28. お洒落は足下から @+
バンバーレイクの街、それは名前の通りバンバー湖の中に造られた街である。この街の産業は主に漁業とダンジョン交易、そして街の対岸にある領主の住む町との交易が挙げられる。
現在領主はバンバーレイクに居住していないものの、領主の従妹のイェナ=ナイトアームズ様が代官として治め、公文書に使われる印章には2つのバンバーの都市を象徴する船と蹄鉄が模られている。
月明りの下で悪魔の契約書を眺める。封蠟には船と蹄鉄の判がくっきりと浮かび、紅い書類を小さな円筒状にしっかりと留めている。月を背景に内側を覗いて見るも、見たことのない文字が薄っすら見えるか見えないか程度なので早々に諦めた。別に内容は憶えているから意味は無い。
月光に照らされた代官屋敷の屋上ではテーブルと椅子が設置され、そこにテーブルクロスと食器類が運び上げられている際中だ。
椅子も机も野晒しにされてはいても、北方の湖上にありながら雨雪嵐とは無縁で安定した天候なので、日光による劣化にだけ気を付ければ毎日でも外食を楽しめるのだ。厚着は必須だけど。
今夜は晩餐会、南方の戦争の勝利を祈願する、というのは建前で、戦争特需でとある商品で大儲けした事の祝賀会だそうだ。
屋根の上で食事会ってまるでビアガーデンの様だ。
屋敷の内部から屋上に上がるには、屋敷の内外で無数にあるルーフバルコニーに設置された組み立て式の階段で何時でも昇れるようになっている。
そんな訳で今、屋敷は上から下まで大賑わいの様相を呈していた。
お陰でフランを煙に巻くのも容易かったので、晩餐会の開始時刻まで夜の散歩に出かけるつもりだ。
さて、まずはどこへ向かおうか? もう随分と太陽も隠れてしまい、代わりに昨日より小さ目の月々が煌々と輝いている。
モザイク柄の石と白い混凝土の道は平らで、月光を反射して夜だというのに街灯要らずで歩き易い。
敷地を隔てる鉄柵の向こう側を歩く人の気配は少なく、遠くで所々人の息遣いが密集しているのは、まだ営業を続けているお店や晩餐会に招待された偉い人達が馬車に揺られて移動しているのかな? と耳に届く音から想像してみる。
気絶してからずっと耳が聞こえ辛くなってしまったのが不安でフランの所為にしてたけど、やっぱりフランの所為であって自分の耳がどうにかしてしまったのではなくて安心した。
それで思う存分、耳を澄ませて歩いていたら正門近くにまで来てしまい、そこで門番の人と目が合ってしまった。
鉄柵から妙な気配を感じたので警戒してどこか安全そうな場所から外へ繰り出そうとしてたけど、耳にばかり意識を集中し過ぎて目の前の状況が見えていなかったのだ。
無断外出するのは我ながらいけない事だと承知の上とは言え、こうなったら開き直って堂々と外出させてもらおう。
「おや君は……、こんな暗がりにどこへ行くつもりだい?」
「ちょっと2鳴程お散歩に…」
白い毛皮でモコモコした守衛さんに断ってから玄関を進もうとしたけど止められた。
「エルドワーフ様と言えど貴方の年齢で夜の一人歩きは感心しかねますので、ここは外出許可の確認をさせて頂きます」
まいったな、折角フランを撒いて来たのに、馬鹿正直に正門へ来なきゃよかった。
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正門~表玄関までの道すがら、迎えに来たフランに叱られた。
「当然ですね。領主代行官である立場を抜きにしても、子供の夜遊びは承知しかねるでしょう」
「Boo」
あわよくば上層・中層はおろか下層にまで行ってみたかったのが、自分の間抜けで呆気なくフイにしてしまった。
そしてやっぱり敷居の無い外でも、フランが近くに居ると可聴域が制限されることがわかった。
「街へ出る事は承知しかねます。ですが敷地内の散策はご自由に、との仰せでした」
「そんなに広くは見えませんけど?」
正門から左右へ緩いカーブを描いて果てしなく延びる鉄柵は、それでも敷地の殆どが建物に占められているかのように屋敷の向こう側へ続いている。
でもよく考えたら地下もあるから見た目より広いのか。
「あそっか、地下が下層まで有るから、間の中層を含めるとメチャクチャ広いんですね?」
「私のお勧めは中層階に降りた階のベランダから見下ろす街の景色ですね。案内致しましょうか?」
「いえ、自分で開拓します」
「でしょうね」
