第4話 三日分しかない食料
東棟を封鎖した日の夜、五十三人は玉座の間で眠った。
机と椅子を壁際へ寄せ、床へ毛布を並べた。中央棟の空き部屋にも分かれてもらったが、全員分の寝床は作れなかった。
食堂の床で眠る者たちを見ながら、レオンは通告書の裏へ作業を書き足した。
安全な寝床。
飲み水。
排水と便所。
避難経路。
そして、その前に食料。
一日分を食べたため、城に残っているのはあと二日分だった。
八十六人を三十日間食べさせるには、今ある量ではまったく足りない。
翌朝、レオンはセレナ、ガルナと食料庫へ入った。
粗麦の袋は四つ。豆は一袋と半分。根菜は籠の底が見えている。
「これで本当に二日か」
「一日二食です。子供と病人を除き、一回の量も減らしています」
セレナが答えた。
「昨日からそうしていたのか?」
「もっと前からです」
レオンは粗麦の袋を持ち上げた。
軽い。
この量をさらに薄めても、延ばせるのは一日ほどだろう。だが、食べる量を減らせば作業できる者まで動けなくなる。
「近くで食料を買える場所は?」
「南へ半日歩いたところに、ラグ村があります」
「荷車なら?」
「道が乾いていれば、二時間ほどです」
「荷車はあるか」
ガルナが城壁脇の倉庫を指した。
「車輪が三つしかないのならある」
「それは荷車とは言わない」
「昨日までは四つあった」
壊れた車輪は、東棟から住民を出す際に荷物を運んで割れたらしい。
レオンは倉庫へ向かった。
荷台は使える。車軸にも大きな曲がりはない。だが、車輪は縁が割れ、同じ大きさの予備は見つからなかった。
別の壊れた荷車から小さい車輪を外しても、高さが合わない。
「新しい車輪を作る材料はないぞ」
ガルナが言う。
「新しくは作らない」
レオンは割れた車輪を調べた。
中心部は残っている。縁に使われていた木材も、半分以上は腐っていない。
小さい車輪の縁を分解し、足りない部分へ足せば、一回の往復には耐えられる。
長く使える車輪にはならない。それでも、今日だけ動けばいい。
レオンは使える木材と鉄輪を並べた。
「荷車を、一度の運搬に耐える状態へ改装する。《改装》」
割れた部分が外れ、小さい車輪から取った木材が組み込まれる。鉄輪は完全な円には戻らず、継ぎ目が一か所残った。
車輪を回すと、その場所で小さく音が鳴る。
「帰ってきたら作り直す。重い物を載せたまま速く走らせるな」
「馬はいないぞ」
「私が引く」
ガルナが引き手を持ち上げる。
「一人では行かせられません。私も行きます」
セレナが言った。
レオンは二人を見る。
「村へ魔族が入っても問題ないか?」
二人とも答えなかった。
◇
ラグ村の入口には、低い木柵と見張り台があった。
レオンたちが近づくと、見張り台の鐘が鳴らされた。
畑にいた者たちが作業を止める。入口へ来た二人の男は、槍を持っていた。
「何の用だ」
「黒曜城から来た。粗麦と豆を買いたい」
レオンが答えると、男は荷車の後ろにいるセレナとガルナを見た。
「魔族は村へ入れられない」
「買い物に来ただけだ」
「駄目だ。そいつらは外に置いて、お前一人で入れ」
ガルナが一歩前へ出ようとする。
セレナが腕を伸ばして止めた。
「私たちは、ここで待ちます」
「待たせない」
レオンは村の男へ向き直った。
「この二人が入れないなら、俺も入らない。売る人をここへ呼んでくれ。商品も門まで運んでもらう」
「嫌なら帰れ」
「帰れば、取引が一つなくなるだけだ。こちらは別の村を探す」
実際には、そんな余裕はなかった。
食料はあと二日分しかない。別の村まで何時間かかるかも分からない。
それでも、セレナとガルナを村の外へ置き、自分だけ中で話を進めるつもりはなかった。
二人は荷車を引き、城からここまで来ている。
取引する者の一員だった。
「待て」
