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GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第二章:獣人編

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ep.73[Side シルヴェーヌ/幕間]エルフ-間話

 夜は白くない。

 白くないから、森の輪郭が曖昧になる。

 曖昧になるのに、危険だけは逆に近付く。


 歩く音を立てないようにする。

 立てないようにすると、耳が要らない音まで拾う。

 拾うから、心が先に疲れる。


 私は廊下の角で止まった。

 木目の床に落ちる灯りが薄い。

 薄い灯りの中で、扉だけが固く見える。


 あの部屋の扉だ。


 今日、私が閉めた扉。

 閉めた手袋の感触がまだ残っている。


 私は指を見た。

 白い手袋は綺麗だ。

 綺麗なのに、指先だけが少し重い。

 重いのは、汚れじゃない。

 言わなかった言葉の重さだ。


 扉を叩く回数を、私は指の関節で確かめた。

 四回。

 四回以外は開けさせるな。

 四回以外は、誰にも。


 私は四回叩いた。

 短く、均等に。

 叩く音が木に吸われて、すぐ静かになる。

 静かになった瞬間、内側の気配が固くなったのが分かる。


 ミユは賢い。

 賢いから、怖がり方も正しい。

 正しい怖がり方は、人を動けなくする。


 扉が開いた。

 ミユの目が私を見付ける。

 見付けて、安心しかけて、それから止まる。

 私の顔が今日の顔じゃないと気付いた顔だ。


「……シルヴェーヌ?」


 私は返事を短くする。

 短くしろと言われたからじゃない。

 短くしないと、声が震える。


「入る前に、これ」


 私は石を出した。

 掌に乗せた時、石は軽かった。

 軽いのに、落とせないと思わせる重さがある。


 ミユの掌に置く。

 置いた瞬間、熱が来る。

 熱が来るのに、私は離す。


「落とさないで」


 言い方が命令の形になる。

 命令をしたい訳じゃない。

 でも、命令じゃない形は今は使えない。


「……これ、転移石?」


 ミユが訊いた。

 私は頷かない。

 首を振らない。

 答えない。


 答えれば、彼女は意味を知る。

 意味を知れば、彼女は選べる。

 選べる人は、必ず善い方へ行こうとする。

 善い方へ行こうとして、森が焼ける未来が残る。


 私は答えないまま、彼女の指先を軽く握った。

 握ったのは、伝えるためじゃない。

 伝えられない代わりに、残すためだ。


「ごめん」


 それだけ言って、私は扉を閉めた。

 閉めた音が妙に大きい。

 大きいのに、あの部屋の中は静かなままだ。


 閉めた扉の向こうで、ミユが石をポケットに入れる気配がする。

 気配だけで分かる。

 分かってしまう。


 彼女は分からないまま受け入れる。

 分からないまま信じる。

 信じるから、私は今日の「ごめん」を言った。


 私は廊下を走った。

 走ると服が揺れる。

 揺れる服の音だけが、私の焦りを誤魔化してくれる。


 曲がり角の先に、リュミエル様が居た。

 灯りの外に居るのに、目だけが明るい。

 明るい目は、優しさじゃない。

 決めるための光だ。


「渡しましたか?」


 私は息を整えた。

 整えたつもりでも胸は落ち着かない。


「……はい」

「質問はされましたか?」

「……されました」

「答えましたか?」


 私は一瞬だけ視線を落とした。

 落とした瞬間、手袋の白さが目に刺さる。


「……答えていません」


 リュミエル様は頷いた。

 頷きは肯定だ。

 肯定なのに、胸が痛い。


「あなたが悪いのではありません」


 その言葉は私を救わない。

 救わないどころか、私を動けなくする。

 赦しは、責任を軽くしない。

 責任の形を固める。


「……ミユは、話せば協力してくれます」


 私は言ってしまった。

 言うつもりじゃなかったのに、口が先に動いた。

 動いた口が、私の甘さを晒す。


「えぇ。そうでしょう」


 リュミエル様は淡々と言った。

 淡々としているから、否定より冷たい。


「ですが、それは賭けです」


 賭け。

 賭けという言葉は軽い。

 軽いのに、この森の命が全部乗っている。


 私は唇を噛んだ。

 噛むと血の味がする。

