↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第二章:獣人編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/83

ep.83[Side Y/異世界]Link: 猫又-12

 男の人が一気に距離を詰める。


 速い。

 竹刀が正面から落ちて来る。

 僕も竹刀を上げた。


 二本の竹刀が重なる。

 乾いた音が道場に響いた。

 手首に重さが来る。


 思っていたより強い。

 力だけじゃない。

 竹刀の置き方が上手い。


 押される。

 僕は後ろの足を残したまま、一歩だけ下がる。

 男の人も追って来ない。


 一度、距離が開いた。


「案外やれるんですね」

「これくらいは、ね」


 本当は少し安心した。

 全く通用しなかったらどうしようと思っていた。

 シルヴィに教わった剣は、ちゃんとこの世界でも使える。


 男の人が竹刀を構え直す。

 僕も構える。

 前に出る足。

 後ろに残す足。


 男の人の視線が僕の足元へ落ちた。


「やはり、おかしな構えですね」

「そう?」

「『逃げ』が見えます」


 僕は自分の足を見る。

 別に、変なことをしているつもりは無い。


――『逃げ道を残すの?』。


 前に出る足。

 後ろに残す足。


『残すっていうか……逃げ道が無いと身体が固まる』


 シルヴィの声が聴こえた。

 残す足が逃げ道になる。


「そんな心持ちで、勝てると思っているんですか?」

「逃げちゃ駄目なの?」

「……何?」


 男の人の声が少しだけ止まった。


「勝てないなら、逃げれば良いでしょ?」

「剣を持って向かい合っている相手から?」

「うん」

「甘いですね」

「そうかな」


 昨日の牛の獣人を思い出す。

 斧を下ろした背中。

 そこへ刺さった矢。


「逃げられるなら、逃げた方が良いと思うけど」

「相手が追って来たら?」

「逃げる」

「追い付かれたら?」

「その時は戦う」

「では、最初から戦えば良い」

「何で?」


 男の人が黙った。


「戦わなくて済むカモ知れないでしょ?」

「剣を抜いた時点で、戦いは始まっています」

「でも、終わらせ方まで決まってる訳じゃない」


 男の人の竹刀が少し上がる。


「相手を斬る覚悟が無い」

「無い方が良くない?」

「剣士としては致命的です」

「僕、剣士じゃないから」

「剣を持っているでしょう」

「持ってるけど」


 腰のシルヴェーヌを見る。

 シルヴィから貰った剣。

 僕は剣士になりたくて剣を持った訳じゃない。


「斬らなくて済むなら、その方が良いよ」

「綺麗事ですね」

「そうカモ知れない」


 否定する理由も無かった。


「でも、逃げられるのに斬る必要は無いでしょ」

「逃げ道を残していては、踏み込めない」

「逃げ道が無い方が怖くない?」

「怖い?」

「うん」


 男の人を見る。


「逃げられないと思ったら、斬るしかなくなるから」


 昨日の牛の獣人は、そうだった。


 囲まれて。

 刀を向けられて。

 逃げられなくなって。


 だから斧を構えた。

 僕は逃げ道を作ったつもりだった。

 作れなかった。


「やはり、甘い」


 男の人の声が低くなる。


「そうカモね」


 竹刀を握る。

 握り過ぎない。


 男の人が動いた。

 今度はさっきより速い。


 正面。

 竹刀を合わせる。


 受ける。

 重い。


 直ぐに横から来る。

 避ける。


 もう一度。

 肩。

 手首。

 頭。

 狙う場所が次々変わる。


 僕は後ろへ下がる。

 一歩。

 もう一歩。


 残す足を使って距離を作る。

 でも、男の人はその距離を潰して来る。


 速い。

 けれど、シルヴィとは違う。

 シルヴィの剣はもっと静かだった。


 何処へ来るのか分からないまま、気付いた時には線が通っている。


 この人の剣は違う。

 目の前から来る。


 見えている。

 なのに、間に合わない。


 竹刀が横から来る。

 僕は受ける。

 手が痺れた。


「っ……」

「逃げているだけでは勝てませんよ」

「未だ負けてないよ」

「では、どうぞ」


 男の人が一度離れた。

 誘われている。


 分かる。

 でも、行かないと何も始まらない。

 僕は前へ出た。


 竹刀を振る。

 男の人が身体をずらす。

 当たらない。


 次。

 もう一度。

 避けられる。


 竹刀が返って来る。

 僕は身体を引く。

 間一髪で顔の前を通り過ぎた。


「危なっ」

「逃げましたね」

「逃げるよ」


 男の人の肩が少しだけ動いた。

 笑ったのカモ知れない。


 もう一度、距離が縮まる。

 竹刀を合わせる。

 今度は押し返せた。

 そのまま前へ出る。


 男の人が下がる。

 初めて、相手の足が後ろへ動いた。


「お」

「何です?」

「今、逃げた」

「間合いを取っただけです」

「僕も、それだった」

「違います」


 即答だった。


「狡いなぁ」


 男の人の竹刀が来る。

 避ける。


 僕も返す。

 竹刀同士がぶつかる。

 離れる。

 また近付く。


 何度目か分からなくなった。

 腕が重い。

 呼吸も少し速くなっている。


 男の人は未だ崩れない。

