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GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第二章:獣人編

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ep.87[Side M/異世界]Link: 人狼-14

 大和さんのお父さんを探しに行くのは、明日になった。


「今日じゃ駄目なんですか? 未だ明るいし、森までそんなに遠くないですよね」

「駄目だ。親父を置いて来たままなのは俺だって嫌だけど、未だアレが居るかもしれねぇ。俺一人で行って親父を見付けても、抱えて逃げられねぇだろ。何人か集めて、明日の朝に行く」

「……そうですよね」

「だから今日は行かねぇ。親父を迎えに行って、また誰か死んだら意味ねぇから」


 言っていることは分かる。

 分かるけれど、少し納得出来なかった。

 森に一人残されている。

 そう考えてしまう。


「でも……やっぱり、嫌ですね。そこに居るって分かってるのに、置いて帰るの」

「俺も嫌だよ」


 大和さんはそれだけ言った。

 余計なことを言ったと思った。


「……ごめんなさい」

「だから何で美憂が謝るんだよ。俺が嫌だって言っただけだろ」

「何となく、言わない方が良かったかなって」

「別に。俺が考えてねぇとでも思った?」

「思ってません」

「なら良いだろ。帰ろう」


 家へ戻る途中も、殆ど話さなかった。

 何か話した方が良い気がする。

 でも、何を言えば良いのか分からない。


 元気を出してください。

 違う。

 大丈夫ですか。

 大丈夫な訳がない。

 お父さん、見付かると良いですね。

 見付かったところで、もう生きてはいない。

 頭の中に浮かんだ言葉を、一つずつ捨てた。


 介護の仕事をしていると、人の死に立ち会うことがある。

 亡くなった人より、その後に残された人と話す方が難しいと思うことがあった。

 仕事なら言葉がある。

 お悔やみ申し上げます。

 お辛いですよね。

 何かあれば仰ってください。


 間違ってはいない。

 でも今、それを大和さんに言う自分を想像すると、酷く他人行儀に思えた。

 大和さんは家に着くと、椅子に座った。

 私はその近くに立ったまま、何となく動けなかった。


「……美憂、さっきから何で立ってんだ? 座りてぇなら座れば良いし、何かしたいなら別に俺に訊かなくて良いぞ」

「そう言われると、余計に何をしたら良いのか分からなくなります」

「何もしなくて良いだろ」

「大和さんは?」

「俺?」

「何か、してほしいことないですか?」


 大和さんは少し考えた。


「……無いな」

「ですよね」

「何で残念そうなんだよ」

「何かあった方が、私が楽だったので」

「ああ。俺のためじゃなくて、美憂が困ってんのか」

「そう言われると酷い人みたいじゃないですか」

「言ったのお前だろ」


 少しだけ、いつもの大和さんだった。

 私は座った。

 それでも、会話は続かなかった。

 大和さんは何も話さない。

 私も何も話せない。

 こういう時は、そっとしておいてあげる方が良い。

 多分。


「大和さん。私、少し歩いて来ても良いですか?」

「散歩?」

「はい。一人で灯京をちゃんと見たこと無いので。大和さんと歩いてると、ずっと大和さんの後ろを付いて行くだけになるから」

「良いけど、村からは出るなよ。森は勿論、畑にも入んな。知らねぇもん触るな。食うな。抜くな」

「最後のは一回しかしてません」

「一回で死んだだろ」

「あれは、抜いて良いものなのかなって知らなくて」

「だから怖ぇんだよ。知らねぇものを確認する方法が『とりあえず抜いてみる』なの」

「そんな人みたいに言わないでください」

「そんな人だろ」

「違います。あれは転びそうになったついでです」

「もっと悪くなってんじゃねぇか」


 大和さんが少し笑った。


「あと川も行くなよ。あそこも場所によっては危ねぇから」

「川、あるんですか?」

「……今の忘れろ」

「無理ですよ。急に行きたい場所が一個増えました」

「だから言いたくなかったんだよ。今日は道だけ歩け。灯京の中なら人も居るし、何かあったら誰かに声掛けろ」

「大和さん、私を何歳だと思ってます?」

「二十四」

「ちゃんと覚えてる」

「何で驚くんだよ」

「もっと子供扱いされてる気がしたので」

「昨日心臓止めた二十四歳を一人で歩かせんだから、これくらい言わせろ」

「……それを言われると何も言えません」

「だろ?」

「じゃあ、ちゃんと道だけ歩いて、知らないものは触らないで、暗くなる前に帰って来ます」

「最初からそれ言えよ」

「はい。いってきます」

「美憂」


 扉へ向かっていた足を止める。


「何ですか?」

「ちゃんと帰って来いよ」


 大和さんは、こっちを見ていなかった。


「……はい。ただいまって言いに帰って来ます」

「おう」


 家を出た。

 扉を閉める。

 最後に聞いた大和さんの声が普通だったことに、少し安心した。


 灯京を一人で歩くのは初めてだった。

 大和さんと一緒に歩いている時は、知らないものを見付ける度に訊いてしまう。

 あれは何ですか?