 血の味がするから、現実だと分かる。


「指示が多過ぎます」


 私はやっと言えた。

 言えた瞬間に喉が熱くなる。

 喉が熱くなるのに、涙は出ない。


「ノックの回数。窓を開ける幅。飲む回数。返事の長さ。……何の意味が?」


 リュミエル様は少しも表情を変えない。

 変えないまま、言った。


「何の意味もありません」


 私は一歩、止まった。

 止まった足が、床の木目に刺さる。


「……は?」


 私の声は短い。

 短い声しか出ないのが、今日の自分の限界だった。


「意味のありそうなことを、説明されずに受け入れる。これを繰り返すと、人は『理解する』より先に『従う』ようになります」


 淡々とした声。

 淡々とした声が、私の胸を刺す。


「そんな……残酷な……」

「残酷です」


 認めるのが早い。

 早いから、反論が潰れる。


「ですが、あなたは今も『話せば分かる』と言った。私はそれを否定しません。ミユさんは誠実に話せば協力してくれる可能性の方が高い」


 私は頷きそうになって、止めた。

 頷いたら、その先の言葉まで正しくなる気がした。


「では、なぜ……」

「低い可能性で森が焼き尽くされ、エルフの森の全員が皆殺しになる未来が残ります」


 言葉が重い。

 重いのに、声の温度は変わらない。

 温度が変わらないから、これは恐怖じゃなく計算だと分かる。


 私は息を吸った。

 吸った息が胸の中で詰まる。

 詰まったまま吐けない。


「ここは、ミユさんの善性に賭ける場面ではありません。必ず、森を守る方法を選択する場面です」


 その瞬間、私は理解してしまった。

 意味の無い指示は、ミユのためじゃない。

 森のためでもない。

 “選択”の余地を奪うためだ。


 そして、私はもっと怖いことにも気付く。

 私はその指示を「意味があるはず」と思って受け入れていた。

 意味があると信じたから、抵抗しなかった。

 抵抗しなかったから、ミユにも同じことが出来た。


 私は今日まで、ずっとその仕組みの中に居た。


「……私も、騙されていたんですか?」


 声が小さくなる。

 小さくなるのに、言葉は鋭い。


 リュミエル様は首を振らない。

 頷かない。

 否定しない。


「あなたは、賢い。賢いからこそ『意味』を見付けてしまう。見付けた意味があなたを助けるとは限らない」


 私は指先を握った。

 白い手袋が少し鳴る。

 鳴る音が私の中の何かが折れた音に似ていた。


「転移石ではありません」


 リュミエル様が初めて情報を落とした。

 落とし方が正確だ。

 だから、今落とすべき情報だけだと分かる。


「居場所を追える石です。あなたが渡したことで、彼女は『分からないまま持つ』。それで良い」


 私は目を閉じた。

 閉じた目の裏に、ミユの掌の熱さが残っている。


「だから……あなたは『ごめん』しか言えなかった」


 リュミエル様が言った。

 言われた瞬間、胸が痛んだ。

 痛むのに、私は否定出来ない。


 私は今日、ミユに誠実じゃなかった。

 でも、森には誠実だった。

 誠実の向きが違うだけで、人は簡単に悪者になる。


 私は目を開けた。

 廊下の灯りは薄いままだ。

 薄い灯りの中で、私は自分が白い手袋をしていることが急に怖くなった。


「……この森を守るために、あなたはどこまでやりますか?」


 私の問いは震えていた。

 震えているのに、逃げたくない。


「必要なところまで」


 リュミエル様は答えた。

 短い答え。

 短いから、終わりが見えない。


 私は息を吐いた。

 吐いた息が白くならないのに指先だけが冷たい。


 その冷たさの中で私はやっと自分の役目を自覚する。

 私は剣を持つ者だ。

 剣は敵だけじゃなく、味方の選択肢も切る。


 今日、私はミユの選択肢を切った。

 切ったから、森は生き残るかも知れない。

 なのに私は未だ胸を張れない。


 私は戻る。

 戻って、また四回叩く。

 四回叩ける自分で居続ける。

 それが残酷でも。


 廊下の先で、遠い合図の音が鳴った。

 笛なのか木片なのか分からない。

 分からない音が増えるほど意味の無い指示の意味が増えていく。


 私は走った。

 走りながら、今日の「ごめん」を何度も舌の上で転がした。

 転がしても味がしない。

 味がしないから、未だ終わっていない。

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