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GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜  作者: 愛崎 朱憂
第二章:獣人編

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49/68

ep.49[Side M/現代]Link: 人狼-03

 一時間店内で過ごすと決めた私は、十分も保たずにここには居られないと感じていた。


 ダークモカチップフラペチーノのグラスを両手で持つ。

 冷たさが手の平に張り付く。

 白いクリームの端が少しだけ溶けて、チョコレート色の表面に細く混ざっていた。


 もう一口だけ飲む。

 甘い。

 ちゃんと美味しい。

 美味しいのに、それでどうにかなる感じはしなかった。


 店の中は明るい。

 明るいのに、私の輪郭だけがそこから少し浮いている気がする。


 誰かが笑っている。

 誰かが低い声で話している。

 カップの触れ合う音。

 氷の音。

 レジの向こうで店員さんが名前や番号を呼ぶ声。


 騒々しい訳じゃない。

 寧ろ、音は全部きちんと整っている。


 でも、その整い方が苦しかった。

 皆が自分の役割を知っていて、自分の時間を持っていて、自分の居場所を疑わずにここへ座っているみたいだった。


 私は違う。

 飲み物を買って、座って、ちゃんとここに居るのに、それでも未だ『居て良い人』になれていない。


 背中をソファの背凭れに預ける。

 その壁だけが私を黙って受け止めてくれている気がした。


 閉店まで居ようと思っていた。

 一時間くらい過ごせたら、少しは『慣れている人』の顔になれるカモ知れないと思っていた。


──けれど、多分もう無理だった。


 十分も経っていない。

 でも、私はもうここに居られないと感じていた。


 グラスを持ち直す。

 ストロを咥えて、一気に吸う。


 冷たい。

 甘い。

 頭の奥が少しだけ痛くなる。

 それでも止めずに飲む。


 半分。

 もう半分。

 白いクリームの味が最後に口の中へ残る。


 こんな飲み方をするモノじゃないんだろうと思う。

 でも、ゆっくり味わう余裕なんて無かった。


 私はグラスを置いて、レシートとiPhoneを鞄へ仕舞おうとする。

 もう帰ろう。

 そう思って、腰を浮かせた。


──その瞬間、ポケットの中でiPhoneが震えた。


 私は反射みたいに動きを止める。

 こんな時間に連絡して来る人は、そう多くない。

 職場からカモ知れない。


 ポケットからiPhoneを取り出す。

 画面を見る。

 通知はLINEじゃなかった。


 GatePair: Link。


 私はもう一度だけ、ゆっくりとソファへ座り直した。


 手の中のiPhoneが少しだけ熱い。

 画面を開く。

 トーク一覧に、新しい通知が浮いていた。


[人狼]いつ会えますか?一度会って話をしましょう。


 私はその文章を見たまま、直ぐには何も出来なかった。


 早い、と思った。


 勇者の時も。

 エルフの時も。

 よく考えもせずに、その世界に触れてしまった。


 知らない景色。

 知らない空気。

 知らない優しさ。

 知らない怖さ。


 そういうモノを一つずつ飲み込むだけで精一杯だったのに……今度は会う話が先に来る。


 今の私には、その早さが最も警戒してしまう『軽さ』に見えた。


 未だ何も知らない。

 相手のことを知らないし、相手も私のことを何も知らない。

 それなのに『会いましょう』と言えてしまうことが、少し怖い。


 私は指先で画面を撫でる。

 返事を打つ欄が白く開いている。

 でも、直ぐには文字が浮かばなかった。


 断る。

 それで良いはずだ。

 今は誰とも会いたくない。


 なのに、アプリを閉じることも出来なかった。

 ここを出て行こうとしていたのに、今度はたった一通の文章の前で動けなくなっている。


 少し考えてから、私は短く打ち込む。


[ミユ]どうしてですか?


 送信する。

 画面の右側へ小さく自分の言葉が並ぶ。


 既読は直ぐに付いた。


[人狼]メッセージだけでは分からないことが多いからです。顔を見て話せば、安心してもらえるかと。


 私は眉を寄せる。


 安心。

 その言葉が少しだけ引っ掛かった。


 どうして、初めての相手に『安心させよう』と思えるんだろう?

 どうして、会えば安心に近付くと信じられるんだろう?


