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チャリンコ・チャリオット  作者: 怠慢兎
第1章 ーワンパク ワンダー ワールドー
26/54

24. 神の悪戯 @+


 拡張性を考慮して水周り以外は岩壁な洞窟感丸出しの実家で、食卓を囲んで一家団欒食事を摂っている。


『食べちゃえばただのお肉なのに、どうして蛇や蛸ってあんなに殴りにくいのかしらね~?』

『んん? んなもん柔軟性が高いからじゃろう、蛇は骨が多くて自在にのたくるし、蛸に至ってはその骨が無い』

『ええ解ってるわ、独り言よ。せめて他の動物と同じ骨の構造してたら骨を狙えるのに』

『絵本の竜も細長い首に頭が載って似てるけど如何違うの?』

『絵本に出てくるようなのは簡単に撲殺出来るふつうの構造よ。でも蛇の骨格は頭から尻尾まで緩衝材(クッション)のような軟骨がこれでもかって位大量に配置していて、この柔らか~い美味し~いお肉も手伝って衝撃にとっても強いの』

『へ~』

『戦闘美学で戦術を貫くのは結構じゃが、それで守るもんを危険に晒すくらいなら武器を使え、武器を』

『う~仮面は忘れちゃったのよ』

『お、お肉が柔らかくて美味しいのはお母さんの料理が上手だからだね!』

『ああ~エルドちゃんが慰めてくれる~』

『オイオイ…』


__________

_______

____

_



 ほんのつい先日の夢を見ていた。たった数日前の事なのに随分と懐かしい気がする。

 あまり質の高くないベッドと不思議な香りのする枕で目覚めは良くない。


「随分静かだけど夜になっちゃった? 町には着いてなさそうだけど」


 エルドワーフは椅子に座っている灰色の格好をした青年に問いかける。その顔には疲労の色が見て取れるがエルドワーフは気にしない。


「んん? 暗いのは確かだけど夜にはまだまだだよ。あ、食べかけは一度温め直して保温しておいたよ」

「ありがとう」ムシャムシャ


 目の前のコイツ(ドドラ)の所為で味わった嫌な記憶は、温め直されたこんがり香ばしい齧りかけのバゲットサンドでキレイに吹き飛んだ。


 ここは船内でも下層の医務室。竜骨(キール)(船の基準土台になる木材)の直上で揺れも比較的小さく酔い難い場所だ。意外と広い造りの部屋には所狭しと一人用のベッドとハンモックが空間を占めており、医務室兼仮眠室になっている。ついさっきまでここで骨折した脚の治療をしていたらしく、足が石膏と包帯でグルグル巻きにされていた。


「さてと、目が覚めたようだからとりあえず医者として言うけど、怪我の具合から丸1日は安静にしてもらいたいね。折れ砕けて飛び散った骨の破片を全て回収できなかったから、僕の持つ最高の秘薬でも完治には時間が掛かる。親父さんにその旨を告げると町に1日滞在する事にしたみたいだよ」

「ええ!? また一日伸びるの?! 魔法でパパッと治せるんじゃないの?」

「あ~、ゴメンね。ウチのパーティ、回復魔法に長けた人は居ないんだよね。それに骨折は魔法で治すより自力で治る方が次、同じ所が折れ難くなるんだよ?」

「そんな悠長に待ってたら、積み荷が腐っちゃうよ」

「イヤイヤ、比喩だとは思うけど、塩漬けがそんなに早くは腐らない、と思う…長命種の時間感覚で云うなら話は別だけど。しかしそんな君に朗報! 世の中には魔法や錬金術で生ものを腐らせない為の技術があって、今じゃ塩漬けよりも長期保存が効く方法がここ40年で随分発達したんだ。たぶんこれから行く内バンバーなら探せばその手のお店があるんじゃないかな?」

「凍らせでもするの? それかまさか死霊術の類とか…?」

「あれれ? 知ってるんじゃないか、だったら尚更塩漬けより『半蘇(リザレクション)保存術(・ストレージ)』に切り替えなきゃ」


 保存期間が延びるならそれに越したことは無い。今すぐバウロと相談して町に着いたら持って行ってもらおう。蛇皮の荷車、クソ重いもん。俺の腕力では運べない。

 そうと決まればこんな狭いベッドから降りて船の中を探検…じゃなくて捜索だ。フェリーも碌に乗った事なかったのに帆船の内部を自由に見て回れるなんてちょっとした“あこがれ”だったのだ。

