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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜  作者: 愛崎 朱憂
第二章:獣人編

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ep.65[Side Y/現代]Link: 猫又-03(中編)

 四月十一日、土曜日の昼前。


 雨は降ったり止んだりを繰り返している。

 リーバイス511に両脚を通し、ジャケットを羽織る。

 鏡の前でChapeau d’ Oのキャスケットを被った。

 Dr.Martensのブローグシューズに靴ベラを合わせ、足を滑り込ませていく。


 エレベータで一階に降り、エントランスに来たところで傘を持ってないことに気付いた。

──戻るべきか?

 一瞬の躊躇の後、踵を返すことなく歩き出していた。


 風に乗って頬を掠める水滴がジャケットの肩に小さく丸い跡を作っていく。

 工業街口駅前のスターバックス。

 特に見どころの無い街にしては人が多く、レジには数人の列が出来ていた。


 今日は、マンゴーパッションティーフラペチーノのヴェンティサイズをティー抜きにしてホワイトモカシロップを追加。

 「持ち帰りで」と頼み、アプリを起動させたスマートフォンをカウンタに置く。

 JREカードは持っていない。


 バーでドリンクを仕上げていたのはみおちゃんだった。


「久し振りだね。全然会わないから辞めたのかと思ってた」

「そうですよ!全然来ないから、引っ越しちゃったのかと思ってましたよ」

「悪魔祓いしそうだった?」

「はい。バチカン市国からエクソシストの派遣を要請してました」


 みおちゃんは笑う。


「もしかしてだけど、お昼に働いてばっかり?」

「はい。殆ど土日のお昼です」

「だから会わないんだな。僕、大体平日の夜に来るし」

「土日のお昼も来てください」

「そしたら、ふらっと行ってくれる?」

「はい。しゃーぷじゃないなら行きます」

「へぇ……みおちゃん、中々やるね。栞ちゃんみたいだ」

「あ、栞さん──」

「知ってる」

「ゆうきさんって、このスタバのパートナーみたいですね」

「うん。新人さんが入ったら「見掛けねー面だな」って言うのが夢」

「ふふ、怖がるから止めてくださいね」


 みおちゃんからカップを渡されると『Thank you』の文字と、その横に上手く丸を描けなかったのか、不格好なニコちゃんマークが描かれていた。


 店内の窓から外を見ると舗道を行き交う人達の傘がまばらに揺れている。

 カスタムされたマンゴーフラペチーノを片手に店を出た。



 電車に揺られていると、隣に母娘が座った。

 幼稚園くらいの女の子で頭に髪クリップが大量に付いている。

 全てがちぐはぐで、アレは女の子のセンスなのかと考えていると、その子と目が合った。

 僕が笑うと、女の子も笑顔でそれに応えてくれた。


 その笑顔を受け止めて、僕は視線を前に移す。


 前方にはジーパンの後ろポケットに布タグを付けたままで、吊り革に捕まっている高校生くらいの女の子が立っている。

 『ltxc denim』の文字。


──コレも意図的なのだろうか、それとも外し忘れなのか。


 そんなことを考えていると、不意に振り返った女の子と目が合い、今度は僕がつま先から頭まで全身を値踏みされた。


 視線を下げると、自分が手に持っているスタバのカップ。

 その不恰好なニコちゃんマークが傘を描いたモノだと分かった。


 臨海(リンカイ)ターミナル駅で乗り換え、みなとみらい駅に着くと、地下通路の広がりと天井の高さが一気に視界を開く。


 壁面に埋め込まれたライトが柔らかく床を照らし、観光客らしい人々の足音が反響している。


 臨海ターミナル駅には沢山の人が行き交うけれど、ここはそう、調度良い。


 クイーンズスクエアに出ると、中央の吹き抜けでイベントが行われていた。

 ステージ上ではアコースティックギターの音色が響き、その周囲を取り囲む人達がスマートフォンを掲げている。

 樹木の様なオブジェの先端からは、成長を止めた無数の芽が金属の光沢を放っている。


 ランドマークタワーまで歩く。

 高層階へ続くエスカレータ脇のショップのガラス越しに、淡い光を反射する雑貨やインテリア、洋服が並ぶ。


 歩く速度を緩め、ウィンドウショッピングをしながら、マークイズに向かって歩く。


──マホウドコロ。


 ここの前を通るときは必ず中に入ってしまう。

 ハリーポッターシリーズは大好きだ。

 僕なら杖の木材はサクラ、杖の心はドラゴンの心臓の琴線で作られたものが欲しい。


──ギルデロイ・ロックハートが使っているのが癪だが……。


 グリフィンドールのマフラーが欲しいと思った。

──これは、会社に着けて行けるだろうか?

