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チャリンコ・チャリオット  作者: 怠慢兎
第1章 ーワンパク ワンダー ワールドー
20/54

18. 同じ穴の狢 @+

 次の日。良い酒だからかそれとも体質か、酔いを持ち越すことのない気持ちの良い朝を迎えた。

 代わりに若干寝不足の気は否めないが、今日の予定を思えば些細な事だ。


 今日は朝から詰所に顔を出してお勤めを果たした確認をしたら、この忌々しい足の鉄環を外す。その足で領主の館に赴けばそこで荷車と積み荷が返却されてついでに朝食も食べさせてもらえるそうだ。


「やる事やってキレイな(ナリ)で出向くんだ。友としてそれくらいのもてなしは当然じゃろう」


 友達ならいっそ無罪放免にして欲しかったが立場上示しが付かなくなるからしょうがないか。


 ただ働きで放り出されるのも癪に障るから、腹いっぱい食って元をいくらか取り返してやるぜ。


__________



 グリグリグリ……カランッ


「ハイ、終わりました。酒場で暴れるのは良いですが、度を越えればまた捕まえますよ。それと、いくらドルモア様の知己とは言え、探知用鉄環を千切るなんて馬鹿な事二度としないでください」

「内部魔方陣までは壊しとらんし、ちゃんと修理もしたじゃろがい」

「・・・ドルモア様の命を受けてなかったら器物損壊罪で捕まえたのに」


 分厚い眼鏡をかけた丸坊主の事務の人が知らぬ間に罪を重ねていたことを教えてくるがそんな事より今は足の枷が無くなったのが嬉しい。

 昨日は仕事の邪魔になるからと勝手に外していたが、正式に外す許可が降りたことは心身共に解放された気分で晴れ晴れとしている。正直な所、悪い事をした罪の意識で少なからず胸は痛むし、魔力を奪われて普段より滅茶苦茶疲れるしで精神が参りそうだったからね。いやぁ取れて良かった良かった。


「人的被害が当事者以外に皆無な事と初犯である事と伯爵様の御慈悲で今回は軽犯罪として処理されますが、本来あれだけ派手に暴れたなら罰則後に今ここで警戒紋を身体に刻むんですがねぇ…」

「小言はええからはよ引換証よこせ」


 朝から詰所に赴いたのは何も足の輪っかを外すためだけではない。没収された荷車や積み荷が返却されるには罰則や罰金を支払った証明書と返還書が必要なのだ。罰則証明書は制裁を受け罪を滅ぼした証、これが無いとまず町から出させてもらえない。一方返還書は押収物の目録と倉庫の符号が書かれ、返却出来ない物があればその理由も記載してそれ以外の押収品は返還するという書類、これら2つが揃って漸く荷物が返却されるのだ。


「ハイ、こっちが罰書でこっちが返書。書類のこの枠の中からはみ出さないように親指を押し付けて沸かしてください。」

「応さ。…白紙か、よしよし」


 白紙とは返還書に返還不可の記載が無い事である。つまり良い事だ。

 それはともかく沸かすとは何を沸かすのだろう? 前にもそんなことを耳にした気がするがいつ、どこでの事かよく思い出せない。

 バウロは書類を受け取ると言われた通りに四角い枠の中に指を押し当て魔力を込めた。指を離すとそこにはくっきりと親指の指紋が捺印されている。

 眼鏡坊主が書類を一旦回収すると引き出しからデカくて丸い判子を取り出して朱肉をポンポン叩いて構えた。


「ソイャ!」


 バンッ! と派手な音を立てて捺印を中心に魔方陣が完成した。この魔法の儀式をもう一方の書類でもう一度繰り返して書類は完成だ。


「ハァ、初っ端から輪っか付きの対応をするとは…。願わくばもう二度とここには来ないでください。次の人ー!」


 書類を受け取ったらとっとと立ち去るのが役所の礼儀(マナー)だ。ここ治安維持課には今日も血と汗と酒に塗れた青タン野郎共が列を成している。朝一番にここへ来たのは正解だった。


