23. 寝落ち @+
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『ぼーんぼーんじーりじーり、ぼーんじっちきー♪
…む? 視線を感じるのじゃ! 人の昼餉に何奴じゃ!?』
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カー―ンッ!!
「はっ?!」ジュルッ
正午を告げる巻黄鳥の尾鐘が鳴る。ちょっといいお店には時間を報せる鳥時計が設置されているのだ。
そして正午という事は不退天の3人との待ち合わせ時刻でもある。
ヤバッ、こっちから依頼を出すと言っておいて遅刻するなんて失礼だ! 涎拭いて財布から代金出して早く店を出てっとその前に、ノートを忘れるところだった。ん? 木板に何か書いてある?
『お母さんをからかうなんて1000年早いわよ! 追伸・1年分のお小遣い、お財布に入れておいたから大事に使ってね』
慌てて気付かなかったけど確かに財布にしている巾着袋がずっしり重たい。1年分か・・・・!こんな事している場合じゃない、近くの店員さんに代金を…え? もう貰ったの? じゃあもう行くよ、あ、その銀貨2枚はチップってことにしてね~………
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大通りから近くの店という事はその近くには冒険者ギルドもある訳で、慌てた割に速攻で間に合った。と言うか入ったと同時にギルドの巻黄鳥が鳴いた。
既に3人は待っていて準備万端だ。
「おぅ! 時間ピッタリだな!」
「すいません、今来た所なので依頼もまだ出してません。直ぐ出しますね!」
「え~」
駆け足で乗り込んでそのまま受け付けへ。受付前にはでっかい字で『《 冒 険 者 》受付』とそれなりの字で『一般受付』の立て札があるので分かり易い。読めなくてもよく見れば冒険者風だらけの受付と商人風だらけの受付でハッキリわかんだね。
俺は冒険者ではないので一般受付へ行く。しかし受付の前は人だかりが出来て騒々しい。何やら依頼がどーの順番がこーのとか、十数人の商人風の男達が受付嬢に詰め寄っているらしい。
急いでいるけど一応順番は守ってその人だかりのすぐ後ろへ並んだ。チッ
「あっ」
「?」
列へ並んですぐ、目の前に居た商人風の男がこちらに気付くと間抜けな声を出してそそくさと列を譲ってくれた。ご丁寧に肘でつついたりしてさらに前の人に知らせると、一人、また一人と人垣がまばらになり、ついたてを挟んだ両隣のカウンターの商人までもが場所を譲ってくれて待たされることなく順番が回って来た。
ギルドの受付には毎日様々な人種が訪れる。人の出入りが激しいために、よりスムーズに事が運ぶよう受け付けを利用する側は立ったままでも相談することが出来る仕様になっている。しかし中にはドワーフのような背の低い人種もいる為に木製の脚立が設けられている。これによって背の低い俺でもカウンターから身を乗り出せる。
受付嬢はまた知らない人で青い髪をおかっぱ目隠れにしてミステリアスな雰囲気だ。
「冒険者ギルドへようこそ、依頼の発注はまずこちらの用紙へ記入しますが青銅貨5枚で代筆が利用できますよ」
「急いでるんで自分で書きます」
ペンを受け取りインクにペン先を浸す。ペンは何かの動物の太い針か何かで、ほんの少しインクに触れただけで革紐を巻いた柄の根元まで吸い上げていく。
依頼書の内容はある程度バウロと相談して昨晩の内に決めていたのでささっと書いた。
「あ、もう書き上がったのですね。ではチェックしますので預かります。………この内容だと黒等級が妥当ですね。銀貨20枚になります。あちらの依頼掲示板に貼る事も出来ますが、待ち合わせの記載は省略した上にお急ぎなら依頼書をご自身で冒険者に渡すことも出来ますよ?」
「待たせてるんで渡します」チャリリンッ
依頼も冒険者と同じく色別の等級別けがなされており、依頼する際の手数料や冒険者がその依頼を受けるかの指針になるのだ。そして依頼は掲示をしなくても依頼書を持って直接冒険者に依頼を頼む事も出来、依頼側は冒険者カードの色を見て交渉の目安にするのだ。但し、どこのギルドでもそういった直接交渉が許されている訳ではなく、中央から離れた地方や辺境の町で双方自己責任の上で認められるという危うい手段なのだ。
依頼には下から順番に、誰でも何時でも何度でも受けられる常務依頼、誰でもいいけど期間限定の通常依頼、気を付けないと命の危険がある普通依頼、高度な技能や実績を要する非常依頼、緊急を要し失敗の許されない異常依頼の色依頼とそれ以上の金属級依頼があって、そこまでになると街や国、他所の大陸からの偉い人などが出す依頼なので個人には関係ないが、依頼料金表を見るに反比例的曲線で跳ね上がっていくようだ。
「はい、確かに頂きました。控えを作りますね」
パカッ、 …ジュッ!
