30. 二番手
今夜の晩餐会は貴族よりも中層市民がメインとは言え、可憐な婦女子にあらぬ疑いの目を向けるとは失礼ね!
私はロックドリル=スカーレッド、この街一番の鉱物商レッドドリルカンパニー創業者の一人娘。
物を盗むような真似、尊敬する同志イェナ様のご邸宅でなくっても私には出来っこないのに!
持っている物と言ったら今日のような宴会用のドレスと護身具、あと名前入りの招待状と一緒に送付された水靴を身に帯びているだけよ。
隠し持つにせよこんなドワーフの女の子じゃ物理的に隠せる物も場所も限られるし、迷宮箱を持っていたとしても魔力検知器で調べれば一発よ。
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屋敷を下から上へ見上げる。どれも同じような窓やバルコニーだけど、最上階の窓から僅かに覗くカーテンと調度品で先程まで私の居た部屋だと判別出来た。
そこから目線を地面まで降ろすと貯水槽が在った。
身長の都合で外周部の柵近くまで引いて一部屋ずつ確認したから間違いない、これだ。
この貯水槽は恐らく屋上に水を汲み上げる中継地点でしょう。先日学校で教わった事に、属性魔石は単体で使えばその属性に応じたものを引き出せる。これを応用して魔石から魔石へ内包要素を送信する事が可能だという。その際に送信しきれなかった残留物はこのようにして貯めれば、他の事に再利用可能と言う訳だ。
それにしてもこの貯水槽、上から見えるよりもずっと深そう……手を差し込んで目測と併せて測っても、恐らく私の身長よりも深そうね。
さっきの彼は上から落ちて膝までしか浸かってなかったので、私達同様、招待客の証の水靴を履いていたのは間違いない。
ただ腑に落ちないのが水靴の耐荷重性は結構凄くて、筋肉達磨のドワーフが一抱えの重りを持って水面を踏んずけても踝まで沈むかどうかという………いや、私はそんなに筋肉付いてないよ! お父様ほどは…じゃなくて!
エルフにしては頑丈過ぎて、ドワーフにしては細すぎるから、人間の男の子が屋上から飛び降りたとして、その程度の衝撃で膝まで沈むのかしら?
考えてばかりでは埒が明かないし、サクッと居場所まで追い駆けちゃおっと。
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平民層メインの晩餐会だからか分かり易く腹に溜まるものはガツンと来て、そうでもない料理は塩味が利いたおつまみばかりで、用意された分の一皿全部は白スープで美味しく頂きましたけど、ま~喉が渇いてしょうがない。
それに文句を言う筋合いは無いけれど、代官屋敷まで来て食べる物ではないと思う。もっと凝った料理がある筈だろ、だって上から見えた料理の中に食べたモノ無かったもん。
そう思ってメイン会場である中庭への階段を下りていくと、やけに騒がしい。階段の中腹に差し掛かった辺りではボリュームが跳ね上がって鼓膜を震わせる。
下まで降りるまでに途中の階層を少しだけ覗き込むと、各部屋は関係者各位に割り当てたようで、ボディガードが勝手な入室を許さぬ仁王立ち、よって勝手な探検をするのは難しそうだ。
そこで気付いたのが目視可能距離で鼻息ひとつ聞こえない、どうやらまんまとフランの領域内に誘い込まれたみたいだ。ケッ!
少し前まではベンチと一本の木しかなかったのに、今では円形舞台に大勢の人集りが野太い声を上げている。こうして遠目に眺めると中庭って意外と広いんだね。
屋上やバルコニーの敷居壁を伝って中庭へ降り注ぐ水流は、水の道となって幾筋もがその高さを保ったまま伸びている。
やがて中央まである程度の距離に近づくと途端に重力に従い落下を始めるが、舞台の上空数mにある水の球体に注ぎ込まれるか、横へ逸れて螺旋階段の様に隣接する水道へと別れている。
水の球体は中に光源が仕込まれていて、絶え間ない水飛沫により複雑な模様の光を生み出し、何と言うかケバケバしさの無いミラーボールだ。
それで舞台上で何が行われているのかと思ったら、物凄い既視感が。具体的にはどっかの武舞台みたいに二人の男がお互いをボコボコに仕合っている。でも武器を持っての殺し合いをしていない分まだましだ。
今日の午前中の事なのに随分と前の出来事のように感じる。まぁ昼から今までで2回も気絶したしね。仕方ないね。
そこから少し距離を置いた外周には豪華な料理を載せた机が用意されて、ちゃんと飲み物も用意されている。
んだよ、ちゃんとあるじゃねぇか。もしやフランの奴め、わざと皿によそわなかったのではあるまいな?