__________



「ねぇねぇ、沸かすって何のこと?」


 必要書類を貰って詰所を出た後、伯爵の邸宅へ向かう道すがらに気になったことを聞いてみた。


「あん? 沸かす? ああ、あれか。沸かすッちゅーのはな、ワシらで言う所の気合いを『入れる』、或いは魔力を『練る』ってのと同じじゃよ」

「? 同じなら何で違う言い方になるの?」

「……エルドや、お前さんは魔法を習得した時の事は覚えておるか?」

「ん~ん、何となく何をされたかわかっているけど覚えてはいないよ(棒」

「…まあ、トラウマもんだからそれ程ハッキリ思い出さんでもええぞ。とにかく魔法を覚えるのにわざわざエルドワーフと同じ方法で習得しようとする奴はまず居らん、死にたくないからの」


 当然だな。誰だってそー思う、俺もそー思う。あんな血生臭いのはもう御免だ。………御免なんだけどなぁ…。


「普通は生きてりゃ勝手に何かしらの魔道具に触れたりさもなきゃ義務教育の一環で学校で習う。魔法に触れて魔力(マナ)を感じられりゃ、後はどうやって魔法を引き出すかだ。この魔力を引き出す行為を俗に『湧く』とか『沸かす』とか言うんじゃよ。わかったか?」

「うん」


 つまり学校で習うのが技マ○ン『魔力が湧く』、エリーが教えたのが秘伝マ○ン『魔力を練る』ということなのか。詳しい事はエリーに聞いたらわかる筈だけど家に帰るまでは会えないから、この答えは暫くの間お預けかな。バウロに聞くのもアリかもしれないけど、昔を思い出したのか何だか気分的に話したく無さそうだ。


「ワシも昔は湧く方の魔法を使っていてな、結婚してエリーの一族の秘伝を授かってから気功を教わり魔力を練られるようになったんじゃ。知っての通りエリーはアレ(・・)じゃろ? 合理的というか実用一辺倒というか…。」


 それから二人してお母さん(エリー)の愚痴大会で盛り上がって気が付くと伯爵邸正門に到着した。

 邸宅は三階建ての八の字をした形をしていて、一番狭い部分の1階と3階が繋がり1階は玄関、3階はテラス兼渡り廊下になっているように見える。邸宅の周囲は生垣と芝生が生い茂り、玄関から正門までの丁度中間には噴水が設置されている。敷地の周囲をぐるりと囲む鉄柵と塀はよじ登れない工夫が凝らされて、よく見ると柵の上部は飾りでない本物の刃が付いている。

 正門まで来ると短槍で武装した二人の門番がこちらに気付いて姿勢を正した。


「おう! 約束通り朝飯を貰いに来たゾ! ドルモアは居るかい?」

「お待ちしておりました。主人でしたら現在…」

「待っていたぞ! 友よ!!」

「「「!!!??」」」


 突然の声に驚いてバウロと門番が一瞬で身構えた。が、声の聞こえた門の正面(・・)にはなんとドルモア伯爵本人が立っていた。


「お…脅かすんじゃないワ!? お前程の気配が突然現れたら心臓に悪いわ!!!」

「伯爵様、お戯れが過ぎますよ!?」

「はっはっは、窓から二人の姿が見えたからな。ちょっとからかってやろうと思ってな」

「………ドルモア、お主何か悪い物でも食ったか? 悩みがあるなら聞くぞ?」

「心配してくれるのか? バウロが? クックック…いや失礼。大丈夫、恐らくそのことについてはすぐにわかるだろう。立ち話もなんだ、中へ案内しよう」


 伯爵本人による出迎えは驚きを伴って上手くいったと言える。ただでさえ瞬間移動でもしたかのような現れ方に度肝を抜かれた上、こんな事するような人物には思えなかったからだ。

 それから玄関に到着すると中では伯爵とそう年が離れていなさそうな執事と若い赤毛のメイドが出迎えてくれた。


「! 旦那様、いつから外に? ともかくようこそおいで下さいました。バウロ様、エルドワーフ様」

「客人の案内は頼んだぞ、セント。私は用事があって朝食には参加できない」

「あッ旦那様?!」


 ムムム、様付けで名前を呼ばれるのがこうもむず痒いとは思わなかった。そして挨拶もそこそこに伯爵は忽然と消えてしまった。


「んな?! そんなにワシらと飯を食うのが嫌だったんかアイツ…?!」

「御気を悪くして申し訳ございません。何分、私共にも知らぬことが多々ありますが、決してバウロ様を嫌っての行動ではないと申し上げさせていただきます」

「あの…今日の料理は絶対にお気に召すかと思いますので、せめてお食事だけでも」


 主人の無礼を執事とメイドが必死になってフォローしている。ここは助け船を出しておこう。


「そんな事よりお腹空いた。まだー?」

「只今ご案内します」


 こういう時気の利いたコメントの一つでも言えれば良いのだろうけど、言葉をたくさん知っていることとそういうのは別問題だと思う。だから俺は事実に則って要求したに過ぎない。だから微笑みと共に小声で感謝の言葉を述べられてもうれしくないんだからね!


