13. 水中を飛ぶ亜竜 @+
ブスッブスッ…ジュッ……
肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐり、寝呆けた頭で腹具合と太陽の位置を確認してもう昼頃だと気付いた。
「ふぁ~、イテテ…石の上で眠るもんじゃないな」
背中を伸ばして伸びをしてついでに首を鳴らしながら辺りを見回すと、地面に石を敷き詰めた中でとぐろを巻いた蛇が丸焼きにされている。
「おぉ~、こりゃまた立派な……へ?」
石焼きの蛇の向こう側では同じくらい立派な蛇に齧り付いている子供が居て、その背後には大量の水草がこんもりと積まれていた。
「ングッ、おはようございます。あの杭の所まで行けるかわかりませんけどコツは掴めましたので、これ食ったら再開します。それ、頭と皮と内臓は取りましたけど調味料はありませんので微妙ですけど、それでもよかったらどうぞ」
マジでいたのかよ!? と、パクパク口を動かすのが精一杯で呆気にとられてしまった。
「………!!?」
ふと横を見ると、階段に首のない蛇が傷口を下にして真っ直ぐに寝かせて血抜きされていた。
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折角ブリンの分まで肉を焼いているのに二度寝しやがった。
自分で見張っとくとか言っておいて2往復目から戻ったら既に横になっていやがった。だから驚かしてやろうと添い寝させてあげたんだけど、効果覿面な様だぜ。
近くに丁度良い木片が無いもんだから更地に転がっている石ころで代用してみた。火種も無いのにどうやって熱したかと言うと、身に付けている物に魔力を流す練習がてらに石ころを使っただけのこと。
元々車のエンジンを参考に魔力を練っていたから、握った石に熱を持たせることは割と早くに出来たのだ。今では肘から指先に掛けて一列に置いた物体を同時に熱することが出来る。人間ヒーターかよ。
それでも表面をすぐに熱々には出来ても芯まで熱が通っていないと肉を熱し続けるには火力不足なのでまだまだ練習は必要だ。
ところで食べた分の蛇はちゃんと成果として加算してくれるのかな? 一応剥いだ皮や骨は残してあるけれど。
グゥルルルルルル……ケプッ
調味料無しの素焼きだったけど十分満腹になりました。御馳走様。ここが湖じゃなくて海だったらもうちょっとマシに出来たかもだけど、贅沢言える身分じゃないからしょうがないね。
さてと、一人だけど、御手を拝借、いよぉー
パーン!!
「うぉわっ!!?」
「蛇の死体くらいで一々気絶しないで下さい。アレ、焼けてますからどうぞ」
「お…ああ、スマン」
折角焼いたのを無駄にはしたくない、それにいつまでも眠られると働かされてるこっちはムッとしちゃうよな。
それじゃあ作業再開しますか~。
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作業再開から数時間、思い付きで片手で鎌を握って、もう片手は水中で水草を抱きかかえる様に沈めて一気に刈る方法を試してみたら一往復で桁違いの量が採れた。難点は半身が沈むのと陸に着くまでに大量の水草を抱えるから、前が見えなくて積み溢れた側からボチャボチャ落下したり全身びしょ濡れになってしまう所だろうか。
「うわぁ!?」
ドチャッ…
「?」
投げ下した草山の横から覗くとまたもやブリンが腰を抜かしてへたり込んでいた。
「き、君か~! 驚かさないでよ! 水人参が襲って来たと思ったよ!」
「ガタイの割に肝が小さいですね」
「グッ…わかっちゃいるさ、ただ不意を突かれるとどうもダメなんだよ」
「ダメじゃなくてビビってるだけでしょ? 錯乱して暴れたりするよりはマシじゃないかな?」
「ハハハ、そりゃまた極端な例だけど慰めているつもりかい? それはそうと、ヘビの姿焼きご馳走様」
「うん……ところで何やってるんですか?」
「ああ、これね……」
ブリンが座り込んでいる横には細長い黒い棒が幾つも束ねられ、手には水草が握られていた。
「この水草、炭水花草っていうんだけど、肉食の水生生物が居る所なら海でも溜池でも発生する植物でね、乾燥させるとこれが良い燃料になるんだよ。普通、乾燥には時間が掛かるもんだけど、俺の手に掛かれば…」
片手に握った水草を人差し指と親指で挟んで扱くと忽ちパリパリに乾燥した黒い棒が出来上がった。
「ははぁ~……才能?」
「そう。これのお陰で俺はギルドにすんなり就職出来たんだ。ギルドに限らず、この手の才能はどこでも重宝されるけどね」
才能・・・個人によって有無や程度の差はあれど、概ね特別な技能、魔法の総称。
小難しい話を抜きに凄い事が起こせる、そう教わりはしたものの確かにこれはスゴイ。地味だけど。
「こういうのってホイホイ教えて良い事なの?」
「ん~…普通は駄目なんだけど、君みたいな子なら別にいいかなぁ。悪い子には見えないし」
「悪い事したからここに連れて来られたんだけど」
「ありゃ、こりゃ一本取られた」
ハァ…だめだこりゃ。どうやらお互いにまだ大量の作業が残っているようだから話を切り上げて浅瀬へ引き返した。
浅瀬の半分まで進んだ所でまだ手を付けていない水草群からジャボッと水の混ざる音が聞こえた。
どうやら4匹目が来たようだ。
水面を凝視するとゆらゆらと揺れる水草を掻き分けこちらへ向けて進む半月状の波とその下で垣間見える長い影。
手に持った大鎌を水底に突き立てて両手を自由にし待ち構える。
「…………」
「どうした? 何かあるのか!」
そう言えばさっきの3匹はブリンが寝ている間に始末したから、起きてる時はこれが初めてなのか。・・・嫌な予感がする。
その時だ、胴から腰へ掛けて3周、さっきの奴らより少しデカいし素早い!?
