第5話 全員分の寝床はありません
「今夜も、ここで寝るのですか」
朝食の片づけが終わったあと、幼い娘を連れた女がレオンに尋ねた。
玉座の間には、まだ五十三人分の毛布が敷かれている。
夜は寝床、昼は食堂として使うため、朝になるたびに毛布を畳み、机を元へ戻さなければならない。
食事を作る火鉢の近くで眠ることにもなる。三十日後の検査で認められるはずがなかった。
「今日中に、別の場所を用意する」
「東棟へ戻るのは?」
「できない」
女はうなずいたが、娘は封鎖された東棟を見ていた。
服も、木箱も、子供の人形も部屋へ置いたままだという。
取りに戻らせてほしいと言う者は多かった。
だが、バルガスが安全だと判断するまでは入れられない。
「寝床に使えそうな場所を、全部見せてくれ」
レオンはセレナ、バルガスと中央棟を回ることにした。
バルガスは椅子へ座り、その椅子を二本の棒へ固定している。前後を二人で持ち上げれば、足に負担をかけずに移動できた。
「運ばれるのは気に入らん」
「足が治るまでだ」
「治ったら、今度はお前を運んでやる」
「必要になったら頼む」
最初に見たのは、中央棟一階の旧会議室だった。
大きな机が二台置かれ、壁には破れた地図が残っている。窓は三つあるが、そのうち一つは板で塞がれていた。
バルガスが天井と柱を見る。
「ここは使える。上の部屋も空だ。床も沈んどらん」
レオンも《改装》で状態を確認した。
損傷はあるが、すぐに崩れる部分はない。机を解体し、床の穴と窓を塞げば寝室にできる。
「何人入る?」
「詰めれば二十人です」
セレナが答えた。
「詰めない。人が歩ける場所を残す。十二人だ」
次に、会議室の隣にある書記官室を見た。
小部屋が四つ並び、一部屋に三人ずつなら眠れる。合計十二人。
中央棟二階の使用人室は、階段の一部が壊れていた。部屋そのものは安全だったが、足の悪い者や子供には使わせられない。
「階段を直せれば、十八人」
レオンが書き留める。
ここまでで四十二人。
あと十一人分が足りない。
倉庫は荷物で埋まっている。医務室だった部屋は、病人七人がすでに使っていた。門近くの管理室はレオン一人が寝るだけの広さしかない。
「俺の部屋も使う。三人なら寝られる」
「あなたはどこで寝るのですか」
「玉座の間でいい」
「所有者が食堂で寝るのですか」
「誰かは寝ることになる。だったら俺でいい」
残り八人。
セレナが廊下の奥にある扉を見た。
「物置として使っている部屋があります」
中には、壊れた家具、空の木箱、古い布が積まれていた。
床と天井は無事だが、人が横になる場所はない。
「これは、全部必要か?」
「冬に燃やせる物もあります。捨てるつもりはありません」
「捨てない。使える物を分けて、倉庫へ移す。壊れた家具は寝台の材料にする」
バルガスが部屋を見回した。
「八人なら入る。だが、窓がない」
「扉の上に通気口を作る。夜は閉じ込めないよう、内側から開けられる扉にする」
これで、五十三人分の場所は確保できる。
ただし、部屋が決まっただけだ。
寝台も、敷く物も足りなかった。
◇
レオンは玉座の間へ住民を集めた。
「今夜から、寝る場所を四か所に分ける」
床へ簡単な見取り図を広げる。
旧会議室は、幼い子供がいる家族と高齢者。
一階の書記官室は、病人の家族と、夜中に介助が必要な者。
二階の使用人室は、自力で階段を上り下りできる者。
物置を改装した部屋は、健康な大人。
「家族は同じ部屋に入れますか」
一人の男が尋ねた。
「できる限り一緒にする。ただ、介助が必要な人を一階へ集めるために、分かれてもらう家族が出る」
「俺の母親だけ書記官室で、俺たちは二階ですか」
「夜中に何かあったとき、階段を下りなくて済む場所へ移ってもらう。あなたも一階に残りたいなら、健康な大人の枠を一つ使える」