そのままイェナさんの下へ連れられてお叱りを受ける事になった。
「エルちゃん貴方ねぇ、私がつい先日の騒動を知らないとでも思っているのですか? 冒険者酒場の件然り、誘拐未遂事件然り、街の港でも騒動があったのはほんの数鳴き前の事ですのよ?! 例えドル兄様にまで認められたエリー姉様のお子であろうとなかろうと、いいえだからこそ他所様のお子を預かる者として不義理な真似は出来ませんの。恥ずかしながら我が子よりも余程しっかりしていらっしゃるのですから、もっと節度と自身の立場をお考え遊ばされたら如何です? 強くとも現実に貴方はまだ子供、この街には水場が多くありますが、これまでに水練の経験はお有りで? ただでさえドワーフという人種は生まれながらに良くも悪くも金槌の才能に秀でているのは周知の事実、もし街の川に落ちたりしたらどうなるか考えただけでも怖ろしいわ。それにその格好、革鎧ですわね? まさかとは思いますが今日の内にダンジョンに入ろうなんて思ったんじゃ無いでしょうね? 我が街のダンジョンは“アクアダンジョン”なのよ!? しかも悪魔との契約の件だって………」
といった具合に説教は晩餐会の準備完了の報せがドアを叩くまで懇々と続いた。
「失礼します、準備の完了をお知らせに参りました。招待客も全員が無事ご到着で御座います」
「ありがとう。それじゃあお説教もこれくらいにして一緒に会場へ行きましょうね? 大丈夫、屋敷の外へ出なければ始まってから何処へでも自由に出入りして構わないわ。迷子にだけは気を付けてね?」
「はい」
「あ、そうだ! 晩餐会の参加は当然として、それなりにドレスアップしなくちゃね!」
「いいえ」
「よかった。丁度ピッタリの服が無駄にならなくてよかったわね? フラン、エルちゃんのお着替えの後、上まで案内してちょうだい。ちゃんとした靴も用意して、ね?」
「畏まりました」
「いいえ、遠慮します」
結局、鎧の上から重ね着する形で着替えた。そして再度最上階の展望室へと案内された。
つい数時間前に木っ端微塵に破壊したショーケースも今は影も形も無い、その場所でイェナさんもお色直しをしてエルドワーフを待っていたようだ。肩~胸下にかけての露出が強烈で、まるでハリウッドの大女優だ。
「鎧の上から重ね着しているのかしら? 細身って羨ましいわぁ…あら? 靴はどうしたのかしら? フラン?」
「すみません、それが足に合う靴をご用意出来ませんでした」
実は靴だけは今回の晩餐会の為の特別仕様が用意されていたのだが、エルドワーフ用の子供靴を急遽作らせたものの平均よりもずっと小さな足の所為で適合する物が無かったのである。
「本当、よく見ればお手手も小さいのねぇ~、かわいい」きゅっ
そう言って両手でエルドワーフの手を優しく包み込んでじっと見つめるイェナさん。間近に居るから分かるが部下の不手際に対する怒りを抑える為の行動なのだろう、耳で心音を聞き取るまでも無く雰囲気で怒っているのがわかった。
「ん~、靴下や詰め物もダメなら女の子用は?」
「発注の段階でドルモア様に認められた屈強な男子とのことで強度を優先したので女児用の用意は御座いませんでした」
「言い訳は結構よ。では木靴はどうかしら? 時代錯誤ではあるけれど色を塗れば誤魔化せそう…イヤ、やめましょう、この期に及んで誤魔化しは寧ろエルちゃんに対する侮辱ね、ごめんなさい。となれば後は原靴…蹄? ハッ! 論外ね」
「その……万が一を想定して蹄鉄は用意しております」
「………バンバーから軍に渡ったお馬ちゃんに履かせたので全部じゃなかったのね」
どうやら是が非でも靴を履かせたいが為に、馬の靴を用意しているらしい。
会話の流れから察するに、その蹄鉄が軍に売れたのが今回の晩餐会の切っ掛けらしい。
「え…と、じゃあ見せて」
「? ……あ、こちらです」
そして渡されたのは本当にただの蹄鉄。ただのは語弊になるが見た目は普通の蹄鉄。
何やら魔力を感じるので魔道具の一種であるのは間違いない。これを履くとしたら、今履いている靴底に直接釘を打ち込んでくっ付けてしまうのが無難だろうか。
ならばやる前に確認事項が一つ……
「これ変形して大丈夫?」
「はい、元々一頭でも4つの蹄それぞれに合わせてある程度形状を手直し可能な設計ですし、最も負担の掛かる部品ですので強度と柔軟性を兼ね備えた商品ですよ」
メキッ……!