 私には逆だった。

 会う方が怖い。

 会った方が、もう戻れない気がする。


[ミユ]未だ、会うつもりはありません。


 短く返す。

 これで終わるだろうと思った。


 既読はまた直ぐに付く。


[人狼]分かりました。すみません。早過ぎましたね。


 私はその一文を見て、少しだけ瞬きをした。


 思っていたより、あっさり引いた。

 しつこく来る訳でもなかった。

 それが逆に拍子抜けで、少しだけ肩の力が抜ける。


 もう一通、続けて届く。


[人狼]会うのが難しいなら、少しずつ話しましょう。その方が良いなら、私は合わせます。


 私はその文章を見たまま、暫く動けなかった。


──合わせます。


 その言葉をそのまま信じるほど私は素直じゃない。

 でも、完全に嘘だと決め付けることも出来なかった。


 私はふと、自分が未だ店を出ていないことに気付く。

 さっきまで十分も居られないと思っていたのに、今はこうしてiPhoneを握ったまま同じ席に座っている。


 少なくとも、通知は私をここへ縫い止めた。


[ミユ]……少しずつなら。


 送信する。

 数秒遅れて既読が付く。


[人狼]ありがとうございます。では、今日は一つだけ。甘いものは好きですか?


 私は思わず、テーブルの上のグラスを見る。


 チョコレート色の底。

 少しだけ残ったクリーム。

 空になりかけたダークモカチップフラペチーノ。


 こんなタイミングで、そんなことを訊くんだ。

 私は少しだけ驚いて、それから少しだけ可笑しくなる。


 重たい話でも。

 踏み込んだ質問でもなく。

 最初の一つが、それなんだと思った。


[ミユ]好きです。でも、甘過ぎるのは少し苦手です。


 送った直後、心のどこかがほんの少しだけ軽くなる。


 多分、今の私は誰かに自分の好みを伝える──みたいな、どうでも良い会話をしたかったんだと思う。

 どこの世界の誰であっても、最初から心の深い所へ入って来られるのは困る。

 でも、甘いものの話くらいなら未だ許せる。


[人狼]分かりました。覚えておきます。


 その返事を見て、私は少しだけ首を傾げる。


──覚えておきます。


 たったそれだけなのに、不思議とその言葉は軽く見えなかった。

 重くもなかった。

 ただ、ちゃんと受け取った人の返事みたいだった。


 私はiPhoneを膝の上へ伏せる。


 店の中の音が戻って来る。

 ミルクを泡立てる音。

 小さな笑い声。

 カップを置く音。

 入口の方で誰かが店員さんに挨拶する声。


 さっきと同じ店のはずなのに、ほんの少しだけだけれど、空気の硬さが和らいだ気がした。


 ここが私の居場所だと思えた訳じゃない。

 未だ、そんな風には思えない。


 でも、今直ぐ逃げ出さなければいけない場所でもなくなっていた。


 私はもう一度だけグラスを持ち上げる。

 底に残った最後の一口を飲む。


 冷たさが口の中で解ける。

 けれど、それで持ち時間が終わってしまったことも分かった。


 空のグラスだけで、これ以上座っているのは変だろうか。

 もう帰るべきだろうか。

 それとも、何か一つだけでも追加で頼めば、あと少しここに居ても良いのだろうか。


 iPhoneの時計を観る。


 二十一時二十一分。


 入口の方で、自動ドアの開く音がした。


 私は反射みたいに顔を上げる。

 入って来たのは、男の人だった。


 年齢は分からない。

 若く見える訳でも、凄く大人に見える訳でもない。

 ただ、疲れているのに無理して普通の顔をしている人だと思った。


 その人は店の明るさに一瞬だけ目を細めてから、店内を見渡す。

 そして、何故だか少しだけ視線がこちらに触れた気がした。


 私は咄嗟に目を逸らす。

 別に見られていた訳じゃないのカモ知れない。

 でも、そう感じた。


 その人はレジへ向かう。

 しおりさんが居る方だった。


「こんばんは」

「おっす」


 そのやり取りだけで、少し分かる。

 この人は初めてのお客さんじゃない。

 店員さんと、既にいつもの距離がある。


 私は何と無く、その人の方を見ないようにしながら、視界の端で動きだけを追う。


 しおりさんの声が微かに聴こえる。

 その人が少し笑った気配がした。


 それから、少し間があって。

 また二人の声が重なる。


 私は思わず顔を上げそうになってから止める。

 店員さんが笑っている。

 その人も、少し遅れて笑った。


 さっきまでは、皆が最初からこの場所に馴染んでいる人達に見えていた。

 でも、その人の笑い方は何だか少しだけ無理があるようにも見えた。

 普通の顔をしているのに、少しだけ元気が足りない。

 そんな感じだった。


 その時、向こうでレシートを受け取る音がして、その人がバーの方へ移動した。


 私の前のカウンタで男の人がグラスを受け取る。

 そのまま振り返って、こちらへ近付いて来る気配がした。


 私は一瞬だけ身構える。

 目を伏せて、テーブルの端を見ている振りをする。


「それ、美味しそう」


 思ったより近くで声がした。

 私は反射みたいに顔を上げる。


──視線がぶつかる。

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