__________



 朝食の会場は普段使いの食堂ではなく、3階の渡り廊下に見えて実は大広間になっている空間だった。

 正面からでは判り難いが中から見た限りこの建物は俯瞰で見るときっと『Å』の形に見えるだろう。そしてなぜか1階で別れた筈のドルモア伯爵が席に着いていた。これには全員目を丸くせざるを得なかったが、当の本人は若干遠い目をしているのは何故だろうか。


「なんじゃい、さっきいきなり居なくなったと思ったらどっから湧いて出た?! 相変わらず神出鬼没じゃのー」

「ハハハ、思ったよりすんなりと見つかったからこっちに来たまでの事さ」

「何じゃ? 失くし物でもあったんか? あんな顔色悪かったし、でも見つかって良かったのぅ! ンアッハッハッ!」

(見つかったというより見つけられた、かな)ボソッ


 ? 今、普通じゃ聞こえない声で変な事呟いたけど、どういう意味だ? 見つけられた? 乾いた笑いも少し憔悴した様子も注意して見ないと悟られない程度なのが余計に心配になる。


 耳を澄ませてもそれっきり小声では何も話さなかった。もたついてるのも失礼だし取り敢えずメイドに促されるまま円卓に着席した。


「メイドが絶対に美味いとか言っておったが、これ以上ガッカリさせたら幾ら貴様でもワシャ怒るぞ。」

「スマン、だが料理に関してはガッカリすることは無いだろう。むしろ、驚愕してしまうかもな」

「ハッ! なんぞ腕の良い料理人でも雇ったのか? ワシらの舌はエリーのお陰でよう肥えとるぞ」


 そして料理が続々と運ばれて来た。

 料理はフルコース形式でどの料理もまるで好みを完璧に把握しているかのような素晴らしい味付けが施され、俺だけ飲み物がジュースなのと量が決まっているから朝の決意が果せない事以外は大変満足のいく朝食だった。そして残す料理はデザートになった頃、不意にバウロが呟いた。


「ン~、エリーの料理みたいじゃのぅ…」

「まさか~・・・・!」クンクンッ


 その時鼻をくすぐる甘い香りが卓を包んだ。これは…ケーキの様な焼き菓子みたいだ。でも良く知った特徴のある人参(マンドラゴラ)の匂いはまさか…

 固唾を飲んで給仕達が出入りしていた大扉を見守る。見えずともそれが逆にあの時のプレッシャーを想起させる。あの日、超大蛇を仕留めた夜の森の中、鉄板に大蛇の骸を載せて駆け抜けた暗い木々の中で見える父が曳く鉄板と戦利品の巨大な後ろ姿、そして自身も曳く積載物に隠れて迫る絶大な強者の威圧感………

 そして観音開きの大扉が豪快に弾き開かれた!


「そのまさかよ!」


 給仕服に身を包んだエリーが現れた! 両手で抱えたプレートには4人分の皿が乗せ、甘い香りをプンプン放つオレンジ色のケーキが載っている。


「何なッ!? エ、え、ェ、エリーッ!!? 何でこんな所に居るんじゃ!」

「それはこっちのセリフよ! 一番近い町から出発しているわけでなく、どうして街に行く前に一番大事な荷物が一つ減っていて、それどころか可愛いエルドちゃんに前科が付いてしまってるのかしらねぇ?」ビキビキ…

「そ、それはそのぅ…」


 普段ただでさえ小さいバウロが更に小さく、ただでさえ大きいエリーが余計に大きく見える。雰囲気(オーラ)は目でなく肌で感じるもの、ビリビリとした感じが強く感じられる。


 ビビシィッ!