「そうすれば、誰かが二階へ行くんだろう」
「そうなる」
全員に希望どおりの部屋を渡すことはできない。
部屋数が足りない以上、何を優先するかを決める必要がある。
「勝手に決めるつもりはない。困る事情がある人は、今ここで言ってくれ。全員の前で言いたくなければ、あとでセレナか俺に話してほしい」
住民たちが見取り図を見る。
すぐには決まらなかった。
夜中に何度も便所へ行く老人。暗い場所を怖がる子供。家族以外と同じ部屋では眠れない者。足音で目を覚ます病人。
レオンは、一人ずつ理由を聞いた。
全員が満足する配置にはならない。それでも、事情のある者を無視して人数だけ合わせるよりはよかった。
最後に、先ほどの男が言った。
「俺は母親と一階に残る。代わりに二階へ行ってくれる奴を探す」
「私が行く」
ガルナが手を挙げた。
「階段が壊れたら、窓から下りる」
「壊れないように直す」
レオンが言うと、ガルナは不満そうに腕を組んだ。
「例えだ」
◇
使える材料を各部屋へ運んだ。
旧会議室の机を解体し、床の穴を塞ぐ。残った板材で、低い寝台を六台作った。一台に子供と親が寝れば、十二人が横になれる。
書記官室には、東棟から持ち出してあった毛布を敷いた。
二階へ続く階段は、欠けた三段を倉庫の板材で補った。手すりも片側だけ取り付ける。
物置から出した荷物は、オーレンが必要な物と不要な物に分けた。
「この木箱は空です」
「燃料へ回す」
「こっちの椅子は、脚が三本あります」
「同じ高さの脚を集めてくれ。寝台に使う」
バルガスが材料の傷みを確認し、ガルナたちが運ぶ。
レオン一人で部屋を作っているわけではない。
使える場所を見つける者。
材料を分ける者。
重い物を運ぶ者。
住民の事情を聞く者。
その仕事がそろって、初めて《改装》を使える。
レオンは物置だった部屋の壁へ手を置いた。
「この部屋を、八人用の仮寝室へ改装する。《改装》」
集めた木材が四台の寝台へ変わり、扉の上に通気口が開く。壊れていた蝶番も、別の家具から外した金具で補強された。
続けて旧会議室と階段を整えたところで、立っていられないほどの疲れが来た。
「今日は、ここまでだ」
残っていた作業は、住民たちが手で進めた。
床を掃き、毛布を運び、自分たちで寝る場所を作る。
日が沈むころには、玉座の間から五十三人分の毛布がなくなっていた。
全員に個室はない。
寝台を使えず、床で眠る者もいる。
それでも、調理場の火のそばで寝る者はいなくなった。
◇
夜になり、レオンは玉座の間の床へ毛布を敷いた。
セレナが食堂の入口から入ってくる。
「本当に、ここで寝るのですか」
「管理室は三人に使ってもらった」
「今日だけなら、私の部屋を使いますか」
「セレナはどこで寝るんだ」
「ここで」
「同じことだろ」
レオンが答えると、セレナは何も言わず、もう一枚の毛布を少し離れた場所へ敷いた。
「見張りです」
「そういうことにしておく」
横になろうとしたとき、城の東側から大きな音がした。
石と木材が続けて落ちる音だった。
二人は立ち上がり、中庭へ走った。
封鎖した東棟から土煙が上がっている。
二階の屋根が沈み、住民が使っていた部屋の窓が一つ、石材に埋まっていた。
昼まで、その部屋には三人が暮らしていた。
中庭へ出てきた住民たちは、誰も話さなかった。
バルガスが遅れて運ばれてくる。
「折れていた柱が、とうとう落ちた」
「中には誰もいない」
セレナが答えた。
人数はすでに確認している。
八十六人、全員が安全な場所にいた。
レオンは崩れた東棟を見た。
今日作った寝床は狭く、不便だった。
それでも、五十三人を移したことだけは間違っていなかった。