 これは食べられますか?

 あの人は何ですか?

 そして大和さんは、大体「見れば分かる」と答える。

 一人だと、誰にも訊けない。

 だから、自分で見るしかなかった。


 土の道を歩く。

 木造の家が並んでいる。

 窓辺に見たことのない花を飾っている家。

 軒先で肉らしいものを干している家。

 大きな耳の女の人が洗濯物を取り込んでいた。


 向こうから、小さな子供が二人走って来る。

 片方には兎みたいな耳があった。

 もう一人には何もない。

 私の横を通り過ぎて、そのまま笑いながら走って行く。

 振り返った。

 どちらが何なのか。

 もう、あまり気にならなかった。

 少し前までなら、耳のある方を見ていたと思う。

 今は、転びそうになった子の手をもう一人が引っ張ったことの方が気になった。

 また歩く。


 灯京は思っていたより広かった。

 でも、町というより村に近い。

 家と家の間が広く、畑もある。

 誰かとすれ違う度に、私を見る。

 外から来た人間が珍しいのだと思う。


「こんにちは」


 試しに言ってみた。


「……こんにちは」


 返って来た。

 少し嬉しい。

 もう一人。


「こんにちは」

「こんにちは」


 今度は直ぐ返って来た。

 三人目にも言ってみようとして、止めた。

 何をしているんだろう。

 私は一人で少し笑った。


 歩いているうちに、家が途切れて広い場所へ出た。

 広場だった。

 真ん中に、大きな銅像が建っている。


「……」


 足が止まった。

 少し古い。

 ところどころ色が変わっている。

 でも、汚れてはいなかった。

 台座の周りには草が殆ど生えていない。

 誰かが手入れしているのだと思う。

 大切にされている。

 それだけは分かった。

 近付いて、見上げる。

 人間の子供と、獣人の子供。


 二人の手の間に、林檎みたいなモノがある。

 何を表しているのかは分からない。

 文字らしいものも刻まれているけれど、私には読めなかった。


「林檎……?」


 帰ったら訊いてみよう。

 そう思ってから、今日はやめておこうと思い直した。

 知らないことは、明日でも訊ける。

 大和さんのお父さんのことは、明日になっても変わらない。

 でも、今日しか一人になりたくない時間があるのかも知れない。

 私は銅像に背を向けた。

 帰ろう。


 家の近くまで戻ると、良い匂いがした。

 扉を開ける。


「ただいま戻りました」

「おう。おかえり。思ったより遅かったな」

「ちゃんと道だけ歩いてましたよ。大和さんが思ってたより灯京が広かっただけです」

「何で先に言い訳すんだよ」

「絶対訊かれると思ったので」

「じゃあ訊かねぇ。何か変なもん触ったか?」

「訊いてるじゃないですか」

「触った?」

「触ってません。広場に銅像があったから、それを見てただけです」

「ああ、あれか」

「知ってるんですね」

「村長だからな」

「今度教えてください」

「今じゃねぇの?」

「今日は良いです。大和さんのお父さんのことがあるから」


 言ってから、また余計だったかと思った。

 でも大和さんは普通に鍋を混ぜた。


「別に、それとこれは関係ねぇけどな。知りたくなったら訊けば良いよ」

「……じゃあ、また今度訊きます」

「何だよ。結局訊かねぇのか」

「今日はもう、知らないことが増え過ぎました」

「まだ何も教えてねぇだろ」

「アレが居て、お父さんが蛇で、大和さんが泣いて、銅像まであって。充分です」

「親父が蛇なのは今日知った話じゃねぇだろ」

「そうなんですけど……」


 そこで引っ掛かった。

 大和さんのお父さん。

 蛇。

 大和さん。

 狼。


「どうした?」

「いえ。あとで訊きます」

「今訊けよ。気になるだろ」

「大和さん、御飯作ってるから」

「口は空いてる」

「じゃあ……大和さんのお父さんって、何で蛇なんですか?」

「何でって、蛇だからだろ」

「そういう答えが返って来ると思いました」

「じゃあ何が訊きてぇんだよ」

「親子なのに、何で種類が違うのかなって。大和さんは狼でしょう? お父さんは蛇だったし、普通ならどっちかに似るんじゃないのかなって」

「ああ……」