 “青切符”があるから誰にも邪魔はさせない。


「オヤジと話して来る」

「ちょっと?! ほんの少し前までその脚から骨が飛び出てたんだよ? 歩き回って平気じゃないでしょ?」

「気合を込めはら大丈夫」モソモソ

「根性論は大丈夫の根拠にならないし食べながら喋るのは辞めなよ…」


 言いながらドアを抜けて階段を上った。医務室から甲板までは2つの踊り場を挟んだ螺旋階段一本直通だ。

 外に出ると濃い霧の中だった。前方は暗く、後方は明るいので進路の前後の区別はつくが正しい方角なのか疑問だ。マストの下から見上げると、なんと全ての帆が畳まれた状態だ。風は感じられず、言わば凪の状態。それなのに船自体は前へと進んでいる。船縁から下を覗き込んでも、手漕ぎオールの一つも確認出来ないからきっとスクリューか魔法的な何かで進んでいるのだろう。

 足音と反響音に注意を払いつつ、けんけん跳びで甲板を駆け回ったがクルーのオッサンばかりでバウロは居なかった。霧で景色もクソも無いし、太陽の遮られた水上だからか肌寒いしで甲板は諦めて違う所を探すことにした。


 船尾側にある船長室の重厚な扉とお洒落な硝子窓から、カンテラや室内照明の灯りと霧とで織り成すぼんやり暖かい光景がノスタルジックな気分にしてくれる。

 窓から中を覗くと…居た。バウロとデキストリン船長と他2人がグラスを傾けワインを飲んでいる。あっさり見つけて拍子抜けしつつも早速中へ入り込んだ。

 流石船の中で一番豪華な部屋だけに、最も快適な環境が作り出されている。


「うわぁ、あったか~」

「よう! 目が覚めたか、どうだ? 一杯ぃぐ!?」

「子供に何奨めてんのよ、馬鹿」


 ジオグリフの脇にエドラの肘鉄が入った。どんな力加減なのか2mはスライドしただろう。しかし間髪入れずに船長から苦情が飛んだ。


「御2人共、カーペットが痛むので暴れるのなら外にどうぞ」

「「ごめんなさい」」

「そんなことよりも驚きました、脚があんなにも滅茶苦茶になっていたのにもう動けるのですか?」


 デキストリンはグラスをテーブルに置いて問うてきた。その目はエルドワーフの顔と怪我をした脚を交互に注視している。

 扉の前に棒立ちでいるのもなんなのでピョンピョン跳びながら移動したが、その間も見つめて来るのでちょっとムズムズした。


「ふむ、その様子だと歩きづらいでしょう、すぐに杖をご用意します。それまでこちらの椅子へ、飲み物は如何か?」

「ありがとうございます。じゃ、あったかいお茶をお願いします」

「ミルクは?」

「あ、あるならたっぷりで」


 普段家ではエリーが栽培する薬草、それもハーブより緑茶に近い物を飲んでいたから、お茶と言ったら緑茶のつもりだったけど、ミルクを入れるのなら紅茶しかないだろう。でも正直な所、紅茶はそんなに好きでもないんだよな~、ミルクが入ってやっと選択肢に上る程度。

 どうやら専属のクルーが淹れてくれるようだが、お湯を沸かし始めたのでちょっと時間が掛かりそう。その間に要件を済まそう。


「ちょっとオヤジいいかい? 実はかくかくしかじか…」

「べこべこぼこぼこと、言う事はワシにガキの使いをさせる訳か?」

「なんでやねん、いや間違ってはいないか? でもお願い、こうやって日程が延びるなら…」

「ならん。んな一日二日延びたくらいで腐りゃせん、必要皆無じゃ。んな事より無茶をするな、息子の大怪我なんざ出来れば見たくはないんじゃぞ? 休め、んでとっとと治せ、それがケジメじゃ」


 取り付く島もないとはこの事で、俺のおねだりはあっけなく失敗した。それにバウロの言い分も納得で、特にここ数日の間に何度も重傷を負ったのだから心配するのも当然の事、いい加減自重を意識した方が良いのかもしれないな。


「……わかった。ごめんね」

「何を謝る? 亜竜をぶちのめしたんは事実なんじゃからもっと胸を張れ! その怪我は……んあ~と、あれじゃ、名誉の負傷とでも思え! そんで身体を労われ。じゃがどうしてもじっとしておれんなら、次そんな事にならんように何か考えれ、エリーじゃないが、鍛えるとかな」ゲフゥ


 バウロの精一杯の労いの言葉が胸に沁みる。……最後のゲップでぶち壊しだけど……。


「あー、怪我人ですし鍛錬はまた後日が良いと思います。代わりと言ってはなんですが、装備を整えてはどうでしょう? 先程は武器らしい物も使わずにペンタゴンを退けたのには思わず驚愕しましたが、結果から省みてもやはり四肢を守る防具は必要だと思いました」