カウンターの下で何かしてから依頼書を返却された。依頼書には初め、依頼者の名前や依頼内容などを書き易くする書式でまとめられていただけなのが、返却された依頼書の淵の部分に沿って意匠が焼き付けられていた。
「ではその紙を冒険者にお渡しし、隣の冒険者用受付で手続きがなされれば契約は成立です。ご利用ありがとうございました!」
ほっ、何とか手続きを終えて良かった。あとはこの紙を“不退天”に渡すだけだ。あ、手帳にもメモしとかないと。
「お待たせ、はいコレ、お願いします」
「おうよ、任された! ……フムフム、俺達としては十分過ぎるくらいの好条件だが良いのか? 一応サービスするっつーのは冗談じゃなかったんだが」
「昨日オヤジとちゃんと話し合って決めたこと、何なら歩合給を追加してもイイよ?」
「はっはっはっ! 太っ腹だねぇ!? じゃ、心変わりされちまわない内に、ちょっくら登録してくるわ」
ほっ、赤白級冒険者がどの程度の実力かはいまいちピンと来なかったけれど、ついたてに貼ってあった階級表を見ると結構スゴイらしいので納得してくれて何よりだ。
幸いなことにもし積み荷の売れ行きが芳しく無くても大蛇皮が1枚当り金1千枚で買い取りしてくれる約束をしているので、依頼報酬も強気に金貨20+αな設定だ。
「それじゃあこれから暫くの間ヨロシク」
「ヨロシク~」
「よろしく、それじゃあ私達は先に船へ行きましょ。どうせ手続きはすぐに終わるだろうしさ」
「わかりました、ジオグリフさ~ん、僕らの乗る船は2番ドックに在りますんで~」
ジオグリフが片手を挙げて応えたのを確認して3人はギルドを後にした。
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「ほ~ぅ、お主らがエルドの雇った冒険者か? ンンン、王都くんだりくらい、ワシら二人だけでも良かったんじゃがなぁ~」
船に着いて早々、こんなことを言い出すのは我が親父、バウロ。前世でも滅多に乗る機会の無い帆船、しかもブリッグ船に乗れて感動に打ち震えた心もあっという間に消沈してしまう。
「倅が連れて来たんじゃ、その顔に泥塗るような真似さえしなけりゃ文句は言わん。で? リーダーはどいつじゃ?」
「ジオグリフならもうすぐ来ますよ」
「ンあ? 頭の癖におらんのか? ったく、最近の若者はこれだから…」
エドラとドドラは顔を見合わせて目を丸くしているがバウロは剣呑な態度をやめない。あからさま過ぎて何か思惑があるのは判るけど、オレこういう空気嫌いなんだよね。
「赤白だかピンクだか知らんが女子ともやし? そんなのでよくもまぁバンバーまで来れたもんじゃな」
「・・・・・・」
「オイアル中、誰の所為で 荷物の 護衛を雇ったと思ってるの? この人達はオヤジから荷物を守るために雇ったんだからね」
「ちゅーことは、コイツらがワシより強いと判断して依頼したんか? 掲示板に貼らんと直渡しで、と言っちょったからエルドワーフがそう判断したんじゃな?」
「僕を併せた4人掛かりなら、大丈夫」
俺とジオグリフで動きを止めて、エドラが膝を打ち抜いて、最後にドドラが麻酔で仕留める。それくらいやればなんとかなると想定して依頼したのだ、覚悟は出来てる。
「ン~」
唸りながらエドラとドドラをじっくり観察する。が、すぐにフイっとそっぽを向いて溜息一つ。