「言い訳は結構よ、あらましはドラーに聞いたから。当分お酒は控えるのね。それとエルドワーフ、アナタ器用なんだから魔力加減をしなさい。ここは森と違って壊しちゃいけない物で溢れているの。さ、お説教はこれくらいにして一緒に食べましょ? 冷めても美味しいけど、温かいのも美味しいもの

あ、二人とも自然治癒するまでその傷は触っちゃダメよ? じゃないとお仕置きの意味が無いからねー」

「「はい」」ドクドク…


 テキパキと口も手も動かして配膳と着替えと説教と仕置きをぐわぁっと言う間に終えてしまうともう着席している。最早誰も彼女を止める事は愚か口答えすら出来ない。


「騒がしくして御免なさいねドラー」

「いえいえ、独り身には羨ましいくらいですよ」

「あらそう? なら貴方も結婚すればいいのに、ドラー程の武勇と地位があればその手の話は今も引っ切り無しなんじゃないの? あ、セントくん大きくなったわねぇ久し振り、ティーセット持って来て頂戴。夫の分もね」

「ハハハハハ・・・」

「畏まりました」ペコリ


 これまで齢70に達するとは思えない超人ぶりを見せてきたドルモア伯爵だったが、今は見る影も無くただ渇いた笑い声を出す姿は年齢相応に老け込んで見える。まあ、あんな鬼嫁っぷりを見せつけられたらそりゃあ結婚に対して及び腰にもなるだろうが、それにしてもこの窶れっぷりはどういうことだろうか?

 額の流血だけ拭って食べながら観察していると同じことを思ったのかバウロが切り出した。


「んぐんぐ、おいドルモア一体どうしたんだ? 口に合わんのか?」

「いやいやそんな事は無いさ! 都の晩餐会に参加した時に食べた菓子なんかよりもこっちの方が格別に美味しいさ! ただ…」

「なんじゃい?」

「……明日のエリーとのデートが上手くいくか心配でな」

「何ィ?! デデディ、デートォ!!? ってどういう事じゃ!? エリィー!!?」

「ヤダ、それじゃ誤解されちゃうじゃない、ドラーったらぁ~。私はただ森に欲しい物があるから手伝ってくれないって頼んだら代わりに狩って来てくれるって。その間私はドラーの仕事を肩代わりするの」


 ドルモア辺境伯の主な仕事は国境を越えてすぐにある森から溢れる獣達を間引く事だそうな。

 一般に、辺境伯爵という地位は普通の伯爵位と比べて武に秀でた貴族に任ぜられる。その理由は辺境、つまり国境沿いを領地とする関係上、隣国と戦争にでもなった際に先陣を切るのは必然的に彼等なので武力が求められるのだ。しかしここバンバーは特殊な事情により北方の隣人(・・・・・)と事を構える心配はあまり必要とされない代わりに、定期的な怪獣の集団暴走(スタンピード)に悩まされているという。

 ずっと森の中で暮らしていたエルドワーフは知らなかったが、超蛇の居た湖のある森はゴブリンの森と違いもっと明るくて生態系に富み且つ激しい縄張り争いが絶え間ないという。以前は森から溢れても川に沿って水辺を目指し、ここバンバーに到達した獣達はここでも縄張り争いをし、敗者は更に南下して湖の怪獣の餌になったりで人の領域にはあまり現れなかったらしい。しかしバンバーに町を作り始めて2年目に人々は初めてこの地の集団暴走(スタンピード)を目の当たりにしたという。


「この辺りの馬に目を着けて町を作ったのは我ながら良いアイデアだと思ったんだ。ここの景色も気に入って早々に我が家も作らせた。あの頃は15の時から戦働きに明け暮れたお陰で前王の幼馴染であったのも手伝って、年の割に破格の待遇を当時の王から授かり舞い上がっていたんだ。幸か不幸か当時、20歳になった私の誕生日を祝いに古くからの友人知人、学友や戦友、その中には先祖の代からの付き合いのあるエリーも含まれていた」


 え、エリーってそういうエリート階級と繋がり持ってたの? もしかして実は結構な良家の生まれ? だったら俺も……イヤイヤ有り得ないね、こんな合理気脳筋(メスゴリラ)が実はお嬢様でしたとか想像できないわ!