「そう! それが言いたかったんじゃ! ドルモアも素手喧嘩よか武器を持てと言っとったしのぅ、んあっはっは!」


 デキストリン船長が言いたかった事を代弁してくれて合点がいったとスッキリした表情のバウロ。何時の間にかグラスをジョッキに持ち替えて一息煽ると、今度はジオグリフの方へ顔を向けて言った。


「わしゃぁこの50年間ずっと家におったから街の事はよー知らん。そこでお前さんらに武器でも防具でも何でもいい、その手の店にエルドを連れてって一丁見繕ってはくれんか?」

「そう言う事ならお安い御用だ。序に無茶しないように眼も光らせとくよ」

「ならば私も、友人の店に紹介状をしたためましょうか? 象嵌師でこの船の鋼板を補強する魔方陣も手掛けている方でして、指輪などのアクセサリーも手掛けていますよ」

「貰えるんなら貰っとこう」


 なんだかトントン拍子で装備を買う許しが降りたけど、財布管理は俺がしているんだけどね。でも武器屋とかそういうのってワクワクするよね。修学旅行の楽しみは観光より武器屋で木刀を買う方が大きいし思い出も深くなる。中高どっちも財布を忘れて辛酸を舐めた思いを挽回するつもりは無いけど、無いけど良いのがあったら買いたいなぁ。


「どうぞ、熱いので気を付けて」

「どうも」


 ふと鹿公園や清水寺での事を思い返していると良いタイミングで小さなカートに載ったティーセットが届いた。顔を見上げると左目に眼帯を付けた黒髪の若い男性がニコニコとカップを差し出してくれた。

 ほのかに立ち昇る湯気に拡散されるのは確かに紅茶の芳しい香りだ。しかし嗅いだことのない種類の香りは決して苦手な匂いではなく、むしろこれなら好きになれそうな気がするくらいだ。


「あ、いい香り。私も欲しいな」

「じゃ僕も」

「わっ!? いつの間に入って来たのよ?」

「そこの階段から…あ、杖持って来たよ」


 気を抜いていたとはいえ、本当に何の気配も感じさせないままに忽然とドドラが現れビビった。そう言えば誘拐未遂事件でエドラの才能(センス)が探知系なのは知っているけど、ドドラとジオグリフの才能がどういったものなのかは全然知らない。そのエドラでさえ出し抜くドドラってどんだけ…いやエドラも気を抜いてただけか? まぁ才能の種類は多岐にわたるしピンキリまであるから今は深く考えるのが面倒だ。あ、このミルクティー美味ぇ。

 一息着いた所でドドラの持って来た杖の具合を確認する。片方だけ短いY字型の杖で、先端には白くて弾力のあるカバーが被せられている。手に取ってみると木を加工した物かと思いきや、鹿か何かの動物の角を丸ごと利用したものであるようだった。細かい産毛の生えた表面は中々良い触り心地だ。


 ググ…、トントン…


 おお! けっこうピッタリだ。でも…


「1日で用済みになる物にしては仰々しいなぁ」

「イヤぁ、そんなに高価な物でもないよコレ。でしょう? 船長殿」

「ああ、まあ素材自体はね。丁度部下に同じ物を持って来させるつもりだったのだが、どこかで受け取ったのかな?」

「ええ、まあそんなところです」


 コォーーーン………


「おっと巻黄鳥が鳴きましたね、そろそろ霧を抜けるでしょう。霧を抜けてしまえばもう街はすぐそこです」


 小さくても重厚な鐘の音が短い船旅の終わりを告げた。程なくしてそれまでの薄暗い霧が嘘のように、空も湖面も真っ青な快晴の天気が降り注ぐ。

 船の上も中もにわかに活気づいてあちこちから野太い声が漏れ聞こえてくる。


「甲板に出ましょうか。もうここの暖房の方が涼しいくらいですし」


 表に出ると北国とは思えないくらいポカポカ陽気な太陽が真上に、そして冴え渡る青空と霧とでキッチリ境界線が出来上がっている。北の山々から吹き降ろす風の関係上、バンバーの町より風下にある筈のここら辺一帯には港でさえ漂っていた牧場の臭いが全くない。むしろ澄み切っている。呼吸が美味しい!