「フン、まぁ、エルドは気ぃ付けんと帽子をオシャカにされちまうし厄介じゃ。そっちの小娘は大単銃をぶっ放せるんなら及第点でもええかもな、良くて打撲、だが動きは止められるだろう。だが、そっちのもやしは医者か? ドワーフにゃぁ酒以外の薬物は効果が薄いのは知っとるだろう? 毒にも強いし物理攻撃にも強い。ここに居ないリーダーと合わせて本当にワシを止められるかの~?」
「ああ、やっぱりそういう心配をしてたんですか? ハハハ」
ここで一歩踏み込んできたのは意外やドドラだ。
「依頼主のお坊ちゃんのお陰でこちらは色々と幸運に恵まれた縁で…、その父親から積み荷を守れって妙な依頼も受けましたが…。まぁエルドくんは4人掛かりで、なんて言ってますけども、道中ずっと町や村でも一人を監視し続けるのは非効率ですし、お互いにしんどいでしょう」
「何が言いたい?」
「簡単な事です。お酒が切れないように管理すれば良いのです。一日に水筒一杯分だけ飲酒は可、それ以上は自腹かお坊ちゃんから許可を貰って、貯蔵樽は積み荷と一緒に護衛しましょう。今の内にお坊ちゃんと相談して酒類を決めておくと良いですよ」
「ほぉ!」
オヤジから積み荷を守る事ばっかり考えて護衛を雇ったけど、その手が有ったか~!
そんなちょっと考えたら思い付きそうなことに気付かず、暴力で解決しようとした自分にショックから崩れるorz
「あ~、まぁ行商人が積み荷を守るのに冒険者を雇うのは常識だから、何も間違ったことはしてないわ! それに2人だけの旅よりも人数が揃った方が色々とやり易いと思うわよ?」
エドラからあたたかいフォローを頂いたがもうこれはしょうがない事、気を取り直して先手を打とう。
「はぁ~、オヤジ、酒樽は一つ、僕の曳く荷車を圧迫しない大きさにしてね。今後はそこに継ぎ足していくから、無難なエールの樽でも買えば?」
「ンお? 良いのか?」
「飽くまでも、その! 腰のッ水筒満タン分づつしか飲んじゃ駄目、だッ! かッ! らッ!! ネッ!!?」
「ンひゃっほほ~い!」
「……んじゃ、コレ以内で」ジャリッ
「ン…ナ!? これじゃぁ樽でも安酒しか買えんじゃろがい」
「贅沢抜かすな! 銀貨袋持たせるだけありがたいと思え!!」
「……ンム…」
一応財布から小分けした袋を渡したので無駄遣いは抑えられると思っている。
しかし酒でこんなに苦労するとは思わなかった。いや町に来た時から結構苦労してるなとは思ってるけど、こんないつまでも芋を曳く程だとは…また違う嫌な事思い出した…。
「も帰りたい…」
「それは駄目よ、ここから王都まで街道を通っても2週間はかかるのよ。厳しい事言うけど私達も生活が懸かってるからね、それでじゃあ辞めますじゃ済まないわよ?」
「あ、ハイ」スンマセン
泣き言を言っていてもしようが無いのでこの町でお世話になった、あの酒場に挨拶とお弁当を買いに行く事にした。もう白スープでも飲まないとやってられないもん。
「と言う訳でマスター、コレ全部に白スープ満タンとキツイの一杯!」
「何がと言う訳でだ、ガキに出す酒なんざねぇーっての! 水筒5つにスープ満タンで銀2枚にしとくぜ」
「えぇ? またそんな値下げしてイイの?」
予備と預かった水筒は何れも旅用に大きめの容量なのでスープ一皿よりも多く入り、ただでさえ一皿銅5枚x5で銀2枚以上はするのに何でこんなサービスばっかりするんだろう?