 大和さんが漸く納得したように頷いた。


「美憂、俺達が生まれた時から獣人だったと思ってんのか」

「違うんですか?」

「違う。親父もお袋も、俺も、元は人間だよ。そこから親父は蛇になって、俺は狼になった。それだけ」


 あまりにも普通に言われて、意味が入って来るまで少し時間が掛かった。


「……ちょっと待ってください。大和さん、人間だったんですか?」

「ああ。何だと思ってたんだよ」

「最初から狼の人」

「狼の人って何だよ」

「だって、初めて見た時から狼だったし……じゃあ、お父さんも最初は普通の人だったんですか?」

「そう。親父もお袋も俺も人間。だから蛇から狼が生まれた訳じゃねぇよ」

「じゃあ……」


 頭の中で、蛇と狼を一度消す。

 人間のお父さん。

 人間のお母さん。

 人間の大和さん。


「……浮気じゃなかったんだ」

「そこに戻るのかよ」


 大和さんが噎せた。


「だって、ずっと引っ掛かってたんです。蛇のお父さんから狼の息子が生まれるなら、狼のお父さんが別に居るのかなって」

「居ねぇよ。親父はちゃんと俺の親父だし、お袋も浮気してねぇ。何で五十年経ってから知らねぇ女に家庭疑われなきゃならねぇんだよ」

「知らない女じゃないです」


 口にしてから、少しだけ止まった。

 大和さんも止まった。


「……そうだな」

「はい」


 大和さんは少し笑った。


「でも親父に聞かせたかったな。『お父さん蛇だから浮気ですか?』って」

「怒りません?」

「多分笑う。あの人、ああ見えて結構笑うから。永遠名にも最初は怖がられてたけど、慣れたら普通だった」

「……そうだったんですね」

「ああ」


 お父さんの話をしている。

 さっきまで、触れない方が良いと思っていた。

 でも大和さんは少し笑っていた。

 話さないことだけが優しさではないのカモ知れない。


「じゃあ、大和さんも人の姿になれるんですよね? 画面で話してた時、人狼って聞いて、人の姿もあるのかなって思ってたんです」

「なれるよ。ただ、こっちの方が楽だから普段はこのまま。親父は逆に人の姿で居ることの方が多かったな。蛇の姿、あんまり好きじゃなかったみたいだし」

「何でですか?」

「舌が勝手に出るの、気になるって言ってた」


 昨日見た、小さな舌を思い出した。

 私は少し笑ってしまった。


「笑うなよ。本人、結構気にしてたんだから」

「ごめんなさい。でも……大和さんのお父さんにも、そういうのあったんだなって」

「そりゃあるだろ。親父だぞ。偉そうだったけど、普通に面倒くせぇとこもあったし」

「大和さんと似てますね」

「何処が」

「面倒くさいところ」

「美憂さ、最近俺への扱い雑になってねぇ?」

「仲良くなったってことです」

「便利な言葉だな、それ」

「大和さんの『見れば分かる』よりは便利だと思います」

「まだ根に持ってんのか」


 大和さんが笑った。

 私も笑った。

 夕食が出来るまで、私は皿を並べた。


「大きい方、大和さんですよね。私は小さい方で良いです」

「今日は素直だな」

「昨日、大和さんと同じ量を出された理由が今分かったので。身体の大きさも違うし、七十歳の人と張り合う必要もないし」

「……何で今、七十って出た?」

「え?」


 自分で言ってから止まった。

 七十歳。

 何となく口に出した。

 でも、ちゃんと考えたことはなかった。


「大和さん、永遠名さんと会ったのが五十年前なんですよね」

「……ああ」

「その時って、何歳だったんですか?」

「若かったよ」

「それは分かります。永遠名さんに会った時から七十歳だったら、今百二十歳になっちゃうので」

「それでも俺らなら別に珍しくねぇけど」

「え?」

「あ」

「ちょっと待ってください。今また私が知らないこと言いましたよね」

「先に飯食おうぜ」

「駄目です。こういう時だけ逃げるの、ずるいです」

「逃げてねぇよ。腹減ってんだよ」

「じゃあ食べながら話してください。永遠名さんと会った時、大和さん何歳だったんですか?」


 大和さんは料理を運びながら、少しだけ考えた。


「二十くらい」

「二十……」


 五十年前。

 二十歳。

 頭の中で足す。


「七十じゃないですか」

「だから?」

「だからって……七十歳ですよ?」

「そうだな」