 目線を下へ街の方を見やるとバンバーとは比べ物にならないくらいの街並みが見える。丹後と京都市内くらい違う。


「ほぉ~、こりゃまたケッタイな…」


 珍しくバウロが目を剥いて空を仰ぎ見ている。街の上空に雲は無く、街を囲むように黒い霧が壁を成していて、まるで台風の目の中に居るかのようだ。ただココと反対側の南の方にだけ霧は無さそうに見える。どう見ても人為的に造られた光景に、ただ息を飲むばかりだ。


「なんだろうな、こっちから来たのに向こうからコッチに来るとまた印象が全然違って見えるぜ」

「ホント、予定よりも長く滞在してたものね。始めはお馬ちゃんなんてすぐにイケると思ってたから、日帰りのつもりでここも通り過ぎちゃったから尚の事ねぇ…」

「それもエルド君の怪我の功名で1日観光出来るんですから挽回するのにうってつけですしね!」

「それじゃあ………エルド君の子守は任せたわよ! リーダー! ドドラ!」

「こんな時だけリーダー呼ばわりするな! 俺はギルドに滞在申告とローンの振り込みとか…色々しなきゃいけないんだ、あ! アルボール卿への手紙も書かなきゃならんし」

「理由としては弱いわね、そんなの行き掛けの駄賃で十分よ。ローンは私が払っとくわ、短時間で済むし、卿への手紙も昨日の内に書き終わったんじゃないの?」

「ぐ…仕方ない、ならドドラ! お前も格闘が出来たから、アドバイスがてら一緒に来てくれるよな?」

「いや~ダメですね~、僕はバウロさんに別件で仕事を受けましたので~。それに僕は対人戦はある程度出来ますけど、あんな派手な対獣格闘は想像もつかないのでやっぱり一番矢でも鉄砲でも怪獣でも肉薄してるリーダーが適任ですって」

「くッ…! 世知辛い…!」


 子守が如何のと相談しているがもっと声を落として欲しいぞ。それにそんなに嫌がられるとこっちとしても傷付くし……まあさっきの事を考えれば爆弾を抱えるリスクとどっこいどっこいに思われても仕方ないか。


 やがて船は港へ……の前に何故か左へ大きく迂回を始めた。


「あれれれれ?」


 霧を抜けて多少の風は出て来たのに、相も変わらず帆の一つも張らずに前進する船が、風か波に流されたのかと思い右舷側に寄った。すると前方に鈍く光る幾つかのドーム型倉庫がポツンと浮いているの?


「ねぇ、あれ倉庫じゃないの?」

「う~ん? 港にしては街並みとちぐはぐな様な?」

「何言ってんだ、ありゃ船だぞ」

「え、ちょ、リーダ~冗談は顔だけに…」ゴッ!

「誰が冗談みてぇーな顔だドドラァ! チッ、バンバーレイクの貨物船は海上を除けば大陸一の大きさなのは有名なんだぞ」


 へ~、大陸一の大きさの湖上貨物船かぁ~。確かに横に広がって高さも見上げるくらいあるから港湾倉庫に…見えるかボケェ!! どう見ても戦闘機とか離着陸出来そうな護衛艦(笑)ですありがとうございました。 

 あんぐり口を開けて見つめていたらデキストリン船長もが口を開いた。


「あの船は大陸一にして我らがバンバーの誇る1番船『イェーナー』です。名前の由来はドルモア辺境伯様の従妹であられるイェナ様だと窺いました。あの様に帆の無い魔導船なので非常な大喰いなのですが、どうやら補給が完了して帰港する所でしょうね」


 あの町の規模であんなの余りにも過剰にしか思わないけど、そう言えば何日か前、俺達が町に来る前に町中の馬が買い占められてて、着いた時には既に輸送された後だった。あの船なら一度の出航で買い占めた全部の馬を送れるのも納得だ。だけどもこう言っちゃなんだが、たかがこんな湖の上にあんな船を浮かべようなんて考えた人達は馬鹿なんじゃないか。


「ンおおぅ~、なんとまだ動いておったかイェーナァ! ああして動いているのを見ると、図面を引いた甲斐があったもんじゃわい」


 ………なんと馬鹿の一人がここに居た。


「図面って……あそこまでデカくする必要あったの?」

「ん? あんなもんちょっとした出来心じゃ、ちょっち物資に余裕があって、金も潤沢に回って来たから余さず使ってみた結果じゃ。イヤぁ~、造ってる間は気持ちえがったわい」


 顔を覗くとここ暫くは見たことの無いような穏やかな表情をしていたので、何も言わずに横に並んで一緒にイェーナーを見送った。


__________



 コォーン! ココォーン! コォーン! ココォーン!