「グゥ!?」
胴体と同じ位の太さの胴体が巻き付いて骨が軋む音が聞こえる。バランスを崩しかけるも何とか耐えて頭が水面から顔へ飛び突くまで待機した。
蛇の鼻先にはピット器官と呼ばれる熱を感知する器官が備わっている。こいつが生物の体温や呼吸で発せられる熱を感知して獲物へ飛びつけるのだ。水よりも温かい身体に巻き付き締め上げ、呼吸を続けるならそこへ齧り付いて塞いでしまう。それが奴らの狩りだ。
俺はそれを逆手にとって顔に飛びつくのがわかっているから、タイミングよく捕まえてジュゥッと始末するつもりだ。
今回も大きいけど魔力原動機6割で十分耐えられそうだ。
ジャボンッ…ガバアッ!!!
「うぉ!?」
危ねぇ!? 身体がデカいから頭もデカくて、本当に齧られるところだった。でも、捕まえてやったぜこの野郎~。
のたくって暴れても俺の腕力から逃れられると思…うわっ!? 舌でぺろぺろ舐めてきた! くすぐったい!
分泌液か水っ気が強い所為かヌルッと近づいている気がする。早く止めを刺さないと……
ドッバァアン!!!!
「………!?!!」
目の前で鼻先を舐めていた蛇の頭が突然消し飛んだ。数舜置いて肉片が水面に落下する音が聞こえた。
「大丈夫かー!?」
声のした方へ向くと、今の俺だと抱えるほど大きなリボルバー拳銃を構えたブリンが立っていた。
頭を失った首から血が噴き出し頭上へ降り注いだ。胴体は痙攣し、震える度に拘束が緩まって行った。
「ふべっ! ぺっぺっ!」
ぐにゃりと足元に沈んだ大蛇はエルドワーフの周囲を真っ赤に染め上げ、やがて動かなくなった。
動かなくなったのに悪寒は止まらなかった。
水を一掬い、ザバッと顔を洗ったら、蛇を引っ掴んで陸を目指した。
「おい! 大丈夫だったか!?」
「服が汚れちゃいましたよ」
「へっ!? あぁ、その…スマン…」
「いえ、ありがとうございまし…た」
全身の気は解いちゃいない。だから水中に浸した腕から伝わった振動がどの方向からどれくらい離れた場所から来たのか敏感に察知した。
浅瀬の向こう、崖より遠く更に下、耳で聞くより正確性に欠けるが何かが近づいて来るのを漠然と理解した。
急いで引き上げ叩きつける様に手に持った大蛇を放ると、15mを優に超える巨体を現した。
「う~ん、中々の大きさだけどこれじゃあ大蛇級の認定はされないね~」
「これでですか? でもそんなことより何かヤバい気がしますよ!」
「え? …見た所何も変化は無いよ?」
やっとの思いで上がったのも束の間、水に片耳を浸してより正確な情報を探ろうと四つん這いになった時、そいつは飛び出した。
ゾッボーーン!!! ビシャビシャッ
水面が突如大爆発し水柱が天に向かって立ち上がった。
ザッドォーーン!! ビシャビシャッ
太陽を背負って降ってきた影は、まだ血で赤く濁った水草の境目の中央へ着地した。
「うわぁっ!?」
「ぎゃぁ!?」
着地の衝撃で生まれた津波が浜に押し寄せ、水際に居たエルドワーフは押し流され、ブリンは折角乾かした水草が水浸しにされて悲鳴を上げた。
「おおお俺の努力があああぁぁー・・・あ?」
全身ずぶ濡れになって内側にまで水が溜まったオーバーオールを脱ぎ捨てて身を起こすと丁度ブリンの横へ辿り着いた。
浅瀬に聳え立つその威容は浜に横たわる蛇の死体の比ではない。
圧倒的な巨体には全身をまるで鋭い刃物のような鈍い光を放つ体毛が覆い、ヒレと言うよりもクジラを捌く巨大な包丁のようなこれまた鋭い胸ヒレが左右に突き出している。
「…あれは一体何ですか?」
「あ、あれは・・・わ…わ」
(早よ言えや)
「亜竜だ!!」
言うが早いか、制服の下に隠したホルスターから先程使ったリボルバーを抜き放ち、巨体へ向けて銃を構えた。
(アカンやろ!)
