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チャリンコ・チャリオット  作者: 怠慢兎
第1章 ーワンパク ワンダー ワールドー
29/54

27. 悪魔契約 @+

 目の前に立っている子供好きそうなピエロの名は『マクドワイズ』という。その正体は悪魔であり、ここバンバーレイクの街を文字通り根底で支える『水棲迷宮(アクアダンジョン)』の管理人でもあるのだ。


「フヒュヒュヒュwwww! イイねぇイイねぇ! 元気()そうな気配を感じるよ! 僕は君みたいな子供が大好きなんだぁー」


 アヒャヒャヒャと笑う姿は陽気なピエロだが、滲み出る人間や魔力とは別の気配や(どぶ)の様な口臭に吐き気が我慢ならない。


「臭い、寄らないで!」

「オッヒョ! 失礼~、急に呼び出されたものだから、口臭対策もしないでコッチに来ちゃった! (ンゴゴゴ)ん、これでもう大丈夫フゥ~…。ブッ!!?!」


 指先を喉に当てて何か魔法を使う素振りをしてから息をこちらにぶつけてきた。確かに臭いは消えていたが、不愉快な不意打ちに対して反射的に拳をお見舞いした。


「フグゥゥがぁぁああ!!? 痛い!? ありえねぇ! 何その子供?!」


 大きく仰け反り離れるマクドワイズ。元々真っ赤なお鼻だから見た目には変化が無いが、明らかに動揺しているのが解る。それに対してフランが淡々と説明をした。


「こちらはバンバー国境以北より参られました『エルドワーフ』様に御座います。本日マクドワイズ様にお越し頂いたのは、この方をダンジョン深部に居られる土地神様の下へ案内を頼みたく申し上げます」

「ウゥゥ…。お願いされて来てみればこんなの酷いや、そりゃ先におふざけしたのは悪かったかもだけど、いきなり殴るなんて…」

「先に“息で”殴って来たのはそっちでしょう?」

「ぐぬぬ…」


 我ながら酷い言い掛かりだと思う。でも1mm足りとも譲ろうとは思わない。


「フンだ! ドル君との盟約があるからイェナちゃんからのお願いを断る訳にはいかないし、やるよ! よく考えたらこんな男の子と一緒にお散歩出来るなんて滅多に無いしね!」

「では期限は今日から完了するまで無制限とし、ダンジョンの入口から往復の案内をお願い致します。それまで下層での接触は禁止、現地では直接触れる行為を禁止、最低限の命の保証を条件に契約を提示します」


 何という破格の条件だろう。往復で貞操も含めて無事に帰って来れそうだ。気になるのは最低限(・・・)の命の保証だけど、つまりいつもと変わらないって事だろうね。

 そこに待ったを掛けたのは当のマクドワイズ。


「直接まさぐ…じゃなくて触らないなんて怪我したらどうやって直せばいいんだい? 僕が案内するとは言え、ダンジョンだよ?」

外科医(ドクター)ならまだしも、触れずとも魔法で治せば宜しいでしょう。ダンジョン内に於ける貴方達管理者(マスター)ならば朝飯前でしょうに」

「ぬぐぐ」


 不穏な発言が聞こえたがその件は条件(ルール)付けで予防されるので気にしない。それにしてもこんな危険な奴が居る場所に、それもうら若い児童達が集まる学校施設を作るなんてどうかしている。


「そんな戯れ言を口走るから行動域を下層に限定されて、児童達の行動範囲も中層までに条例化されてしまうのですよ? 下層に侵入した児童の保護に貴方様の力が大いに役立っているのは存じ上げていますが」


 ちゃんと考えた上での事だったんだね、説明ありがとう。そして悪魔が人間に説教されていてシュールだ。見掛けはしゃぎ過ぎたおっさんピエロを年下の上司が叱っているように見えて何だか哀れにも感じる。最初の勢いはどこへ行った?


「先程身を以て知っているでしょうに、この条件は貴方の為のものでもあるのですよ、マクドワイズ様?」

「…もう! 本当に何なの君は?! 水面下だけど、地上で僕ら悪魔に傷つけられる生物なんて、そうはいないよ!? ましてや人間でそんなの、この国に居るなんて情報、聞いた事無いよ!」

「ですから、先程述べました通り、バンバー国境以北からお越ししましたと」

「フヘ? ちょっと待ってよ? あの国境の森より北って、それじゃぁあの方の?」

「いいえ、安心して下さい、小鬼の森から来たそうです」

「なぁーんだ! そうだったのかぁーウへへへへへ………いや待って、こんな子供居た? あの森に番いで暮らす人間なんて50年前の……」


 と、途中で何かに気付いて動きを止め、それからゆっくりとエルドワーフに視線を向けるマクドワイズ。それからまたゆっくりとフランの顔へ視線を戻らせてから、瞼を静かに閉じて言った。


「わかったよ。ただ条件について変更させてもらう。土地神の居る聖地はダンジョンの勝手口の先にある、ただの外ならまだしも神域となると僕はその先へは行けないんだ。神には一人で会ってもらうよ。

 ダンジョンの入口から勝手口までの往復の案内、神域から僕の下へ自力で帰還した際の下層までの帰還保証、それに(フラン)の述べた条件(ルール)を併せた内容で契約を結びますか? エルドワーフ」

「あ、はい」


 急に話を振られてちょっと戸惑った。口調とか雰囲気まで改まるからギャップが大きい。

 返事を聞いたマクドワイズは徐に髪の毛を1本引き抜いて真っ直ぐにし、端を持ってエルドワーフの目の前に差し出した。グッと引き延ばした程度で矯正される縮れ具合でもない赤い毛髪の端を摘むと、最初に感じたよくわからない気配が毛髪から溢れ、やがて暗い紫色の煙に段々と覆われて見えなくなった。