 そんなことを考え、またの機会にすることにした。

 秋に買おう。そう心に決めた。


 そのままランドマークタワーから出て、マークイズに向かう。

 Dr.Martensの店先では、光沢のあるブーツが整然と並べられている。


 冷やかしついでに一歩中に入ると、待ってましたと言わんばかりにスタッフが声をかけてくる。

 しまった。靴とサッチェルバッグが Dr.Martens だったことを忘れていた。


 新作と言われる靴を見せられ、鞄を褒められ、ブーツの説明を一通り聞かされた。


 気になる靴はいくつかあったが、今は靴が欲しい訳ではない。

 「他も見てきます」と言って、店内を後にした。


 ふらふらと歩いていると、島村楽器が目に入った。

 楽器屋を見つけると、必ず店内を一周するのが僕の癖だ。


 でも、ここにはギターが無いことは知っていたので、本当に店内を一周するだけだった。


 そろそろ、帰ろうかと思ったとき、フロアの端にノジマを見つける。


 その時、ふと会社のこと──朝藤さんが使っている小さな電卓を思い出した。

 ごく簡素な、主婦が家計簿をつけるときに使っているような電卓だ。


 上から見て行く。


──あった!「CASIO JS-20WKA-PK-N」。


 淡いピンクゴールドの枠が、他の製品よりも柔らかい印象を与えている。

 業務用としては十分な機能を備えている。

 僕も使っている機種だ。値段を確認し、迷わず手に取った。


 レジを出てから、再びランドマークタワー方向へ戻る。


 桜木町駅へ続く渡り廊下の自動ドアを抜けた瞬間、強い風が横から吹き付けた。

 視界の左手には停泊中の大型客船、その向こうに観覧車がゆっくりと回っている。


 時計は十七時二十九分を指していた。

 足元の動く歩道は一定の速度で進み、景色がゆっくりと後方へ流れていく。

 遠くからアナウンスが響き、潮の匂いが微かに漂った。


 桜木町駅に着くと、休日の夕方らしい人の流れに混じって改札を抜けた。


──今日の予定はこれで終わりだ。



 桜木町駅のホームは、休日の終わりを少しだけ早送りしているみたいだった。


 遊び疲れた子どもを抱いた父親。

 買い物袋をいくつも提げたカップル。

 電車が来る度に、誰かの一日が畳まれていく。


 僕は人の流れの少し外側に立って、紙袋の持ち手を持ち直した。

 中で小さな箱が、カサリと鳴る。

 電卓は思っていたより軽い。

 軽いのに、渡す相手のことを考えると妙に存在感があった。


 ホームに風が通る。

 潮の匂いはさっきより薄くなっていた。

 その代わり、電車の鉄の匂いとブレーキの熱が夜の手前の空気に混ざっている。


 電車が滑り込んで来る。

 ドアが開く。

 僕は人波に混じって乗り込んだ。


 座れはしたけれど、座ったからと言って何かが落ち着く訳でもない。

 窓に映る自分は、朝と同じ服を着て、朝より少しだけ疲れた顔をしている。

 手元には紙袋。

 その中には、淡いピンクゴールドの電卓。

 明後日でも、来週でもなく、多分、直ぐに渡すことになる物。


 視線を落とすと、iPhoneの画面が暗いままそこにあった。


 猫又。


 昨夜から未だ続いている、名前の分からない温度。

 向こう側の誰か。

 でも、妙に普通に喋る相手。

 喧嘩じゃないです、確認です、と言い切るような、少し変な猫又。


 ポケットの中で一度だけ、震えた。


 僕は画面を点ける。


[猫又]今日は待ち惚けではないのですか?


 思わず、少しだけ笑ってしまう。

 何だその訊き方と思う。

 でも、昨日の今日でそこを拾って来る辺り、やっぱり変だ。


 駅を出てから返そうかと思った。

 思ったけれど、別に今返さなくてはいけない理由も無い代わりに、今返してはいけない理由も無い。


 僕は短く打つ。


[ユウキ]今日は違うよ。ちょっと買い物してた。


 送信。


 少し間があって、直ぐに返って来る。


[猫又]珍しく健全ですね。


 珍しく、に僕は眉を寄せる。


[ユウキ]僕を何だと思ってるんだよ。猫又こそ、人を何だと思ってるんですか?