村へ戻ろうとしたレオンを、別の男が呼び止めた。
槍を持った二人より年上で、腰に鍵束を下げている。
「どれくらい欲しい」
「粗麦を二十袋。豆を八袋。傷みの少ない根菜も買えるだけ」
「ずいぶん多いな」
「城には八十六人いる」
男の表情が変わった。
「兵士か?」
「子供も老人もいる。三十日後に安全検査を受ける。それまで城で暮らせるようにする」
「魔王軍を立て直す気じゃないだろうな」
「軍を作るなら、豆を買う前に武器を買う」
男はガルナの腕と、セレナの剣を見た。
「武器はもう持っているようだが」
「これは荷車を引くための腕だ」
ガルナが言った。
男は返事に困ったように黙った。
「俺はこの村の倉庫を預かっている、ボルクだ。代金を先に見せてもらう」
レオンは革袋を開いた。
城を買ったあとの全財産、金貨九枚が入っている。
「いくらだ」
「今言った量なら、金貨七枚」
「高い」
「春先で、村の備蓄も多くない」
「粗麦は去年の残りだろう。二袋は湿っている。豆にも割れたものが混じっている」
門から見える倉庫前に、売却用らしい袋が積まれていた。
濡れた跡のある袋が二つある。新しい収穫まで保管すれば、さらに値が落ちる品だ。
「金貨五枚」
「六枚と銀貨五枚だ」
「金貨六枚。その代わり、傷んだ袋もこちらで引き取る。空になった袋は、次に来たとき返す」
ボルクは少し考えた。
「荷車一台分までだ。あと、村の中には入れるな」
「それでいい。ここで受け取る」
レオンは金貨六枚を渡した。
残金は、金貨三枚。
道具も、修繕材料も、まだ必要になる。
だが、食料がなければ城を直す者がいなくなる。
◇
村人たちが門の外まで袋を運んできた。
粗麦二十袋、豆八袋、根菜が三籠。最後に、湿った粗麦が二袋追加された。
「荷台の前へ麦、豆は中央、根菜は後ろだ」
荷車の横から声がした。
犬の耳を持つ小柄な男が、袋を持ち上げている。
「重い物を後ろへ積むと、坂で荷台が持ち上がる。左右の重さも合わせろ」
「名前は?」
「オーレンだ。城では物置を見ていた」
「ついてきていたのか」
「三人では、買ったあとに積めないと思った」
オーレンは止められる前に城を出て、離れて歩いてきたらしい。
レオンは叱ろうとしたが、すでに荷物は半分近く積み終わっている。
「次からは先に言ってくれ」
「言えば、城に残れと言われる」
「無断で来れば、帰れとは言わないと思ったのか」
「荷物を積み終わったあとなら」
オーレンは、袋の位置を少しずつ変えていく。
荷台の片側へ寄っていた重さが均等になり、引き手を持ち上げたガルナの腕から力が抜けた。
「さっきより軽い」
「重さは同じだ。置く場所を変えただけだ」
オーレンが最後の豆袋を固定する。
「《分配》」
小さく言うと、荷物の横へ淡い線が浮かんだ。
重量と残量が、荷車の区画ごとに分かれて見える。
「その力は、食料にも使えるのか?」
「誰にどれだけ渡すか、条件が決まっていれば」
「城へ帰ったら、残っている食料と合わせて計算してくれ」
◇
日が沈む前に、四人は黒曜城へ戻った。
荷車の車輪は、最後まで外れなかった。
玉座の間へ運び込まれた袋を見て、子供たちが声を上げる。大人たちも集まってきたが、セレナがその場で袋を開けることは止めた。
「先に、全部数えます」
オーレンが城に残っていた食料と、買ってきた量を確認する。
食べられない部分を除き、子供、病人、働く者の必要量を分けた。
「今までと同じ量なら、十四日です」
「全員でか?」
「全員で」
食料は二日分から、十四日分になった。
これで明日、全員が食べられなくなる心配はない。
だが、安全検査までは二十八日ある。
レオンは積み上げられた食料袋を見た。
「十二日、足りないな」
金貨は、あと三枚。
次は、買う以外の方法を見つける必要があった。




