ep.76[Side M/異世界]Link: 人狼-10
次の日。
胸の痛みは未だ残っていた。
息を大きく吸うと少しだけ痛む。
でも、昨日よりは楽だった。
朝ご飯を食べ終えると、大和さんは腰に剣を差した。
「ちょっと行くところがある」
私は思わず顔を上げた。
「どこに行くんですか?」
訊いた後で、少しだけ後悔した。
普段の私なら訊かない。
誰にだって言いたくないことはある。
場所を濁した時点で、訊かないでほしいという意味かも知れない。
でも今日は違った。
大和さんだから訊けた訳じゃない。
ただ、知りたいと思った。
「森だ」
「森……私も行ってみたいです」
「危ねーぞ」
「でも……」
「俺が守ってくれると思ってんだろ?」
「はい」
私は小さく頷いた。
少しだけ恥ずかしかった。
でも、大和さんは笑わなかった。
「……そういう約束だからな」
「約束?」
「行くぞ」
それだけ言って歩き出す。
私は慌てて後を追った。
村を抜ける。
畑を抜ける。
昨日倒れた場所を横目に見ながら、更に奥へ進む。
森は静かだった。
鳥の声。
葉が揺れる音。
踏み締める落ち葉の音。
どれも灯京では聞いたことがない音だった。
「薬草ですか?」
「違う」
「狩り?」
「違う」
「秘密ですか?」
「秘密ってほどでもねぇ」
その返事だけで終わる。
私は少しだけ笑った。
やっぱり説明は少ない。
でも、嫌ではなかった。
歩き慣れている道なんだと思う。
迷いが無い。
枝を避ける動きも自然だった。
暫く歩くと、小さく開けた場所へ出た。
風が止まる。
木漏れ日だけが静かに落ちていた。
その真ん中に、小さな墓石が一つあった。
周りの草だけ綺麗に刈られている。
花も新しい。
木の器には、澄んだ水が入っていた。
誰かが、ずっと手入れしている場所だった。
「……お墓ですか」
「あぁ」
大和さんは墓石の前へ歩く。
慣れた手付きで花を替え、水を入れ替え、墓石を布で静かに拭いた。
何度も繰り返した動きだった。
私は何も言えなかった。
全部が自然だったから。
「誰のお墓ですか?」
大和さんは少しだけ墓石を見つめた。
「永遠名だ。永遠の名前」
私はその名前を心の中で繰り返した。
「永遠、名……」
──日本人の名前。
「もしかして……私と同じ」
「あぁ」
大和さんは静かに頷いた。
「リンクした」
私は思わず息を止めた。
「いつですか?」
「五十年前」
「五十年!?」
思わず声が大きくなった。
五十年。
五十年前。
そんな昔から。
大和さんは少し照れたように笑う。
「女々しいだろ?」
「……いえ」
本当にそう思った。
女々しいなんて思わない。
五十年も忘れられない人がいる。
その重さを、私は想像も出来なかった。
「先に言わなきゃいけなかったな」
大和さんは立ち上がった。
でも、墓石からは目を離さない。
「俺は永遠名を守れなかった」
静かな声だった。
「だから、死ぬまで毎週、永遠名に謝りに来る」
五十年。
毎週。
その数字が頭の中で何度も重なる。
「けれど、美憂」
「はい」
「美憂を蔑ろにする訳じゃねぇ」
私は顔を上げた。
「美憂は生きてる」
「……」
「俺と一緒に今を生きてる」
その言葉は真っ直ぐだった。
誤魔化しが無い。
「そして、もし美憂が良ければ──」
大和さんは少し俯く。
「俺との未来も、あるかも知れねぇ」
胸が少し熱くなる。
昨日とは違う痛みだった。
「けど、永遠名は過去で、俺の後悔だ」
「……はい」
「過去の後悔があるから、今の俺が居て──」
大和さんは少し考える。
「未来の俺が居る」
それから大きく息を吸った。
「だから……」
少し黙る。
「だから……だから……?」
「?」
「何、言いたかったか分からなくなった」
私は吹き出した。
「……ぷっ」
「笑うな」
「すみません」
「あ」
私は口を押さえた。
「また謝りました」
「癖だな」
「直します」
「それも癖だ」
私はまた笑ってしまう。
大和さんも少しだけ笑っていた。
そうだ。
今ここに居る大和さんは、五十年前を置いて来た人じゃない。
五十年前を抱えたまま、生きて来た人なんだ。
永遠名さんを忘れた人じゃない。
忘れられなかったから、今の大和さんになった。
だから私は、この人を今日初めて知った気がした。
森を吹き抜ける風が、花を少しだけ揺らした。
まるで誰かが、小さく笑ったみたいだった。