「ハハァ、ギルドで大暴れしたって聞いたが、意外と計算も出来るじゃねぇか。いいんだよ、この間の事、ウチの看板娘が気にしてたし、もしまた店に来たらサービスしてくれと言われてたんだ。ともかくガキが細けぇ事を気にすんな!」
口では棘付いた発言するけども、結局この人子供が好きなんだな。水筒に漏斗を差し込んでスープを注ぐ顔が優しい表情してるもの。
「じゃあ、お弁当5人前追加で」
「丁度昼時だからな、すぐ食える奴用意するぜ。と、てことは昼の船便に乗って町を出るのか」
「(コクリ)なんだかんだでここにはお世話になってますし、最後にここのをお弁当に是非と思って来たんです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、弁当は具の代金だけでいいや、銀6枚な」
本当に経営とか大丈夫なのか逆に心配になってしまうが、善意はありがたく受け取ってついでにバンバーミルクをご馳走になった。
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カッ、キンッ、カァーン!……
船に戻るとオヤジも不退天の3人も揃って待っていた。タイミングよく船の出港を報せる巻黄鳥が鳴き、いよいよ町を出るのだ!
船に乗るのは初めてではないけど、帆船に乗るのは別でワクワクする気持ちが心地いい。
「はい、お弁当」
「ありがとう。あ! スープまだあったかぁ~い」
「水用と汁用で嵩張りますねぇ…」
「ならオレの水とオメーの分と交換してもいいぜ?」
「お断りします」
お弁当として渡されたのは、長くて堅いパンを刳り貫き中に肉汁たっぷりの何かの肉とスライス玉ねぎ、そして刳り貫いた中身を粗く砕いてぎゅうぎゅうに詰合せた、その名も『篭手詰め』という郷土料理だ。ズッシリしていて運ぶ際、中身がこぼれないか心配だったけど、意外と大丈夫だ。専用のバカデカい葉っぱに包んで渡されたが、予め自前の風呂敷を持って行って正解だった。
バウロも3人もスープにパンと交互にパクつくのを見て、自分もさあ食べようとした所で声を掛けられた。
「お食事のところどうも失礼そして初めまして、私はこの定期船ペントマイム号の船長・デキストリンと云います。短い間ですがよろしく」
ファンタジー世界の船長というと海賊とか荒くれっぽいイメージを持っていたけど、北国で肌寒いのか少し厚手のジャケットを身に着けた、それ程日焼けしておらず、かといって軟弱でもなく、そこそこ白髪の混じった壮年の男性が現れた。
「挨拶はこのくらいにして、昨日の内に伯爵様から話は伺っておりますんで、乗船券を」
数時間前にセントさんから貰った半券を渡した。それをもう一枚の紙と並べ比べるとうんうん頷いて上着の胸ポケットから青いカードを差し出してきた。
「あのコレ、伯爵様とは関係ないのですがお近づきの印に」
中々しっかりした装丁のカードだが、渡すだけ渡してデキストリン船長はさっさと歩き去ってしまった。
「ンげふっ、なんで親であるワシでなく、エルドワーフに渡すんじゃ?」
「さぁ? あ、そうだ忘れる前に、アレは?」
「ン? アァ、ほい」
アレとは酒樽予算のことである。どうやらキッチリ満額使い切ったようで、小銭の触れ合う音は愚か布切れの重みしか残っていなかった。
「ちゃんと一樽だけだよね?」
「ンッたりめぇーよ! 中身より大きさを重視したから、ほとんどすっからかんだが後で足せばそれだけ心配も減らぁな」
樽が大きくても1日に飲める量は決めているのに、もったいないけどちゃんぽんにでもするんだろう。
しかしバウロの荷車は大蛇皮専用なので必然俺が曳く荷車に載せることになるのだが、バウロの剣数百本と食糧数週間分が既に載せられているので、スペースがどれだけ残っているのか確認しないといけない。でもそれは今は後回しだ。
「出港~!!!」
コォーン! コォーン! コォーン!
