29. 急がば回れ
勇ましい乾杯の音頭と共に晩餐会の開始が告げられる。
直前になって慰労会であると告げられたが成程、挨拶も手短で冗談も交えつつさっさと乾杯する。それに答える野太い声から民間業者を労う目的なのは確からしい。
それは良いとして、ここは屋敷から頭一つ飛び出した展望室の更に突き出した位置にある舞台なのだが、当然ながら料理がこんな所にある訳も無い。
眼下を見下ろすと外から屋上まで水を引っ張り上げた後、そこからルーフバルコニーの境界伝いに螺旋状の水の道が中庭にまで注いでいる。その上を給仕達が料理の載った盆やジョッキを持ってスイスイ滑らかに移動している。それに目に映る全てのバルコニーには大量の料理を載せた机が見える。
「御免なさいね靴を用意出来なくて。後で専用のを用意させるから我慢してね?」
申し訳なさそうに謝罪を述べた後に手の平を下にスッと振り降ろすと、舞台の目線が徐々に低くなって行く。なんと水の舞台の正体は、屋上から展望室の高さにまで吹き上げる噴水だったのだ。
やがて屋上に用意された噴水が通常の状態に戻り、その上から2人同時に飛び降りる。華麗に着地を決めたイェナさんを待っていたのは、ワイングラスと宝飾品がセット装備の如何にもな貴族達だった。
「さ、待ちに待った自由時間よ。この人達の目当ては私だから、巻き込まれちゃう前にお料理を食べに行くのをお勧めするわ」
「ありがとうございました」
謝辞を述べて言われた通りに退散した。
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カポッ カポッ …………
足音が気になる。
水の道の上では気にならなかったが、屋上や屋内ではただの蹄鉄なので独特の足音を立ててしまうのだ。しかも靴に履かせているので普段より歩き難いし目線の高さも違ってくる。
悪い事ばかりでもない、水の上を歩く代物なので普通の靴の方はびしょ濡れになるかと思ったのだが水滴一つもくっ付かない、なんと足元丸ごとの撥水性を高めてくれるのだ。膝から上は濡れたけど。
それと靴と関係無いけどお目付け役のフランが通常業務に戻ったので耳の調子は絶好調だ。
さて、死ぬほど腹が減っている時に最初に食べるべきは何か? 答えは暖かい汁物、飲み物も可だ。そこで最初に向かうのは自分の荷車がある倉庫だ。昼飯を満足に食べられなかった事が幸か不幸か、水筒の中身にはまだ沢山の白スープが残っている筈だ。どうせ冷めているがそれくらい自分で温めてしまえば良いのだ。
そう思ったらスキップしたいくらいに待ち遠しくなって来た。
パカラッ パカラッ パカラッ
……荷車も曳いていないのに自分が馬車馬になった気分が再発した。
荷車を置いた倉庫に行くルートは今の所2通りしか覚えていない。中庭からの通路か玄関側からの最短ルートだ。
中庭か玄関なら玄関からの方が距離的に近いので屋上からそっちへ飛び降りた。
ヒュゥ…………ズガンッ!! ビシャ!
上から見て溜池みたいのがあったからそこへ目掛けて跳んでみたら、タマヒュンからの下半身への衝撃。そして濡れる股間。
慌てて股の水気を乾かしつつ周囲に人の気配が無いか探ってみる。人が居そうな場所は玄関口方向で、そこには大量の馬車が停まっていて例え誰か居ても馬車に遮られてこっちは見えていない筈だ。
ふと気になってバルコニーや窓を見上げる。一つ残らず明かりの点いたガラス窓には見える限りでは誰も居ない。晩餐会のメインは中庭側だし気にし過ぎかと思い、とっととその場をずらかる事にした。
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あれは……彼は一体…………?
私の知る限り、上層のお坊ちゃんや真ん中の皆も含め、ましてや学校の上級生にだってあんな無謀、誰が実行出来る?
この部屋は屋上を除けば最上階、つまり彼は屋上から飛び降りたって事。
わざわざ晩餐会の日に自殺? でも彼は生きている。生半可な肉体は持っていなさそう。
私ならうーん、ここの窓からぶら下がった高さが限界かな?