「因みにワシも町には来たが実家がある森へ里帰りがてら親父の様子を見に行っておったんだ。じゃが…んー、そこは以前エルドに話した通りじゃ」

「川の上流にある森と私達の住んでいる森のそれぞれで集団暴走が同時発生していたのよ」

「物見の報告では川を挟んで2つの集団がこちらにやって来るのが見えたそうだ。その片方は小鬼(ゴブリン)の集団でここの者らが北にある森をゴブリンの森と呼ぶ由来はそこから来ている」

「当時は罪人を国外追放するのにナイフ一本持たせて森に放り込んでたから、その人間を使って大繁殖したのかもね。()の森は基本的に草食でも怪物って呼ばれるクラスだしゴブリンごときじゃ近づけもしないわ。もう一方の集団は避難する獣と逃げてきた怪獣と深層で縄張り争いに負けたと思われる魔獣の3段構えだったわね。霊獣なんてそうそう出てきたりしない筈なんだけどね」

「うっかり深層にでも入り込んだらバウロに作らせた鎧でもあの有り様さ。近所にエリーが住んでて助かった」

「それ事件の何年も後の話でしょ?」

「それであんな傷だらけだったんか……」ムッシャムッシャ…

「あの時の姿を見て腕の一本二本使えないくらいでどうにかなるとでも思ったのかは知らんが、代官と冒険者ギルドの者が結託して私を排除しようとしてきたからな。大暴走(スタンピード)事件以降怪物利権問題でギルドとは揉めていたが、あれ以来この町の代官は我が従妹・イェナに任せているし、狩った獲物はギルドに直接卸さずにわざわざ私の古い友人に売却している。その為にこっちへ引っ越して来てもらったしな」

「それでギルドの掲示板スッカスカだったんかー……ヌゥ」ゴク…

「あれ? 何の話をしてたっけ?」

「ちょいとこの町の歴史をエルドワーフに語ってるんじゃろ? それはそうとちょいとブランデーを足してくれんかッ…」

「ちょっと! さっきお酒は控えるようにって言ったでしょ!」

「ぬぐぐ、フレーバー程度もダメなんか!?」

「嗚呼糞ッ! 思い出した。エリーと深層まで行く羽目になったんだった……!」


 年長者の会話は長いのにコロコロ話題が変わるから把握が難しいよ。

 えーと、伯爵の仕事は暴走族狩り(スタンピードハンター)、だけどエリーがそれを肩代わりする代わりにパシリにされて憂鬱らしいんだっけ?

 あれ? そういや従妹が今の代官なら、この町に来たばかりの時グルゴル兄弟を叱ってた上官の人がもの凄い罵倒してたと思うんだけど、あれ? もしかして伯爵を排除しようとした代官の縁者か何かか? 上司の血縁者をあんな口汚く罵るなんてよっぽどの事だからね。それを咎めたりしないあの兄弟は一体何を考えているのか。


 愉快な朝食を楽しんでいると今度は給仕達が料理を運んできた扉の向こうから、ドシドシと無遠慮な足音が近付いて来るのに気付いた。

 執事やメイドその他の人達は基本的に足音どころか気配も殺して移動するので警護の兵かと思ったが、それにしては偉そうな感じもする。何かの用事か? そこへ執事のセントさんがふわりと現れてドルモア伯爵へ耳打ちしている。


(旦那様、軍から伝令の方がお見えです。ルガリア卿のご子息様とそのまた息子様です)

(何? 軍から? ルガーの息子というと今は中佐じゃないか? それが親子揃ってこんな北の田舎まで出向くとはご苦労な事だ。うむ、通しなさい)

(畏まりました。)


 ぺこりと一礼するとセントさんは扉の向こうへ消えていった。

 何事かごにょごにょ話し、やがて足音は扉の前で一旦停止すると一呼吸置いて入室してきた。


「お久しぶりです、バンバー伯。お食事の所失礼する」


 入って来たのは金髪碧眼の大男とそれより一回り小さくてそっくりな顔つきの男性。どちらもTHE・白人な堀の深い顔立ちとがっちり体型で、大男はウェーブ掛かった髪を三つ編みにして服の中に垂らし、息子の方は所謂坊ちゃん刈り。親父の方は精悍な貌なのに息子の方は人を見下す態度を隠そうともしていない所がむかついた。うるさい足音の正体はコイツだな、扉から数歩歩いただけだが足先の注意力が歴然だ。