 煙が晴れると2人の手には1枚の巻き物が握られていた。


「印章あるー?」

「我が主より預かっております」


 フランがポケットからシルクのハンカチを取り出し、そこに包んだゴツイ指輪を慎重に取り出した。


「うん、重畳! じゃあ(エルドワーフ)の血が欲しいんだけど?」


 マクドワイズがスッとどこから取り出したのか、小さな注射器を手に持って言った。


「グフフ、大丈夫大丈夫。先っぽだけだから、ちくっとしたら後は楽になるから……」

「ハァ、それくらいなら私が代わりにやりますよ」 

「お願いします!」


 注射は嫌いだけど、キモイ奴に刺されるよりはマシ。悪魔との契約に血が必要なのは雰囲気で何となく納得できるから、大人しく目を瞑って痛みが過ぎるのを待った。


_______________



 歯医者が怖い、検査が怖い、そして注射が怖い。特に注射は予防接種や何とかで子供の頃には避けて通れないトラウマである。

 なので針を肌に差し血を抜く。その為に針を9本も折ってしまったのは自分の所為じゃない……とは言えない。


「いや驚いた。こんなに細くて白い肌なのに、皮膚の下の筋肉の硬い事ドワーフの如し、だね!」

「エルドワーフ様には申し訳ございませんが、麻酔と筋肉弛緩剤、それと経絡秘孔(ツボ)を衝く麻酔も施しましたので、今日明日のダンジョン探索は不可能、だと進言します」

「」


 何だかんだ言って技術水準はそこそこあるけれども、細かい点では知っている物より劣るのがあるのはしょうがない。針が太いとか針先に蚊の針を摸した(痛くなくなる)細工が施されていないとか、刺す前に『刺します!』とか言われた時はどうなることかと思ってしまった。

 お陰で刺激を受ける度に力んで大変だった。何が悲しいって魔吸素材の手錠をもう一度嵌めねばならなかった事だ。最後は何も感じない腕に剃刀で穴を開け、動物用の針を差し込む手術までする事になった。


「うひゅひゅひゅ! やっぱり子供は子供らしい反応が一番可愛らしいね! 泣き叫ばずに我慢出来たご褒美に、僕の鼻を曲げた事は不問にしよう」

「はわわふ、はうはう…」


 麻酔は腕だけの筈が、薬が全身に回ってて呂律も回らない。


「おやおや? そんなんじゃあ晩餐も食べられないかもね! だったら僕の魔法で緩和してあげるよ!」


 マクドワイズが人差し指をスライドさせ、停止した所で親指をピンッと弾くと、首から上の毛穴や口の中から汗や苦い液体がドロドロと溢れた。


「ふべっ!? ベッ! 不味!」


 でも話せるし、腕も動くようになった。


「ぺっぺっ……ありがとうございました」

「素直にお礼を言えて偉いけど、何で首から上だけ絞ったら、全身の薬物抽出しちゃうの? 君の身体おかしくなぁい?」


 全身を効率的に動かす術はエリーから十分に教わっている。血管内に限定すれば、力加減で体内の毒素を頭や末端に集中出来るのだ。ただし目や鼻等の粘膜や傷付けられて染込んだ毒や病気には意味が無い。


『末端に毒を追いやれば縛り易いし、最悪斬り落す時もやり易いわよ』

『頭は?』

『その時は運に任せて覚悟なさい』


 今回は運が良くてよかった。


「採血が終わったのなら本契約を交わしてください」

「はいはい! それじゃ、いただきま~す」


 マクドワイズが注射器のピストンを引き抜くと、その中身を口内に流し落とした。

 気持ち悪くワインを転がすように味わった後、口からドロドロの紅い液体を印章に垂らす。

 表面張力ギリギリまで垂らしてから軽く息を吹きかけると、印章を巻物に押し付け封をした。


「我、マクドワイズ、汝、エルドワーフと契約を交わす」


 恭しく渡された巻物にはしっかりと、船と蹄鉄を摸した印章の封蠟が留めてある。

 それからニカッと笑うと、血で赤く汚れた歯が剥き出しになる。


「それじゃあ準備が出来たら何時でもおいで! ウフフゥ~」


 後ろ手に組んで息を下向きに吐き出すと、悪魔は綿埃の様に宙に浮いて、そのまま景色に滲むように姿を消した。

_______________


悪魔[デーモン]・・・

挿絵(By みてみん)


魔界から現れる実態を持った超常の存在、悪魔。

人間の欲求を見抜き、人間の要求に応え、人間を唆す存在と考えられている。


実際の所は魔界と人間界の中間的亜空間であるダンジョンを利用して交易を図る、ダンジョンの管理に務める大商人であり魔界という国の外交官でもある。


悪魔が管理するダンジョンは人間界の環境と魔界の地形を摸した特殊な空間で、内部で遭遇する動植物の多くは魔界原産であり、品種改良により両方の世界でも生存可能な生き物達である。

中にはダンジョンの出現した土地の先住種族や神々が滞在する場合もあり、そういった者達とはなるべく友好関係を築くように心掛けている。

他にもダンジョン内でちらほら見掛ける宝箱には、魔界に住む職人が気まぐれに作った様々な魔道具が納められていて、魔界に於ける悪魔の交友関係によってその内容も様変わりする。


似た存在として天使が挙げられるが、天使達とは生理的に馬が合わないそうで、誹謗中傷が絶えないという。



―出典[エスト大百科・異界の章]より

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