あ、熱しもせずに急に曲げたからか破断しちゃった。金属加工の基本は赤熱させて叩く、何事も焦りは禁物だね! 例え急いでいても。
「…………まあ、ドル兄様が認めた子ですし、うん」
「え…と……予備の準備をします」
変な空気になったけど時間も押してるからこのまま力技で進める。
魔力ロータリーの放熱で熱して足型に変形、靴底を土台に加熱も成形も行うので普通の靴だったら燃えたり爛れたりでこんな無茶は出来なかっただろう。
形が決まれば釘打ちだ。亜竜に蹴り込んでも大丈夫な靴底だから、気合を込めてグリグリと専用の釘を押し詰めていく。
蹄鉄の機能と大きさの都合で踵が浮いてしまう形になったが、元からつま先歩きには慣れているので目を瞑る。
そうしてなんとか急拵えの『蹄鉄を履いた靴』が完成した。
「凄い! こんな短時間で仕上げてしまうなんて、流石エリー姉様の御子ね!」
「ところでこれはどんな風に使えばよろしいのでしょうか?」
勢いで作ったは良いが、これがどういったものでどんな利用方法があるのか等が何一つ分らないままだ。
するとイェナさんは含み笑いを浮かべて言った。
「ンフフ、それはそのままでも普段通りに使えるし……と、大事な本質は後のお楽しみ♪ 実の所、我が街ではほとんど普及の進んでいる技術なのだけれど、生まれて初めての感動を知ってほしくて外出は許可しなかったのよ、ゴメンね?
さ、行きましょう! 今日の目的は慰労会、来賓を待たせてお腹を空かせちゃ本末転倒よ」パンッ
一度手を叩けばバルコニーへの大扉が開け放たれた。バルコニーには当然、転落防止柵が備えられているのだが、何故か両端で途切れてまるでそこだけ魔法か何かで消し飛んでしまったか、或いは設計ミスを疑いたくなる光景だ。
しかしそうではない光景がその先に続いていたのだった。
水の膜だ。
透明なガラス板の上に水を張った床?が外壁に沿ってバルコニーの反対側へ続いている。
「触ってご覧、ただの水よ」
言われるがままかがんで手を差し込んでみる。下にガラス板など無く、魔法で形を維持しているのは一目瞭然だ。
ああそうか! ファンタジー物語でよくありそうな水道か!? って水道だと違う意味になっちゃう。
兎にも角にも上を歩けそうだ。
試しにつま先をそ~と置いてみると、スルスルと滑りそうなのが怖いが確かに踏み締める事が出来る。氷上を歩く程不安定では無いが、雨の日にペラペラのビーチサンダルで鉄板の上を通ったみたいな?
走りたくは無いが歩くだけなら容易そうだ。
「ぅぉお……!」
水の道は当然ながら透明なので下側がハッキリとクリアに見える。高所恐怖症には堪ったもんじゃないだろう。
「エリー姉様のお話では盤石なる足場をもたらす“地均し”という魔法には、地面だけでなく水の上ですら己が為の足場に出来るとか。ドル兄様を始めとした騎士の方々はこの地均しの練度を実力の物差しにしているそうだけど、流石に水の上を歩く御仁には未だ見えたこともありません。ですがエリー姉様のお話を話半分にしておくのは勿体無いと思いまして、誰もが歩ける水の道を作られたのが我が母上、そして今度は私が…いえ、この街の者達で設備が無くとも水面を歩く魔道具の開発に成功したのです!」
ほー、親子2代でエリーの話を真に受けて水のインフラ整備を極めてしまったと?