鉦の音頭に合わせて水夫が縄を巧みに操り、デキストリン船長が舵を持つ。ゆっくりと桟橋を離れ、霧が立ち込め見通しの利かない湖を正面から突っ切って行く。
船が出航する時はちょっとしたパレードになるイメージがあったけど、流石に田舎の定期船でそんな華やかな催しは一々行われない。
甲板の縁にもたれ掛って湖畔を眺めながら齧り付く惣菜パンは、一味違う趣を感じて大満足だ。
粗砕きのパンが肉汁を吸い程よく柔らかく、吸いきれなかった肉汁は固い表面が器になって一滴の漏れも許さない。噛み砕けば鋭いパンが口内をズタズタにせんと踊るのを器用に肉で巻いてやると謎肉にパンの噛み応えが合わさり、ほんのり辛い玉ねぎも手伝ってより一層美味く食べられる。
「落っことすなよぉ? そろそろアイツがやって来るから、何かに掴まった方がイイぞぉ」
「?」モグモグ
通りがかりの水夫に言われ、何のことかと聞き返す前にソイツは現れた。
ンッギョアアァァー!!!
ドッボォーン!
町から離れて数分、後方ではいまだ港の活気が聞こえる中で現れたのはいつぞやの亜竜、名を確か“ペンタゴン”とか言ったっけ?
激しい水飛沫を上げながら左舷前方から突進してくる姿は、昔見たジョ○ズが可愛いく見える程に迫力満点だ。
「皆掴まれ~い! ペンタゴンの抱擁だ~!」
「「「オィーッス!!!」」」
間延びするデキストリン船長の号令に答える水夫たちは、慌てることなく予想される衝撃に備える。バウロと他3人もさっさと昼飯を食べ終えて、手近の柵やロープなりに掴まっている。一方エルドワーフはと言うと、恵方巻の如く謎肉惣菜パンに齧り付いたまま微動だにしない。
そうこうしている内に亜竜が船に到達し、鋼鉄の船底に直撃した。
「んぐぅええええ!!?」
ンッギョアアアァァン!!!
甲板上をゴロゴロ転がり、喉にパンが突き刺さらないよう懸命に姿勢制御をして第一波を凌いだ。だが無情にも第2、第3波と連続で衝撃が襲い掛かる。
ンッギョウウゥゥゥン!!! ギャリギャリギャリ!!
ンッギョアアアァァンン!! ギョギャギャギャギャ!
ンッギュウウウゥゥン!!! ギュギャギャギャン!!
ギュギャギュゥゥゥン!!!!! ギュゥゥギャァアアン!!!
大きな揺れは最初だけで船には強い衝撃が伝わって来るものの揺れは然程でもなく、やがて衝撃に慣れてあちこち転げまわる無様を晒すことはなくなった。
「おぅ坊主ぅ、今は飯食うのはやめときなぁ? 舌噛むぜぇ」
水夫達はこの状況に慣れっこなのか、何とも無い様子で自分の持ち場を切り盛りしている。今心配して声をかけてくれた水夫も含めて何人かはヘラヘラ笑いながらぶつかり続ける亜竜を見下ろしているのが見える。
「今日のペンタゴンはまた一段と元気がイイですねぇ~。何があったんでしょう?」
「この間の拡張区での事件で腹いっぱいになってるんだと思う。竜は総じて大喰いだが、次の空腹までのスパンは長いから元気なんだろう」
「ハァ…、今回の修理費は高くつきそうですね。いっそ討伐でもしてくれればいいのに」
「無茶言うな。水上で水棲怪獣を相手に戦うことがどれだけ危険か言わずともわかるだろう。船上・水面・水中、どこで戦うにしろ陸で生きる我々の方が圧倒的に不利だ。そうでなくてもアレを観光資源に利用する商魂逞しい御上の意向には沿わないとな」
「全く! 誰が野良怪獣の求愛行動を人寄せに利用しようと考えたんだか!?」
「そりゃバンバー開墾当時の御代官様よ。血と肉と物好きなな」
「どうしてかコレが上手く行っていて今も続いてる訳ですが、そうでなきゃ伯爵様直々に御狩り遊ばれていたでしょうに」
「つまり領主様も受け入れている訳だから、下々も受け入れるしかないのさ」
「せめてもう少し補助金が増えればなぁ…」
船の後方、デキストリン船長とその部下の会話が聞こえた。成程、雌雄は知らないがあの亜竜はこの船に対して熱烈な求愛をしているのか。可哀想に、あの様子じゃ今後暫くは独身のままだろう。別の生きた相手が見つからない限り。