 独特のリズムで巻黄鳥の鐘を叩いて船が到着したことを港に報せる。港でも船上でもムキムキの男共が「合点承知ー!」とでも叫びながら駆け回る。そんな中でも一際目を惹いたのは船首と船尾にそれぞれ5人ずつ固まり長い(オール)を持った男達である。目を惹いたと言っても既に帆は畳まれているし、船蔵から甲板へ出る蓋はただ嵌め込んだ格子を外すだけの事なので他に目新しい作業がなかっただけなのだが。

 停泊したところで船の前後で同時に櫂を差し込む、するとその場で船が回転を始めた。5人もの男達が腕をパンパンに膨らませながらジッと櫂を押さえつけている。船はゆっくりと回っているのに櫂で漕いでいるようには見受けられない。


「槍回しが珍しいのかい?」


 船首で櫂を押さえる様子を見ていたらデキストリン船長が教えてくれた。


「ヤリマワシ?」

「槍のようなオールを使って船を回すことから名付けられたんだよ。最初は銛か槍かで意見が分かれたけど、銛より槍の方が漕ぎ易いから『槍』になったそうな。因みに風が無くとも船が進むのは舵の…」



 不意に前世で見た祭りの光景が蘇る。巨大でありながら緻密な彫刻の集合体の地車が目の前を通り過ぎる。大小の太鼓、鉦、笛、そして毎年恒例の力強い掛け声……市外からばあちゃんちに泊まり掛けで毎年コレを見に来ているがやっぱ大通りで眺めるより、殿様街道沿いの狭目のとこから間近な方が見た気ぃするわ。思ぅてたらもう次来てるやんか、今の内に梨齧っとこ。



 「グゥ……!?」ズギッ


 かなり懐かしくも新しい目の記憶に浸ろうとする間もなく、鋭い痛みが身体の半身を襲った。下手すれば大蛇を焼き殺した“焼身(セルフバーニング)”やレガリア卿の剣鞭に匹敵する衝撃だった。


「大丈夫かい!?」

「ぃいえ、目に塵が入っただけです…」

「とてもそんな生ぬるい感じには…、目を開けてごらん」

「イエ、チョットメノウラガゴロゴロスルテイドデスカラ、ダダダイジョウブブゥ」


 痛みの(ピーク)に差し掛かっていたが、意識が朦朧とするのを必死に堪え、でも意識とは裏腹に足を縺れさせて船縁の水を逃がす隙間からスルリと湖の中へ落ちてしまった。



_―_―_―_―_



 茶色い地面を囲むようにこちらを見下ろす3人の男女、地面は一面真っ平らで光沢もあり、どちらかというと円卓、いや卓袱台と言う方がしっくりくる。この巨大な卓袱台を囲む男女もこれに合わせて巨大で、何故か振り返らずともその3人共を目視出来ているのが凄く不気味だ。しかもこの3人は見た所、家族や兄弟姉妹という程似てはいないし、格好からしても時代や職業、関係性もちぐはぐに見える。とにかく尋常ではない状況だけは確かだ。

 その中で一番イカレタ見た目の、具体的には白衣のあらゆるポケットから管が飛び出し鼻の下へ集合、鼻の両穴へ直通し、呼吸の度に口だけでなく耳からも煙を吐き出すスモークジャンキーが、一塊の紫煙を撒き散らしながら語りだした。


「・・・・・全く思いもしませんでしたねぇ~、ただの『お願い』でこんなにも苦労するハメになるとは! ン~~~ッハァ~! 転生先の選択ミス、って言っても君の知ったこっちゃないんだもんね~」

「いやはや…、大雑把に“長生きしたい”だけなら常命の者は百も生きれば十分、それを神や妾らの感覚での寿命を与えたとはの。まぁ、妾から言えるのは『お気の毒様、頑張りゃれ(はぁと』」


 赤を基調とした十二単に身を包み、紫色の扇子で口元を隠す女官。口振りと目元の表情からは愉快そうな感情がありありと読み取れる。


「ただ長生きするだけとちゃう、ド突かれてもシバキ倒す―、病気ィなってもイてもうたる―、命ホカしてもホカしきれん―、そんなとことんヤれるゴッツイ身体(もん)で目の前の壁もボロボロにイてまう―、色々ひっくるめて全ェ~部ぴったんこカンカンな転生先―やってんけどなぁ~?」


 コテコテの関西弁もとい大阪弁を話すのは浅黒い肌に丸坊主で顎髭、金のチェーンを首に掛けアロハシャツ柄のスカジャンの下は腹巻という妙な姿の細マッチョだ。


「その世界に於いてヒトの混ざりっ気(・・・・・)無しで異なる長命種同士の子供(ハイブリッド)、過去の試みが無かった訳ではないけれど未熟な方法と娯楽程度の低い熱意で成功例は皆無…(スゥ~)しかし純然たる愛と高度な錬金術により心身ともに優れ且つ両親の良いとこ取りで完全な上位互換新人種が誕生する事に決まった。グハァ~…、それが君さ、エルドワーフ~」フゥ~

「ああ、兄やんの名前は後々になってそのまんま新しい人種の総称として永劫語り継がれるんやと思うわ、知らんけど。ホンマにそうなんのかは自分で確かめたらええわ、一応長生きする予定やし―」


 エルドワーフ? が俺のこと…? あぁ、そっかそっか俺の事だ。今はエルドワーフだもんね、前の名前は―――あれ? 何やったっけ?