「ほう、プティングですか? それにこの香りは……人参(マンドラゴラ)ですね! 人参愛好会(マンドラゴ・ラブ)会員としてこれは興味をそそられますなー、ハハハハ」

「父上」

「あ、いや失礼。ゴホンッ、お初にお目にかかる方もいらっしゃるので自己紹介させて頂く。私はレガリア・ユーグル中佐。そして後ろに居るのは我が息子のラガリア」

「初めまして、ラガリア・ユーグル少尉です。祖父がバンバー伯とは懇意にして頂いてると伺っております」

「うむ、ああ。それで、軍の中佐殿がこんな老い耄れに何用かな? 見ての通り私は友人達と朝食を摂っている。私の記憶が正しければつい先日、軍にはバンバーの馬を進呈した筈だが……」

「ええ、確かに。ですが今日窺ったのは別件で参りました。ダフト中将からお預かりした召集令状がこちらに……どうぞ。そこに書かれている通り、ドルモア卿には軍事顧問として指導して戴けないかという所存です」


 いつの間にか入室していたセントさんが書状を受け取ると一礼してからドルモア伯爵に書状を手渡した。

 ふと卓を見回すとさっきまでの団欒とした会食から一転して皆お上品にデザートをつついている。エリーはまだ様になっているけれど、ちんちくりんなバウロは寧ろ不自然極まりない。

 それを目撃して同じことを思ったのか、ラガリアは鼻で笑いやがった。これに反応したのは当事者であるラガリアとバウロを除く全員。ずっと壁に張り付いて息を潜めているメイドさんですらピクッと緊張していた。


「…………フム、つまり? 私は後方にてペンとクワの握り方しか知らん若人に剣と銃の握り方を教えれば良いのだな? 断る」

「祖父と懇意であるとは言え父は貴方よりも上官、しかもこの命令は中将閣下の物。つまりこれは上官に対する命令違反だ! 軍法会議ものだぞ!」

「やめろ、無礼者は貴様だ! それに前線から遠ざかって長いとは言え現役の騎士にして軍部の最古参のお方なんだぞ!! その繋がりは軍に限定されない」


 捉え方によってはどっちも無礼だと思うけど。戦う相手が人から怪物になっただけでバリバリ前線に立っておられるし、肩代わりされるとはいえ後日森へ族刈りに行く予定でしたし。ドルモア伯爵って結構有名人みたいだし、伯爵が参加するだけで人も金も集まりそうだから是が非でも自陣営に組み込みたいんだろうな。

 ところでもう食べ終わったけどいつになったら解放してくれるのかな? 何かエリーの雰囲気が可笑(ヤバ)いし、伯爵も額に青筋が浮き出てるし、バウロは…隠れて水筒(酒入り)の匂い嗅いでる…恥ずかしいからやめてくれ。


「戦が始まるというのに暢気な事だ」

「! お見苦しい所を披露してしまったようで…ところで理由を窺っても?」

「まず1つ、私はまともな後進育成が下手だ。2つ、辺境伯の仕事が残っている。3つ、私は前線を退いた憶えは無い。4つ、ルガリアの孫だか知らんが、私の友を笑ったな? 不愉快だ、去れ。以上だ」

「お言葉ですがこれは正式な召集令状ですぞ!? しかもダフト閣下から仰せつかっているのです! 息子の態度は大変な無礼と承知ですがここは祖父の顔を立てて」

「そうだ、ルガリアに伝えてくれ、『駄犬の躾も出来ぬ若造を寄越すな。それから利子が溜まってるぞ』とな」

「駄ッ!? ………」

「もういいでしょう父上、だから私は反対だったのです。このような骨董品に頼らずとも閣下の軍団だけで十分に戦えます。もう帰りましょう」

「…………今日の事は、後日改めて使いの者が」

「もう良いもう良い、何も行かぬとは言ってない。仕事が片付けばこちらから出向くのでダフト中将閣下にはそう伝えてくれ。さてと、」ガタッ


 ドルモア伯爵が席を立ったのを合図に全員が起立した。ドルモア伯爵は精一杯の作り笑いをしているが目は笑っていないので恐ろしい。


「偶にはこういった食事も悪くないものだな、邪魔さえなければ。バウロ、それからエルドワーフ君、2人の働きは素晴らしい物だったぞ、ありがとう。ところでこの後の予定は?」

「荷の確認をしたら午後には町を出るつもりじゃ」

「そうか、なら昼まで時間が空くな? この後少し運動しないか?」

「ワシは遠慮する、荷車の確認が先じゃ。エルドワーフ、ワシは荷の確認やら済ましとくから遊んでな」


 ふぁ!? ここで俺に振るのかよ!