まあそれはそれとしてだ、俺はまだ昼飯を食べている。しかも半分も食べていない。ご飯を食べる時は静かに豊かで満たされた気分でないとダメとは言わないが、それでも限度がある。車中で飲み物飲みにくい方な俺はこの振動で水筒から大好きなスープをおちおち飲むことも出来ない。
「よたよた歩きながら頬張ってたら危ねぇぞォ。せめて座るか掴まるかどっちかしなよォ」
「んが! んが! んが!」
「はぁ?」
「ンググ…ゲフゥー。あーアレっていつまで続くの?」
「ん? んーと、町の境界線を越えるまでは付いて来るなぁ。あ、うるさいからって黙らせるとか無理だしやめときなぁ。前にちょっかい掛けた奴は、突っつかれて魚の餌になったからなぁ」
「ふーん、じゃあ保護されてるとかそういうのじゃないんだね?」
「んーオレ新入りだからそぉ言ぅのは船長とかに聞いてみないとわかんないなぁ」
「そうですか」
エリーから国の法律とか憲法は一応教わったけれど、地域の条例的なことは数も多く、未熟で矛盾も少なくないとかで面倒がって教わっていない。必要に迫られれば知っている人や図書館ででも調べなさい、というスタンスだ。
「おや、君は…、青切符について聞きに来たのかい?」
「いいえ、あのアレどうにか静かに出来ないですか?」
「え? ああ、ペンタゴンね。無理。上から突っついたら突き返されるし、下手な怪獣よりよっぽど危険だけど、この船に関しては船上に居る限り安全は保障するから我慢してね」
「追い返そうとしたことがあるの?」
「危ないときは反撃することもありますね。まぁ出来るかどうかは別にして、死ななきゃ何しても勇者として称えられることでしょう」
「……止めないの?」
「度胸試しも客寄せ事業の一環。大人しくすることが出来れば『年間乗船費無料券』が贈呈されます」
「このカードのこと?」スッ
「いえ、それは『積載上限・乗船優待券』で別名『青切符』と呼ばれる、より上等な物です。いずれにしましてもここバンバー湖域の船舶組合でしか使えませんが、無料券の期限が1年に対し、青切符は無期限・無制限で利用出来ます」
「なんでそんな良いものくれたの」
「ん~、先行投資?」
「何で疑問形? まあいいや、ありがとうございます」
「ご武運を」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤッ! 黙って聞いてましたけど正気ですか船長!? 君も! 早まるな!」
心配はご尤もだが俺には譲れない戦いが待っている。
客寄せペンタの抱き着く船の側面へ移動する道すがら食べかけの『篭手詰め』をバウロに預けた。
「ン? くれるのか?」
「預かってて!」
自由になった両手をクロスして反対の意思を伝える。どういう思考回路でくれると思ったんだ?
「おい? 何するつもりだ?」
「あら? 顔色悪いわよ、酔った?」
酔ったも何も、この振動で船酔いしないのがおかしい。帆船なのに車酔いしているようで、実は今にももどしてしまいそうで…、折角美味しいもの食べているのにそんなもったいないことになったら悔やんでも悔やみきれないかも。だから俺は戦いを挑むのだ。そして優雅な食事を楽しむのだ。五月蠅い死ね。
「だったら僕の酔い止め使ってください。鼻から吸引するゼリーですが…」
突然鼻から黄緑色に濁った何かを垂れ流しながらドドラが眼前に躍り出た!
それを見たエルドワーフは喉の奥で堰き止めていたモノをすべて放出した。
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「気分の悪い時にあんな気色の悪い顔で近寄られたら、誰だって吐くわよ! バカ!」
「ありゃ出方が悪い、剽軽幽霊式の登場は子供泣かせだし、生屍人の方がまだ小綺麗だな」
「色が悪い、立ち位置が悪い、服用後の形が悪いわい」
「しかし効果の程は保証しますよ」
「そういう問題じゃねーわよ」
ンギャァアアアオ!!!
「おい坊主! 掃除は済ませたか?」
「口ゆすいだか?」
「昼寝はもういいのか?」
「バンバー名物『亜竜の側位』を満喫してっか?」
「そりゃ刺激が強過ぎんじゃねぇかぁ~?」
ギャハハハハハハ!