一杯食わされた気分に不満たらたらなのを堪えて、いざ見たこともない鳥の丸ごと照り焼きに手を伸ばしたら、横から素早く手が伸びて来て皿ごと掠め取られた。
「平民にしては良い格好をしているが見ない顔だ、組合の会合でも見たこと無いが何者だ? いずれにせよ勝手に入ってきたのなら大人しく帰った方が身の為だぞ」
こめかみに血が集まるのを感じながらゆっくりと声のした方向へ振り向くと、細かい粒子がキラキラと光を反射する青色の服を着る金髪と、その背後で皿を保持する緑色で地味だけど似たような格好の灰色髪の少年とその他取り巻きの子供達が集まっていた。
地元の子供達かな? そう言えば同年代の子供達とのコミュニケーションはこれが初めてだ。と言っても今のエルドワーフの年齢と比べてあちらの方が年上に見える。
ここは冷静に友好的に振る舞うとしよう。
「あー、失礼。挨拶はまだでしたね、今晩は。それは兎も角、横から掠め取る行為は褒められた行為じゃありませんよ? 喧嘩の素になるでしょう。さ、皿を元の位置に戻して。宴席でお料理を独占するのは作法違反ですからね」
僕は至って冷静な紳士だからね! 出来得る限り丁寧な言葉で諭してみた。するとすぐさまリーダー格の少年が返事する。
「ふんっ、盗人猛々しいな。理解するつもりがないのならハッキリ言おう。今夜の晩餐会は、街の有力者や工業組合、そして学園が一丸となって成した偉業を祝う会だ。有力者なら貴族の、ギルドなら組合員の、学園なら僕らの様に顔見知り同士横の繋がりが有る筈だ。大人は地位や階級で互いを隔てるが僕ら学園生にそんなものはない。貴族でも平民でも君を知る者が居ないのなら、君はこの街の者ではないだろう?」
「まあね、ここより北の生まれだから」
自分の出身地を教えてやると急にざわつく子供達。チッ、この距離で何を喋っているのかすら聞き取れない。フランの奴め。
そしてリーダー格に至っては侮蔑を含んだ目を向けて来る。
「外の生まれだって? では何か? 本当に部外者だったのか! 向こう側の事業者で参加している人は誰も居ない筈だ」
「へー、そうですか。でも許可は頂いてここに来てますから、細かい事には目を瞑って宴を楽しみましょうよ」
「あ!?」
ちょっと強引に話を切り上げて、あくまでも友好的に接しようと笑顔で緑の少年の横に回り込んで鳥の手羽先を摘んだ。
ザクッ!
「ひぃ!?」
指でちょいと摘み上げた瞬間、仰向けに盛り付けられた鳥の腹にナイフを突き立てられて、皿を支える少年が思わず悲鳴を上げる。
「北の馬の骨とも判らない奴が、何の実績も無しに我が物顔で歩いているのが気に入らない……君はいくつだ?」
「ドコも何もないです、十ですよ」
「え、年下?! ……ん、ゴホンッ、だったら尚更怪しい子だ。ヒトの子が十歳にもなって学校へ行かず、こんな所へ侵入して料理のつまみ食い、その服も如何やって入手したのか知れたものじゃない。ここは年長者として君を教育してやろうと…」
「(゜д゜)旨ー」
「おいコラ人の話を聞いているのか!?」
指に付いた照り焼きのタレを下唇で拭き取って味わった。美味いじゃん。
いかんな、ほどほどにはぐらかして適当な所で退散しようと思ってたのに、欲をかいて機を失っちゃった。でも旨い。
どっかに同じ料理がないかそれと無くキョロキョロしてたら、いきなり襟首を掴まれた。
「アルト様が話をしている際中にどこを見…痛だだだ!?」
それまで後ろで傍観していた一人がいきなり掴み掛って来たのだ。捕まえられるまで気付かなかった、気性の割に影が薄いなコイツ。そういう才能か?