お父様には悪いけど、伊達でお転婆娘を続けるつもりはない。バンバーの女に生まれたのなら拳様に憧れるのは珍しくないもの。
武器職人の家に生まれ、双子を通じて代官様と縁を結べたのは何にも代え難い幸運だった。
イェナ様主催の会合は今後も有るでしょう、だけれど彼に関しては今を逃すともう機会が無いのは直感だけど確か。
そしてその直感が何故だかイェナ様の、拳の精霊様のお話よりも大事な事だと訴え掛けてくる!
ほんの一瞬だったけど着地点は確認したし、そこから先の追跡は私なら可能な筈。
あとは…………
ゴキッゴキ!
将来の冒険仲間になってくれるかしら?
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ピクッ……
? 今いつもと逆側の首筋に違和感が…?
首筋は頸椎を挟んで左右に分けて考えているが、昨今の命の危機を感じ取るのが左側、そうでもないけど何かの暗示が右側だと捉えている。
何もなければいいのに…………ハァ。
倉庫までの道順に間違いは無い筈だったけれど、貴族様の馬車なのか豪華な荷台の馬車が溢れてその隙間を通り抜けねばならなかった。お陰で迷子になりそうだったが壁の調度品を目印にしたので何とかなった。
荷車の雑木林を抜けた一番奥に荷車は在った。そして何故かそこにフランが湯気を立ち昇らせた料理の載ったカートと共に待っていた。
「昼からキチンと食事を摂っていないと伺いましたので勝手ながら幾つか料理を見繕って来ました。エルドワーフ様のお父上様から水筒の中身が大好物だとも伺いましたので、先んじてこちらに運ばせて参りました」
誰も居ないと思ったらまた防音空間に迷い込んでいたのか。
水筒の中身は思った通りたっぷり残ってた。
軽く振るいながら温め過ぎに注意して、用意された空皿にスープを注ぐ。途端に鼻腔一杯が芳醇な香りに満たされて幸せな心地になった。
いただきます。
「(゜д゜)ウマー」
痛い位の空きっ腹に最高のおもてなし、そこに余計なコメントや過度なリアクションは生まれない。
只々是美味也。
「後で回収の者を向かわせますので、カートはそのままにしておいて結構です。それでは私は業務に戻らせて頂きます。コチラは我らがイェーナ商会で発売しております消臭剤です」
業務って営業マンなの? 断る理由も無いので黙って商品説明を聞くことにした。
「コチラ、ガラス瓶の蓋をほんの少しだけ捻りますと、中の消臭剤が周囲に散布されまして数秒で無臭化します。蓋を開けている間は液の残量だけ放出し続けますが、数拍置いてすぐに閉めるだけでも効果は十分であるとご納得頂けるでしょう!」
見た目は手の平よりも大きめな丸いガラスの香水瓶で蓋は真鍮製。使ってみないと何とも言えないが、こんな所でご飯を食べてもこれさえあれば荷物の臭い移りを誤魔化す事が可能だろう。
「ありがとう」
「お近づきの印にこちら一瓶と、誠に勝手ながら先に一箱荷車に載せさせて頂きました」
「え?」
「6瓶2セットの12瓶1箱、計13瓶です。ではどうぞごゆるりと」ペコリ
フランが立ち去った後に、念の為荷車を確認したら見覚えのある船と蹄鉄の焼印入りの箱とそれに貼られた領収書を見つけた。
何故に領収書? イェナさんに払った物って髪の毛くらいじゃ? まさかアレのお礼?
呆れた溜息が出るがご厚意には預かろう。
フランが遠くへ行ったことで今度は倉庫の通路を目指す足音を聞き遂げた。足音から心音までの距離からして子供だろうか。ドワーフかも知れないが大して重要な事でもない。
屋内から地上の外へ出るには来客用の玄関一直線か、従業員や業者用の倉庫兼停留所になるココを通らなければいけない。
何を急いでいるのか知らないが、人混みを通り抜けるよりは素早く通り抜けるという判断なら概ね正しいだろう。但し、人目の少ない通路なのでそこから飛び出せば、出入り口のモコモコしい衛兵に足止めされること必至だろう。
倉庫で食べる奇特な奴と思われるのも難なので、カートを表からは見えない位置に移動させて自分は料理皿ごと荷車に引っ込んだ。そして…………
『おい君! 危ないじゃないか!?』
『ごめんなさい! 急いでたもので…』
『駄目だ。理由はどうあれ勝手に倉庫に出入りする者は改めるのが我々の仕事だからね』
『え~』
ほらね。因みに今回はちゃんと挨拶もしたし許可も貰って堂々と通りました。