ゴキ… パキペキ… ググ…
もう美味しいご飯とか優雅な食事とか静かで豊かな満足とか関係ねぇや。
ムカつくから悔血呑召修、でないと腹の虫が収まらない。この町に着いてからの全てに関して積み上げた厄を湖の底に叩き落としてやる。
「ハァ~…」
ゴンッ! バィン!
「おっとっと」
甲板から横帆の端へ、やっぱり甲板より衝撃の影響は大きいな。
船上から湖上へ突き出たこの部分から下へ目を遣ると、何が楽しいのか自分の何倍もの大きさの鋼板に身体を擦り付ける哀れな亜竜が見て取れる。実際の所雄か雌か判らないが、自然界では雌の方が身体が発達しているのはどこの世界でも一緒らしいのでアレはオスだと思う。
こうやって眺めていると何であの時こんな奴に腰を抜かしてビビっていたのかわからない。なんだろうな、そこまで長生きしていないから偉そうなこと言えないけど、歳食って旬を終えても若いのに負けない体力アピールで必死こいてるけど見向きもされない、人間だったら金とか権力とか解り易い魅力で補えるし野生ならそれこそ戦闘力とか生存力だろうけど、はなから相手が間違ってるしよく見りゃわかるだろうよ。恋は盲目ってか?
ビュゥゥゥ・・・
「・・・・臭…」
風は追い風、地理的に家の更に向こうの北の山々から吹き降ろす風がバンバーを越えて湖へ到達するそう。つまりバンバー内外両方の牧場の空気を孕んでいるので、これはこれでまた……ウッ?!
駄目だ、余計な事を考えるなッ!
魔導原動機限界一杯、下半身によく巡らせて腕は添えるだけ。
ンッギュウゥ…ンギャ?
亜竜が気付いたか。だが動きの止まった今が好機!
グ…
ギロッ
ドキッ
目が合った。前は気付かなかったけど、改めてみるとインコやカラスみたいな目をしてるんだな。
お互いに見つめ合って瞬きもしない内に亜竜の緊張が解けた。「なんだお前か」みたいな、脅威とも思っていない感じ?
ブチーン
「舐めんなよ」
足場の丸太を両手で掴む、両手両足で保持する手中の足場諸共魔力が纏わり強くなる。普通の木材なら握り潰してしまう腕力なのに、丁度良い反発力が返って来ている。
盤石。これならば思い切り踏み出せる!
ドッ!!
ゴォッキイ!!!!!
ドサッ
ペンタゴンの頭蓋を踏み抜いた衝撃で上手い具合に甲板に落ちた。魔力の操作をミスったのか蹴った方の脚が、膝から明後日の方角に曲っている。不思議と痛くは無い。
歓声が沸き起こった。思い知ったかこの野郎共め!
『お腹空いた、パン返して』
バウロが渋い顔している。まさか?! 食ったのか? と疑念を抱いたのも束の間、渡す前と変わらない齧りかけの『篭手詰め』が差し出された。ちゃんとあるじゃん、もったいぶっちゃって、もう。
一口、齧って、食らいついたまま、咀嚼! ………
『・・・美~味ひ~いぃ』
そしてそのまま口が離れないまま勝利の食事に酔いしれて、どっと溢れる疲労に押し流されるままに、スヤスヤ眠ってしまったんだとさ。
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毎年王都で行われる豊穣祭りの人気種目『秋のパン職人祭り』
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硬く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
堅く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
民の胃に力与え、活を生み、気を養い、明日を作る
兵の胃に力与え、活を生み、気を養い、明日を守る
王の胃に力与え、活を生み、気を養い、明日を創る
硬く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
堅く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
民の鍬に代りて畑を穿ち、獣を払いて、明日を作る
兵の鎧に代りて剣を弾き、敵を払いて、明日を守る
王の杯に代りて毒を退け、死を払いて、明日を創る
硬く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
堅く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
Ah
硬く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
堅く焼締めたパンのなんと頼もしきことか
―出典[プトロ王国民謡『誉れ高きパン』]より
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