 打ちながら、昨夜の自分の返し方が少し移っている気がした。

 相手の言葉の癖が、少しだけこちらへ感染する。

 そういう会話は嫌いじゃない。


 電車が揺れる。

 向かいの窓ガラスに、車内の照明が白く映る。

 その白の中で、また返事が届いた。


[猫又]確認しているだけです。何を買ったんですか?


 僕は紙袋を膝の上に置いた。

 口を閉じたままの紙袋。

 買った物が静か過ぎて、逆に少しだけ可笑しい。


[ユウキ]電卓。仕事で使うやつ。


 送ると、猫又は少し間を空けた。


[猫又]自分のですか?


 その質問に、僕は一瞬だけ指を止める。


 自分のじゃない。

 でも、それをそのまま書くと少し説明が要る。

 説明を始めるほどの話じゃない気もする。

 ただ、濁し過ぎると変だ。


 電車は工業街口駅に近付いていた。

 アナウンスが流れる。

 人が少しだけ立ち始める。

 その揺れの中で、僕は結局そのまま打った。


[ユウキ]いや、会社の子にあげるやつ。


 送信した直後、自分でそれを読み返して、少しだけ引っ掛かった。

 あげる、という言い方が軽い。

 軽いクセに、そこに何か余分な意味が混ざると面倒だなと思う。

 でも、今更消せない。


 猫又から返って来たのは、思っていたよりも短い一文だった。


[猫又]優しいのですね。


 僕は、画面を見たまま少しだけ瞬きをした。


──優しい。


 そう言われると、いつも少し困る。

 優しいから買ったのかと訊かれたら、少し違う気もする。

 放っておけないからの方が近い。

 でも、『放っておけない』も結局、外から見れば優しさなのカモ知れない。


[ユウキ]そういうんじゃないよ。必要そうだっただけ


 送ってから、足す。


[ユウキ]この前の新人の子なんだ。未だ小さい電卓で頑張ってるから。


 今度は、少しだけ長く間が空いた。


 電車が工業街口駅に着く。


 僕は立ち上がり、紙袋とiPhoneを持ってドアの方へ向かう。

 ホームに降りると、車内より少しだけ冷たい空気が頬に触れた。

 人の流れの中を歩きながら、もう一度画面を見る。


[猫又]必要そうだったから買う。それ、十分優しいと思いますけど。


 僕は、返さずにそのまま歩いた。

 改札へ向かう階段を上がる。

 階段の途中で振り返ると、電車はもう動き始めていた。


──必要そうだったから買う。


 文字にされると、妙に簡単だ。

 簡単なのに、少しだけ見透かされたみたいな気分になる。


 改札を抜ける。

 駅前の空気は、昼よりもずっと生活に近い。

 コンビニの明かり。

 車道を走る車のライト。

 誰かが急ぎ足で信号へ向かい、誰かが諦めて立ち止まる。


 横断歩道の信号は赤だった。


 僕も足を止める。

 白線の手前で人が並ぶ。

 その端っこで、またiPhoneが震えた。


[猫又]その会社の子、男ですか?女ですか?


 僕は、思わず小さく息を漏らした。

 でも、多分、猫又の中ではこれも確認なんだろう。


[ユウキ]女の子。


 送る。

 信号は未だ赤い。


[猫又]そうですか。


 それだけだった。

 でも、その三文字だけで、向こうが何か考えているのは分かった。


[ユウキ]気になる?

[猫又]別に。そういう人なんだなって思っただけです。


──そういう人。


 僕は、横断歩道の向こう側を見た。

 車のヘッドライトが流れていく。

 今日一日、色んな場所を歩いたはずなのに、最後に残るのは結局こういう短い言葉だったりする。


 信号が青に変わる。

 人が動き出す。

 僕も歩きながら返した。


[ユウキ]どういう人?

[猫又]放っておけない人を放っておけない人。


 横断歩道の真ん中で、僕は少しだけ歩く速度を緩めた。

 妙にその言い方がしっくり来て、同時に少しだけ苦かった。


 向こう側へ渡り切る。

 風が吹く。

 紙袋の中の箱が小さく当たる。


[ユウキ]よく分からない言い方をするね。


 返すと、猫又は直ぐに返して来た。


[猫又]確認ですから。


 昨日と同じ言葉。

 でも、昨日より少しだけ近い位置から言われている感じがした。

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