乱暴されたから、こっちもそれに応えたまで。女の子でも出来る簡単護身術、相手の手の甲の骨を拳骨でグリグリするだけ。
「痛いいぃぃこっのガキッ、ドワッ?!」
軽い押し合いで軸足を確認してその脚を払った。見事に転んだ姿は亀のようだった。
「年下を威して粋がるなよチンピラ、足腰覚束ないけど生まれたての仔馬か少年?」
「グッ!!」カァー
「よせ、? ………君がこんな事で怪我をする必要は無い。十分だ。誰か衛兵を呼んでくれ、この子の保護を頼もう」
「今の間は何ですか? もしかして名前を忘れた? アルト…様でしたっけ? 上下の隔たり無く皆仲間みたいに言ってましたけど、一々全員の名前は覚えられませんか~、様まで付けて慕ってくれる下の者がいるのに薄情ねぇ~? ああ、それと聞き間違いでなければ僕を教育する? ほほぅ一体誰がご教授下さると? 言い出しっぺの貴方? ふむ、自分を庇ってくれた名も知らぬ仲間が尻餅着いたのを見てすぐに大人を呼ぼうと提案しましたね? 成程、得体の知れない年下に乱暴されるのは怖いから、大人の助けを借りようと、あいや自分で始めた面倒事を押し付けてしまおうと? 成程、成程、自分は傷付かない賢い選択だぁ」
よせばいいのに煽っちゃう。耳まで真っ赤で効果覿面だ。
「そ…そこまで言うなら実力を示して見ろ。今舞台は親方衆が使ってらっしゃるからその次にでも…」
「先頭斬って喋る割に実行する時は二番手ばっかり…」
ドンッ!!!
「ぐぇっ!」
「うぉ!?」
駄目押しに一言と思ったら見事に地雷を踏んだみたい。ビックリする程に鋭い蹴りが喉へ目掛け炸裂した。
辛うじて手の防御が間に合ったけど、吹き飛ばす勢いを込めたキックで大人達が殴り合う最中へ突っ込んでしまった。
「何してくれんだガキ共がぁ! ああん?! 次席番人かよ、子爵の小僧っこでも無礼講ってのはがぁ!!?」
「誰が2番手だ、僕の前には誰も居ないんだ、降りろ」
それまで舞台上で相手をコテンパンに優位を築いていたおっちゃんの顎髭を無造作に毟り、投げ飛ばした。酔いと興奮で賑わっていたのに、それで周囲は一瞬冷水を浴びせられたかのようにしんと静まり返る。
しかしすぐに野太い活気が蘇り、やんややんやの大喝采。酔って誰だか分らないが、飛び入り参加を歓迎している様だ。
「次席? へ~凄いですね、学校仲間の中で上から2番目だ」
「首席候補だ! 上級生に歯向かえばどうなるか骨の髄まで矯正してやる」
「年下の男の子に不意打ちかます年長者さんの戦い方、じっくりと見学させて頂きますぅ」
「チッ!」
売り言葉に買い言葉。
う~ん、心のどこかで気付いてたけど、結局の所、危険に近づいてしまうのはそういう性分なのかもしれない。亜竜の時は虫の居所が悪かったし、レガリアのおっちゃんも(遊ばれてたけど)怒らせたし、親父の時は見つけた瞬間頭が沸騰した結果が前科持ちだし。
うわ、俺の経歴不良過ぎ? 今は兎も角、この先なるべく人には優しく接するように努力しないと……。
だが土地神、テメーはダメだ。