「何でそんな普通なんですか?」

「俺にとっては普通だからだろ」

「七十歳って、私の世界なら普通にお爺ちゃんです」

「人間ならな。獣人は三百くらいまで生きるから、七十なんて若ぇよ」

「三百?」

「大体な。もっと長い奴も居るし、短い奴も居る。人間と同じだよ」


 今度は、本当に言葉が出なかった。


「……三百歳まで生きるんですか?」

「だから大体だって。絶対三百で死ぬ訳じゃねぇよ」

「そういう問題じゃなくて……私、大和さんの年齢をずっと三十歳くらいだと思ってました」

「訊かれなかったから言わなかっただけだぞ」

「マッチングアプリなら年齢は最初に書くところです」

「俺、そのアプリ使ったことねぇって何回言わせんだよ」

「もし七十歳って書いてあったら、多分いいねしてません」


 言ってから、空気が止まった。

 大和さんは怒らなかった。


「まあ、そうだろうな」


 普通に言われた。

 その方が少し痛かった。


「……でも、今は違います」

「何が?」

「最初に七十歳って数字だけ見たら、知らない七十歳の人だから、いいねしなかったと思います。でも今は、大和さんを知った後に七十歳だって分かったから……大和さんが七十歳だった、ってだけです」


 大和さんは暫く何も言わなかった。

 私は急に恥ずかしくなって、料理を口に運ぶ。


「……変なこと言いました?」

「いや」

「じゃあ何で黙るんですか」

「ちょっと嬉しかったから」


 今度は私が黙った。

 大和さんは普通に食べ始める。


「そういうの、急に言わないでください」

「美憂が先に言ったんだろ」

「私はそんなつもりじゃ」

「分かってる。だから余計に嬉しかった」

「……もう食べましょう」

「食ってる」


 私は少し冷めた料理を口に入れた。

 さっきより味が分からなかった。


「でも、三百歳なんですよね」

「まだそこ気になる?」

「気になりますよ。大和さん、あと二百年以上生きるカモ知れないってことでしょう?」

「ああ」

「私はそんなに生きません」


 大和さんの手が止まった。

 今度は笑わなかった。


「……そうだな」


 その一言だけで、急に話が重くなった。

 私は慌てて続ける。


「別に今すぐ死ぬって話じゃないですよ。私だって二十四だし」

「分かってる」

「だから……」

「美憂」

「はい」

「今は、その話しなくて良いんじゃねぇか」


 大和さんは静かに言った。


「俺は今日、親父が死んだ。永遠名は五十年前に死んだ。それでも今、美憂と飯食ってる。先のこと考えたって、今日一緒に居ることは変わらねぇだろ」

「……はい」

「百年後にどうなるかより、明日親父を迎えに行く。その次の日、美憂が未だここに居るなら、一緒に飯食う。それで良いよ」

「大和さん、たまに凄くちゃんとしたこと言いますよね」

「たまにって何だよ」

「普段が普段なので」

「さっき良いこと言った俺にそれ言う?」

「照れたので、ちょっと壊したくなりました」

「美憂も結構面倒くせぇな」

「仲良くなったってことです」

「またそれかよ」


 大和さんが笑った。

 私も笑った。

 少しして、私は料理をもう一口食べた。


「……大和さん」

「今度は何だ?」

「これからも、一緒に御飯食べましょうね」


 大和さんの手が止まった。


「それ、どれくらい先まで言ってる?」

「今は明日の晩御飯までです」

「短ぇな」

「さっき大和さんが、先のこと考えなくて良いって言ったので」

「そうだけどよ」

「明日になったら、明後日の分も考えます」


 大和さんは少しだけ笑った。


「じゃあ、それで良い」

「はい」


 人間だった大和さん。

 人間だったお父さん。

 そこから一人は狼になって、一人は蛇になった。

 どうしてなのかは、未だ知らない。

 広場にあった銅像も。

 二人の子供の間にあった林檎も。

 知らないことばかりだった。

 でも、今日はもう良い。

 全部を一晩で知る必要はない。

 明日、また一つ知れば良い。

 その次の日も。

 大和さんが話してくれるなら、少しずつ。

 私は温かさの残った料理を口に運んだ。

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