「およよよ、危ない危ない…、お主の前世の記憶は幾らか封印しておる。お主の以前の名前もその一つじゃ」

「君の前の人生の主要パーツ、実在する親しい関係の名称と君の死因は特に厳重に封じ込めたよ」プカァ~

「実在する親しい関係ゆぅのは、家族や友人、親戚やご近所さん、どっかで偶然見かけた有名人、そう言う実際に目撃したホンマモンの人の事や。テレビやパソコン、スマホとかでしか見たことのない者は映画や漫画の登場人物と一緒、架空の存在と変わらへんから顔も名前もキッチリ思い出せるやろ?」


 ブルース・リー、チャック・ノリス、ジャッキー・チェン、サムハン・キンポー、etc…、あとは……AKBが流行った頃はクイーンにハマり出した頃だし、モーニング娘派生のハムスターのが印象強いからやっぱりアイドルでは弱いな~。他には…天皇陛下は名字が無くて名前が………あれ? こっちも思い出せない。


「ほほほほ、安心せい。天皇皇后をお主はちゃんと目撃しておる、故にその名も封じてある。確か学生時代に京都駅で揉みくちゃにされながら、であったかのぅ」

「余計な事言うなや! あとアイドル云々かんぬんはただのど忘れや、んで、自分の名前も唯一無二の実物やから忘れさせたんやな」

「名前を覚えていると以前の人世を連鎖的に呼び覚まし死の記憶までも思い起こす、さすれば魂は記憶の死に倣いて命を手放すのじゃ、何せ魂の記憶とは思い出でなく感覚の回帰、そしてお主・エルドワーフの世界では魂に傷が付くと肉体にも同等の影響が現れるのじゃ。故に死因に纏わる記憶も封じたのじゃ、文字通り命に係わるでのぅ」

ボワッ「如何してだか、君の人生と死因に深く係わる言葉(キーワード)を聞いた所為で又してもここへ来ることになってね~。今更だけど前世と現世で話す言語は全く違うよね? 発音も文法も異なるから似た意味で連想したとしても懐かしいで片付く筈だったんだよ」バフゥーッ


 じゃあ実際に見た動植物の名前は? 道具は? 観光名所は? 死んだ場所に関係するものもヤバいんじゃないの?


「そこまで消したら記憶持ち越し知識無双とか出来ひんやん、するんかせえへんのか知らんけど、死なへん程度にギリギリまで記憶は持たすんが通例や、冥途の土産に~ってな」

「そ、貴方にとって実在する()の名称を根こそぎ封じた訳です。ンン゛~、どうせ前世の記憶なんて覚えているのは子供のうちだけですけどね~、別に全部封印してもそれなりに生きたでしょうけども」

「ま、そうもいけへんのが俺らの下に集った魂の運命やねんけど」

「普通に死ねなかったから迷惑料(・・・)がてらコッチで保護してあげてるんです。まぁ送ってから何度もココに来るのは君との約束を守る為なんですけど、今回に関しては僕らが呼びました」


 え? じゃあまた死にそうな目に遭ったの? しかも今度はアンタ等の手引きで?


「違う違う! 君が死ぬ原因と君を引き寄せる律はイコールにならないよ! 簡単に言うと、結果的に死ねば魂は僕らが保護、君の身体は仮死状態、肉体が霊薬(エリクサー)とかで蘇生の準備が整うと元の身体へ召還、エルドワーフが復活、誰にどうやって或いは何がどうして死んでしまうのかはこっちが聞きたいくらいさ! 要は僕らの加護で君は死ねないの」

「んでな、普通に分相応の生活しとったら普通ゥ~は死ぬ様な事は滅ッ多にあらへんねん。それこそ戦争中とかでもない限りのぅ」


 今の両親がぶっ飛んでるんで結構な頻度で此方に来てるんですが…


「それに関してはホンマスマン思うてるねん。あの親父にしてこの娘有りってな~」

「そもそもの原因がその“血筋”の所為、なんですよ~、参った参った」もわぁ~


 話が見えてこない、血筋? がどうしたの? 呪われでもしてるの?


