
ミシミシミシミシ……
「…………」
「図星かい? そりゃ下心丸出しで近づいちゃ、軽くあしらわれて当然だね。ああ、じゃあ頭で一番賢くもないのに、実技でも一番じゃないんだね!」
「黙れ………」
「真面目ぶっても初心ってやつ? 恥ずかしがって勝負にならないのは闘い以前の問題だろ、どスケベ」
「フゥ―――……」
「その足だけで戦うのも、先ずは下半身で考えるから一番先に動くんじゃ……」
「詰る所………こういうことなんだな!!!!!」
ミリミリミシ ドッ ゴァッッ!!!
爆音でアルトも舞台も弾け飛ぶ。半径12m強の円形舞台をフルに使って、ぐるぐると助走を加速させていく。
目で追い続ける事は簡単だが、敢えて目で捉えずに舞台の中央でじっくり待つことにした。
それにしても舞台に大穴が開いてまるで落とし穴だ。脚を引掛けて転ぶ無様はしないでくれよ。
ピンッ!
首筋の第六感が反応した。来る!?
“ 猪 死 駆 跳 ” ドギュッ!!!!
!!? これは!? ゲフゥッ!
片足だけで踏ん張る格好で10mは吹き飛んだ。
蹴られる直前、てっきり正面から腹部へ来るものと踏んでいた。それが結果は大穴の縁を最後の足掛かりにした、跳び後ろ回し蹴りが横から肋骨へ目掛け炸裂した。
「ゲハッ! ゲッホ!」
咳に血が混じってる。蹴られた瞬間、踵をねじ込んで骨と内蔵へ深刻なダメージを受けたのだ。
「ハァハァハァ…! 今のは怪獣の内臓を破壊して衰弱死に追い込んだ技だ。大袈裟に言ったが、嘘はついていないつもりだ」
とはいうものの直撃した皮膚は赤くなって血が滲み、息をする度に血の臭いが鼻を衝く。が、その程度だ。
「ヒュ~……クハァ~……ンゴモゴゴ……ペッ! こんなもんか」
完璧に防げはしなかったが大した怪我ではない、亜竜の時は両方とも気絶したが今回はその逆になる格好だ。
この場合、傷の深刻さ、戦闘続行の可否で勝敗が別れるとしたら、エルドワーフの勝利だが、アルト君のあの傷には少なからず親近感を覚えてしまうのだった。
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魔営拠点[デーモンベース]・・・
ダンジョン内部に設営された悪魔の経営する拠点。
ダンジョンに置ける安全地帯くらいに思う者は多いが、冒険者を筆頭に荒くればかりが集まる場所なので概ね治安が悪いとされる。
拠点内部は危険を顧みない商隊の仮設テントが大半で、活動中の物資不足や荷物の置き場に困った冒険者などを相手に商売が盛んに行われている。
悪魔の求めに応じた報酬に物資を貰い、拠点内に建造物を建てて本格的な商いを行う者まで居るという。
もっとも、悪魔の心変わり一つで昨日まで在った拠点が翌日には無くなっていた、なんて噂がある位には危険と隣り合わせなのは悪魔も認める所だという。
―出典[冒険者ギルド本部・広報部発行・心に刻むべき常識&非常識]より
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