瞬間、頭上で構えられたリボルバーへ飛びつき、銃口を目の前へトリガーを軸に手前に銃を半回転させ銃を奪い取った。
「何をッ!?」
「今あんなのにこれぶっ放して刺激しちゃ、ホントにダメになるよ!」
巨大な体を左右に揺らしながらゆっくりと浜辺に近づく亜竜。鋭く尖った口の隙間から垣間見える鋭利な牙はどれも喰らい付いたら絶対に逃さない意思が表れ全てが喉の奥へ向かって生えている。
水際まで歩いた巨躯はそこから動かずに、波で押し流された蛇の死体へその口を突き刺した。
軽く身を乗り出しただけであっという間に距離を詰められ、ブリンは声を上げることなくまたもや意識を失った。
下手に威嚇射撃されるより余程マシだから気にはしない。
そして蛇を突き刺したままの口を高々と掲げた亜竜は、主に首を揺すって蛇を少しずつ飲み込んでいく。
「あれって…どう見ても…なぁー?」
続いて血抜きした蛇も同様に啄み飲み込んだら、また巨体をゆらゆらさせながら今度は水草の群生地へと進んで行った。そこでもまた水中に嘴を突き立てては生きたヘビを丸吞みにを繰り返し、蛇も必死に抵抗して噛み付くがホントに鋭利な体毛のようで、ぶつかった頭がズタズタに、体毛は多少毛羽立つだけで本体は全く意にも介さず貪っている。
(ありゃ勝てそうにないな)
あの体毛に自分の拳をぶつけて無事でいられる自信が全く湧かない。死にそうな目に何度も遭って見えてる危険に飛び込む度胸は俺には無い。
なので大人しく気配を消してブリンを担ぎ石段を登って避難した。
遠くから眺める分にはあのシルエットは可愛らしいのだが、遠近法を考慮するとやっぱりバケモノのデカさだ。
昔、小学校の遠足で行った動物園のふれあい広場で触った感想は『思ったより硬い』、だった気がする。
あんなに巨大な“水中を飛ぶ鳥竜”がいると作業なんて碌に出来そうもないので、しばらくの間観察していたがやがて飽きて眠ってしまった。
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亜竜[ワイバーン]・・・
竜の様でいて竜でない、であるからして彼等は亜竜と呼ばれる。
一般に竜とは、高度な知能と硬質な外皮と翼を持つ魔獣の総称である。
厳密には生体機能等で明確に分けられるが概ね上記の通りだ。
そして亜竜とは、それなりの知能と頑丈な外皮と環境に適した進化を遂げた翼を持つ怪獣の総称である。
従って、大雑把な区別として魔法を使用するか否かが挙げられる。
ドラゴンもワイバーンも空飛ぶトカゲのように思われがちだが百眼珠魂もドラゴンだし、翼馬もワイバーンである。流石に学会でも議論は別れるがね。
亜竜は決して頭が悪い訳ではないが行動パターンは獣と変わりなく、獰猛な野生種から卵から飼育された愛玩種までそこらの野生動物と同じ扱いを受けている。
亜竜と呼ばれるだけあって捨てる所が無い位、全身丸ごと利用されるので上等な素材として高値がつけられている。
ただやはり有核液種同様、野生の亜竜の危険度は推して知るべしだ。
この書物の執筆の10日前にもスケッチをしていて不意に放屁をした時は大変だった。
《略》
―出典[ペンドラゴン伯爵のペンで綴るドラゴン講座]より
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