 強い。

 多分……僕よりずっと。


 それが分かる。


 シルヴィと剣を交わせるようになったから、僕も強くなったと思っていた。


 違う。

 僕は、シルヴィに合わせてもらえるくらいにはなっただけだ。


 それでも。

 何も出来ない訳じゃない。


 男の人の竹刀が上がる。

 頭。

 そう思った。


 だから、横へ逃げる。

 でも違った。

 竹刀が途中で軌道を変える。


「っ!」


 肩へ来る。

 竹刀を上げる。


 遅い。

 腕に当たった。

 鈍い痛みが走る。


「痛っ!」


 男の人が止まる。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫」


 腕を動かす。

 痛い。

 でも動く。


「続けます?」

「勿論」


 竹刀を構える。

 男の人も構える。

 今度はさっきまでと空気が違った。


 少しだけ。

 本当に少しだけ。

 遊びじゃなくなった気がする。


「行きます」

「はい」


 男の人が踏み込んだ。


 速い。

 さっきまでで一番。


 正面から竹刀が来る。

 僕も竹刀を出す。


 重なる。

 押し負ける。

 竹刀が弾かれた。


「あ」


 腕が外へ流れる。

 空いた。

 頭。


 男の人の竹刀がそのまま真っ直ぐ落ちて来る。

 避けられない。


 後ろの足は残っている。

 でも、間に合わない。

 頭に当たる。


 そう思った。


 線が見えた。


 竹刀。

 僕。

 その向こうの壁。

 一本で繋がる。


 振らない。

 通す。

 ヴェール=パッサージュ・リーニュ。


 竹刀を置く。

 抵抗が走った。


 次の瞬間。

 男の人の竹刀から、先端側が離れていた。

 切断された竹が僕の横を通り過ぎる。


 頭には当たらない。

 後ろで、何かが床へ落ちた。

 道場が静かになった。


 僕は男の人を見る。


「大丈夫だった?」

「……何がですか?」

「君と、壁際のギャラリさん達」

「は? 何を言って――」


 男の人の声が止まった。

 手に残っていた竹刀を見る。

 半分になっている。


 切断面は、妙に綺麗だった。

 壁際に居た人達も動かない。


 その後ろ。

 木の壁に一本の細い切れ込みが入っていた。


 僕の位置から。

 男の人の竹刀を抜けて。

 壁まで。


 一本の線。

 誰も怪我はしていない。


「大丈夫そうだね」


 息を吐く。

 男の人が僕を見る。

 面の奥からでも分かるくらい、視線が止まっていた。


「……何なんですか? あなたは」

「ユウキです」

「それは聞きました」

「あ、そうだった」


 男の人が面を取る。

 さっきまであった笑顔は消えていた。


 半分になった竹刀を見る。

 壁を見る。

 僕を見る。


「今、何をしました?」

「通しました」

「……何を?」

「線を」


 男の人の眉が寄る。


「線?」

「はい」

「竹刀で?」


 僕も自分の竹刀を見る。

 こっちは壊れていない。


「竹刀でも出来るんだ」

「……今、初めてやったんですか?」

「竹刀では」


 男の人が何も言わなくなった。


「それは、何という流派です?」

「流派?」


――心源流。


 さっき、この人がそう言っていた。

 僕は考える。


「分かりません」

「分からない?」

「教えてくれた人に、流派の名前を訊いたことが無いので」

「では、今の技は?」

「技じゃないです」


 シルヴィの声を思い出す。


『それは技名じゃない。技術の名前』


「ヴェール=パッサージュ・リーニュ」

「……」

「技術の名前です」


 男の人が僕を見る。


「誰に教わったんです?」

「シルヴィ」

「先程言っていた、エルフですか?」

「うん」


 男の人が切れた竹刀をもう一度見る。


「その人は、何者なんです?」

「何者……」


 少し考える。


 エルフの森の長老の娘。

 剣が強くて。

 僕に剣を教えてくれて。


――僕が好きになった人。


「シルヴィは……部隊長だよ」


 男の人は暫く僕を見ていた。


「……あなたも大概ですね」

「何が?」

「分かりません」

「そっか」


 僕は竹刀を下ろした。


「じゃあ、僕の負けですね」

「……は?」

「さっき、頭に当たってたでしょ?」

「ですが――」

「リーニュを使わなかったら、普通に一本取られてた」


 男の人が黙る。


「強いね。心源流」


 僕が言うと、男の人は半分になった竹刀を見る。

 それから壁を見る。


「……今、それを言われても、全く嬉しくありません」

「何で?」

「本気で訊いています?」

「はい」


 男の人は大きく息を吐いた。


 壁際から、誰かが笑った。

 一人が笑うと、もう一人も笑った。

 漸く道場の空気が少し戻って来る。


「取り敢えず――」


 男の人が僕を見る。


「壁の修理代について話しましょうか」

「あ」


 壁を見る。

 細い切れ込み。

 でも、確実に切れている。


「……お金、持ってないです」

「……」

「明日から警備の仕事があるので、分割で」

「何なんですか、本当に」


 今度は壁際の人達も声を出して笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。