「因みに我が祖母は水の隔壁を生んだ技術者で、元々はエリー姉様との縁深くある女系技術者の名門よ」
2代どころじゃなかった。
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バルコニーの反対側は中庭の底を見下ろせる位置にある。記憶が正しければ執務室から外には出られないし、大広間以外の2部屋の中間の位置が丁度良さそうだがそこまで水の道続いているのだろうか?
イェナさんの後ろに付いて進むと果たして、そこには水の湧き出す小さな丘の舞台が設けられていた。
そこへイェナさんが前に進み出ると歓声が上がった。
「今夜お集まりの皆様! …………潰れぬ杖のご友人は充分ですか? 奥様も今日の居所だけは把握して居りますでしょうからね」
マイクや拡声器も無いのに声だけが同時多発的に聞こえてくる、音源の辺りには黒いカリフラワーみたいなスピーカーが見える。
音声に紛れて笑い声も若干聞こえるので、掴みは上々だろう。
「南の果ての戦に北の果ての者が貢献する日が来ようとは我が従兄、ドルモア=ナイトアームズ卿とその配下以外に誰が思ったでしょうか? 工房の作品が騎士の栄誉に貢献する、その位夢枕に思い描くのは容易いでしょう。
しかし我々民間人は、まさか武騎士の名声に依らずして南部騎士団に借りを作るという至上の栄誉を手に入れました!
借りは何時かは却って来ます。双子も漸く彼等の伯父上の従騎士なられたので、巷のツケの立て替えが戻る日が待ち遠しいです。
今宵はこれまでを労いこれからの繫忙期に備えて英気を養いましょう!!!
栄誉を肴に…………
乾 杯 !!!」
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水面歩行化技術[アクアライドテクノロジー]・・・
イェーナー商会(旧ロエリッサ工房)が提供する最新鋭の魔導技術。
あらゆる水面を自由に歩き、小川のような緩やかな傾斜や荒れ狂う嵐の海上でさえも渡り切れる柔軟性と耐久性を両立。
開発中の最新モデルでは、水面をまるでスキーの様に滑走可能な機能が追加されるという。
水上歩行技術は近年、目覚ましい発展を遂げており、今回の画期的な点を幾つかご紹介。
1、経済的安価!
従来品に少量の手間を掛けるだけで改良可能、生産・改修・販売コストを安価に抑えることが出来ました!
2、靴を履くだけ準備完了!
朝起きて何時もの様に仕度する。先ずは顔を洗いますか?それともお口?その前にベッドから起きねば。それからすぐに洗面所へ?いいえ、地に足付けるのなら靴を履きます。靴下は?後で。靴紐は?まだ大丈夫。消臭スライムは?隙間から勝手に出ていくよ。
そんな当たり前の日常の中で既に、水の上を歩く準備だけが出来上がっているのです。
3、設備工事不要!
水面歩行技術発祥地である“バンバーレイク”では以前から領主代行官(=イェーナ商会長)の主導で関連技術を用いたインフラ整備に取り組んでおり、一時的に水上歩行を可能にする横断歩道設備はその最たる物だった。
しかし今回の技術は従来の靴製品の靴底に特別な材料と魔方陣を仕込むだけで、横断歩道でなくとも歩行が可能になってしまうのだ!
現在は魔力を持たない馬の蹄鉄に転用し、空前の騎馬海戦も可能になった事から、ゆくゆくは不沈商隊の結成に期待が持てるでしょう。
お客様の声
“子供が横断歩道で転んでも落ち着いてなだめられるようになりました”
主婦・32歳
“荷運びで水路に落ちたけど、上手く着地出来て荷物も俺も濡れずに済んだ”
人夫・45歳
“ダンジョン攻略がスムーズになった反面、武器とか水没したら面倒だった”
黒級冒険者・25歳
―出典[イェーナー商会報・特別号]より
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