「お! 生魂だけあって第六感が冴え渡ってるねぇ~、そうさ、エルドワーフ君の一族は、特に母方の祖父は“神殺し”として神々から畏怖されているんだ」


 はぁ、そうですか


「リアクション薄いの~!? もぅちょい『え゛~!?』とか『ウソやろホンマけェ!?』とかあるやろ!」

「落ち着け阿呆め、こやつの気性なら理解が追い付けば自らも神殺しになろうとするぞよ。それらも含めて丁度良い転生先を用意したのは、何処の何方であったかのぅ~?」

「需要と供給に則ったまでですぅ」ブフゥ~ッ

「コイツ連れて来たんがお得意先やねん」


 神だか仏だか知りませんけど、俺が死に易いのって祟りなの? しかも爺さんの所為で? あんまりだ


「ん~まぁな、普通やったら神に対して下々の者がガタガタ言うのはお門違いや、けどな、この世界に限ってはそのお門の筋道が通るんや」

「そうです、君のお爺さんが出来たように、強くなれば神にだって対抗できる。レベルだ、ステータスだ、成長限界? そんな雑多な不純物は用意されていない。そういう管理をしたがる神々の出鼻が挫かれた、ある意味で平等な世界が君の居る世界・『イーブン』だ」


 それまでは間延びして眠たげな表情が一変、目にギラギラと危険な光が宿るのを見た。


(ちょいと面倒臭い感じになったぞい?)

(シケモクがようやっと効いてきたんちゃう? コイツ神如きにちょっかい出されんのむっちゃ嫌うしな)ヒソヒソ

 俺よりもそこの中毒者を保護した方がいいんじゃない?


「そういう神の庇護下に入ればハイファンタジー宜しく名前だ、スキルだ、数値だとか便利にはなるだろう、だが神には勝てなくなる! 当然だ、反抗されると気分が良くないんだと。腰抜け共が、仕事に疲れたとか抜かして分霊寄越して刺激が欲しいだと? だったら刺激的な世界があるぞ! 神も仏も人も獣も天使も悪魔も俺達も!! 其々が其々を殺し得る世界だ! 弱肉強食ここに極まれり!

 それと、このタバコはシケモクじゃありません。“融合加熱式暗黒b」

「どうどう、落ち着きんしゃい。神々の観光案内は妾の担当で、お主の担当ではないでおろう? それに妾らが直接観光客に暴力を振るうのは御法度じゃ」

「誰かを嗾けるか、向こうから直接ちょっかいを掛けられるか……そうなったら俺の出番やんけ! オドレが怒る方こそお門違いじゃい!」


 怒髪冠を衝くとか激おこ(略)ムカ着火ファイヤーとか、何ともいえない狂貌が眼前で昂っている。皺なのか血管なのかが顔面全域に極端な凹凸を生み、最早意味不明な貌になっていた。

 今、目を合わせたら死ぬ、そんな予感を確信した。


 ・ ・ ・ ・ ・


「フゥーッウハハハ! ガス抜きにこうして怒らないと、本当に血管が切れちゃいそうですよ~。失敬失敬」

「ワハハー! もっとヤニ喰え、ヤニー!」


 ねぇねぇ、俺がコイツぶっ殺すのはどれ位強くなればいいのかなぁ~?


「せやのぅ、M.I.Bのラストに出てくる宇宙の外側まで来れたら、死なずにココに来れるかも知れんで~」

「やめてください、殺さないで」グフゥ~


 ハァ、もぅ帰っていい?


「ショック死状態やから帰そう思たら何時でも帰れんで、まあまだ帰さんけどな」

「時間なんてどうにでもできるけど長居しててもしょうがないですしねぇ。……っふぅ、エルドワーフのお爺さんが神殺しだとさっき言いましたよね? その娘、つまり君のお母さんも結構強いのは身をもって知っている筈」


 何回かコッチに来る原因だしね


「二代続けてこんなに強いんだから三代目も、って思うじゃん? だから強く成り過ぎる前に芽を摘んどこうって魂胆なんですね~。調べたらエリーちゃんの時もちょっかい掛けようとしたらしいけど、お(じい)さんが眼を光らせてたから敵わなかったんだって」


 “ちゃん”て……じゃあ爺さんの監視がないから今はやられ放題になってるの?


「そゆこと、今までは平時とは言え死亡するには納得のいく状況だったけど、流石に言葉で死んでしまうのはあんまりだからねぇ」

「そこで本題になるのじゃが、此方は生かしたい、彼方は死なせたい、お主は何方が好みで?」


 無論、生かしてください。


「で、あろうな。ホレ、許諾を得たぞ」

「どうも、それじゃぁ僕らの加護をもう少し丈夫なモノにしてしまうね」

「つっても、過分に期待したらあかんけどな」


 具体的にはどの程度マシになったの?


