ep.89 [Side Y/異世界]Link: 猫又-14
何で?
何で笑ってるの?
鈴ちゃん。ねえ、返事してよ。
「誰か!」
自分の声だった。
「誰か、お医者さんを呼んで!」
周りの人達が僕を見る。誰かが何かを叫んでいる。何を言っているのか分からない。
「早く! お願いだから!」
「分かった! 医者を呼んで来る!」
男の人が走っていく。
良かった。お医者さんが来る。それなら、鈴ちゃんは助かるカモ知れない。
猫又だし。人間じゃないし。百歳だし。
だから、きっと。
僕は鈴ちゃんの頭を拾った。両手で持ち上げると、黒い髪が指に触れた。
チリン。
「鈴ちゃん」
返事は無い。
「お医者さん、来るからね」
身体の傍に膝をつく。
頭を戻せば良いのかな。元の場所に戻したら、くっつくカモ知れない。
でも、どうやって?
首の向きは? 間違えたら?
僕は鈴ちゃんの顔を見る。未だ笑っている。
「……鈴ちゃん?」
目を閉じない。瞬きもしない。
でも、未だ助かるカモ知れない。
僕は鈴ちゃんの頭を身体の傍に置こうとした。
「あいつだ! 捕まえろ!」
顔を上げる。
道の向こうで、フードを被った人が走っている。
未だ見える。追えば間に合う。
僕は立ち上がろうとした。でも、立ち上がれなかった。
鈴ちゃん。
鈴ちゃんを置いていくの?
さっき、一緒に居ようって言ったばかりなのに。
犯人を追う? 鈴ちゃんの傍に居る?
どっち?
どっちが後悔しない?
分からない。
僕は鈴ちゃんの身体を抱き上げようとした。着物の背中に腕を回す。
持ち上がる。
でも、鈴ちゃんの頭は?
片手じゃ持てない。
身体を抱えたら、頭を持てない。頭を抱えたら、身体を持てない。
何で?
何で、こんなことも出来ないんだよ。
「ユウキ!」
誰かが僕を呼んだ。
振り返らずに鈴ちゃんの身体を下ろす。頭を拾い、もう一度身体を持ち上げようとする。
出来ない。
フードの人が遠ざかっていく。
見えなくなる。
待って。
待ってよ。
僕は鈴ちゃんの頭を胸に抱いた。
そして、走り出した。
「ユウキ!?」
誰かが叫んだ。
構わない。走る。鈴ちゃんを抱えて走る。
フードの人を追い掛け、人混みを抜ける。
「危ない!」
誰かにぶつかりそうになった。身体を捻って避け、鈴ちゃんを落とさないように抱え直す。
チリン。
「鈴ちゃん、大丈夫だから」
走りながら話し掛ける。
「直ぐにお医者さんが来るから」
返事は無い。
「だから、未だ死なないで」
チリン。
腕の中で鈴が鳴る。
良かった。
鈴ちゃんは未だここに居る。僕と一緒に居る。
「きゃああああっ!」
女の人が悲鳴を上げた。
何? 何かあった?
振り返ると、女の人が僕を指差している。
「首! 首が!」
首?
僕の?
違う。鈴ちゃんの。
そうだ。鈴ちゃんの首が。
「鈴だ!」
「鈴の首だ!」
「何してるんだ、あいつ!」
皆が僕を見る。
何で?
僕は鈴ちゃんを助けようとしているだけなのに。
「誰か止めろ!」
男の人が道を塞いだ。
「ユウキ! 止まれ!」
「退いて!」
「何してるんだ!」
「犯人を追ってる!」
「鈴はどうした!?」
「分からない!」
男の人の横を抜ける。
「お医者さんを呼んで!」
「もう呼びに行った!」
「じゃあ、鈴ちゃんを助けて!」
返事は聞こえなかった。
走る。走る。
息が苦しい。
鈴ちゃんが重い。
違う。
軽い。
こんなに軽かったっけ。鈴ちゃんって。
もっと重かったよね。
いつも僕に抱き付いて来る時。布団の中で僕の上に乗って来る時。
あんなに重かったのに。
何で?
何で、こんなに軽いの?
チリン。
鈴の音がする。
僕は腕の中を見る。
鈴ちゃんの顔。笑っている。
さっきと同じ顔。
僕の返事を聞いた時の顔。
「……鈴ちゃん」
涙が落ちた。鈴ちゃんの頬に当たる。
慌てて拭おうとした。でも、両手が塞がっている。
拭けない。
「ごめん」
何に謝っているのか分からない。
「ごめんね」
走る。
フードの人は未だ見える。でも、遠い。
もっと速く走ろうとした。
その時。
鈴ちゃんの身体は?
「……」
足が止まり掛けた。
身体。
鈴ちゃんの身体。
何処?
何処にある?
……。
置いて来た。
あの道に。
鈴ちゃんの身体を置いて来た。
「……あ」
戻らないと。
身体が無かったら、首を戻せない。お医者さんが来ても、身体が無かったら。
でも、戻ったら犯人を見失う。
もう追い付けない。鈴ちゃんを殺した人が逃げてしまう。
どうすれば良い?
何が正解?
僕は鈴ちゃんの顔を見る。
鈴ちゃんは笑っている。
何で?
何で、そんな顔してるの?
僕、何も出来てないよ。
助けられない。犯人も捕まえられない。
鈴ちゃんの身体まで置いて来た。
なのに。
何で笑ってるの?
「……鈴ちゃん」
返事は無い。
道の向こうで、フードの人が角を曲がった。
見えなくなった。
追えば、未だ間に合うカモ知れない。
振り返る。
鈴ちゃんの身体がある方。
戻れば、お医者さんが来ているカモ知れない。
僕はどちらにも走れなかった。
チリン。
腕の中で鈴が鳴った。
僕は鈴ちゃんの顔を見た。
「……どうすれば良い?」
鈴ちゃんは、何も教えてくれなかった。