「そうか。ではエルドワーフ君、付いてきなさい。ついでだ、先程去れと言った事は取り消そう。そしてユーグル親子もどうかな? 手ぶらで返すのも忍びない、話のタネにでも一興付き合ってはくれまいか?」


 交渉は決裂し罵倒され顔を真っ赤にしながらも沈黙を貫くレガリアと不機嫌さを隠そうともしない険しい顔を見せるラガリア親子は、一瞬顔を見合わせてから当然の如く了承した。


「バンバー伯の武勇伝は度々耳にしております。私もこれで武闘派として通っておりますので是非とも胸を借りさせて頂きます」

「堅苦しいのはやめましょう。お互いに身内を侮辱し合ったんですし、ここは正々堂々勝負(ケンカ)いたして遺恨を無く(スッキリ)しましょう」

「クハハ……、良いぞ。懐かしい名前の客が来たと思ったら、こんなにもクソ生意気な阿呆が居て嬉しい。満足させてくれれば借金を減額してやっても良いぞ」

「ならアンタの口を黙らせればその借金とやらは帳消しにしてもらいたいですねぇ」


 ハハハハ…… フフフフ…… クククク……


 あれれ~? 何だか思ってた貴族のイメージと全っ然、懸け離れているぞォ? 最初の方こそ体面を気にしたそれらしい会話をしていたのに、今じゃすぐにでも殴り合いを始めかねない空気だ。これじゃあ本当にエリーが貴族令嬢だったとしても納得するかも。しかもその輪の中に何故か俺が混ぜられているのもおかしい。バウロを鼻で笑われてムカッとしなかった訳じゃないけど、この場は辞退させて欲しいです。でもそんな事は許されそうになかった。


(エルドワーフ、聞こえるよね? お母さんが出張って懲らしめてやりたいくらいだけれど、そうするとややこしい事になっちゃうから代わりにガツンと()って頂戴。お願いね(はぁと)ヒソヒソ…


 傍目にはお淑やかにただニコニコして佇んでいるだけに見えるエリーから超小声で報復を囁かれた。無茶言うな。

 折角手錠が外れたのに今度は貴族相手に殺っておしまいってタダじゃ済まないだろ、常識的に考えて。


 身体を一生懸命に動かして家の中を探検していたあの頃が懐かしい、立ち歩きを覚えて魔法を習ってからコッチ、血と暴力でめまいの絶えない日々が続いている。いい加減に都へ行って皮と剣を売って、ついでに世界を知りたい・感じたいのに! 嗚呼、畜生! 考えてたら段々ムカついてきた。団欒とした流れをまた血路に誘ったあの親子にこの怒りをぶつけてやりたくなってきた!! 許すまじユーグル!!!

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人参愛好会[マンドラゴ・ラブ]・・・

挿絵(By みてみん)

人参愛好会公式マスコット「マンドラマン」、通称・人参さん。


人参を愛し、人参に愛されたいが為に日々より良い人参と多様な可能性を追求する人参愛好家達の集まり、それが人参愛好会(マンドラゴ・ラブ)である。


主な活動は人参に関する事であれば何でも。栽培・改良・調理・錬金術・投資・販売・興業・品評・研究成果の発表と多岐に渡る。


会員の中には老若男女・家格・職業の隔てなく下は子供から上は一国の王まで幅広い。


愛好会はその構成員からもわかる通り非常に大規模なもので、人参の生育する環境であれば全世界どこにでも支部を設けているので人数・規模・歴史そして品格いずれも冒険者ギルドに匹敵すると言われる。


会員証は人参の顔を模った印章(銀1枚~)で、持っていなくても自称したり個人活動により愛好会に贈与されたり、或いは生粋の人参野郎(マンドラゴラー)は身体に入墨を刻んだりしている。


より詳しい内容は人参会報(マンドラ・ゴシップ)(定価・銅6枚)をお求めに。



―出典[人参愛好会報・特別号]より

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