「さっきのみたいな言葉程度で死ぬのは無いな、あと幽霊に憑り付かれもせんわ。ぶっちゃけそんな変わらん、物理も魔法も自力でナントカしい。あと今更やけど俺らこれで神よりエライんやからもっと言葉遣い気ぃ付けぇよ」


 ごめんなさい。


「・・・・・まぁええわ。とりあえず腕っ節付けてしまえばあとはなるようになる、ほな達者でな」

「おお、そうじゃ、一応教えておこうかの、お主と共に講義を受けた者らのことを」

「俺もう『達者でな』て言うてしもたんやけど、なあ?」

「ミジンコはちゃんと大きく育ったぞよ、無から素粒子として生まれて今の名は“盤古”となっておる」


 バンコ……何の言葉なのか判らないけど、0から1になるのは大きいだろうな~


「そして子熊はまだじゃの、お主より後の時代に生まれるじゃろう」


 一緒に居たのに時系列はバラバラなんですか?


「其方の煙管馬鹿が言うておった通り、時間なぞ如何様にも、それこそ過去にも未来にも適切な人員配置と対応が可能じゃ。お主の様に妾らが手を出さねばならぬ対応は、妾をしても極めて稀且つ面倒、オンゲーのログ解析位面倒じゃ。それと、妾は話し方にケチを付けたりしないので自由に発言して良いぞ」

「コラコラ、俺だけ悪者にすんなやワレ」

「フッ、このタイミングなのも理由があるんです。僕らの観光客なら注意喚起すればそれでお終いなんですけど、“イーブン”生まれの土地神はそもそも僕らを認識出来ないんだ。人に対するポルターガイストみたいな感じ」フシュゥルルル


 んーと、普通に手を出しても気付かれないから、手段を変えた段階で分かり易く気付かせようって訳?


「普段に紛れてスルーされるより、失敗続きで気が立ってる時の方が気付き易いのは神でも人でも変わりないんだよ」ポワン


 じゃあもう祟りは無くなるの?


「それは何とも言えないな~、そっちの彼が言った様に物理と魔法の実力行使に出られたらどうなるかわからないし、僕らの加護は君の前世の寿命分までしかないから、これ大事~」


 じゃぁ後10年? 長いような短いような……


スゥ…パァ~「短いよ。エルフ千年、ドワーフ千年、エルドワーフは何千年? 瞬きする間に期限切れ~ってね」


 う~ん、でも耳を塞いで生きていかなくても大丈夫なら、何とかなりそうな気がします


「おぅ! その意気や! ただ―さっきのしょうもないことしおった(ジャリ)だけはキッチリ〆といたるわ。安心しぃな」

「知らぬとは言え妾らを約束も守れぬ盆暗に陥れようとしたのじゃから、授業料をトコトン搾り取ってやらんとなぁ?」

「どうやら天使に乗せられて調子に乗った様子ですが、それも含めて再教育を施して逝鬼魔瘴火(いきましょうか)

「「「フフフフフフ……」」」


 お三方とも悪い顔してらっしゃいますよ? 僕まだココに居ていいんですか?


「ゴメンゴメン、もう帰っていいよ。あ、戻ったらここでの事、全部忘れてるから、何回かコッチに来たことも含めて全部ねぇー!」


 必要な事だったのか定かでないが盛大に卓袱台がひっくり返された。エルドワーフの魂を乗せたままグルングルンと視界が回転し、すぐに視界は真っ黒に染まった。



―_―_―_―_―

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神[カミ]・・・

挿絵(By みてみん)

・異界の神々と案内の土地神


物質や事象、感情或いは行動等を抽象的に擬人化したものが求められた力を持って自我を得たり、文明に寄らずにその地域で最も強力に成長した存在。

又は天使や悪魔と同様に異次元から現れ地上を観光旅行する高次元生命体。


前者の成り立ちは種々様々であるが実力で神格化したり、宗教的に信仰の対象となったものはそれに相応しいだけの超能力を得るという。

その為には数多の畏怖や尊敬の念を自らに向ける必要があるものの、一度叶えてしまえばよっぽどの事でも起きない限り放っておいても維持されるそうだ。

それだけ人々の欲は深く、祈りは手軽であるのだ。


後者は『道祖神』と呼ばれ、地上で遭遇する道祖神の多くは異世界に置ける多忙な日々を憂いて、慰安旅行と称して自らの分身を通じた追憶旅行を楽しんでいるに過ぎない。

その為、獣人(アニマル)の中でも霊視に長けた者でもなければ、ただの人と見分ける事は難しい。

それでもその強大な力に縋ろうとする者、利用しようと目論む者、そして溢れ出す御利益に肖ろうと画策する者は多く、神の機嫌次第で願いは聞き遂げられるだろう。



―出典[エスト大百科・異界の章]より

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