ep.45[Side Y/異世界]Link: エルフ-16(後編)
僕はそのまま宴の灯りから外れる。
村の広場の喧騒が背中へ遠離って行く。
少し離れるだけで、火の色は木々の隙間に千切れて、笑い声も葉擦れの音へ混ざってしまう。
足を止めなかった。
今止まったら、振り返ってしまう気がした。
やがて、背後にもう一つ足音が増える。
知っている足音だった。
軽いのに、僕の心臓よりずっと確かだった。
村の灯りが枝の向こうへ隠れる。
広場の騒めきも、もう届かない。
誰からも見えないところまで来て、漸くシルヴィが口を開いた。
「ユウキ……どこまで行くの?」
僕は応えない。
「ユウキ、主役が居なくなったら皆、心配する」
「もう少しだけ」
歩く度に胸元で文庫本の角が薄く当たる。
『異邦の騎士(改訂完全版)』。
そう言えば、結局一ページも読めなかった。
──この世界は楽し過ぎた。
僕は振り返る。
シルヴィが僕に向き合って止まる。
「……あ、直接してあげるって言──」
「シルヴィ」
「はい」
森の夜は静かだ。
「あのね……」
「ユウキ……駄目……」
森の夜は静かだ。
「駄目……聞きたくない」
森の夜は静かだ。
「嫌……」
「僕、帰るよ」
シルヴィの目が大きく見開いた。
「何、で……」
「決め──」
「何でっ!!」
今まで聴いたシルヴィの声で一番大きな声だった。
「何で!!嫌だよ!折角、ヒュドラを封じて、やっとユウキと二人で居られると思ったのに……やっと、ユウキとずっと一緒に居られると思ってたのに!」
「……」
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!」
「シルヴィ」
「嫌だ嫌だ、嫌だよ!止めて!」
「……シルヴィ」
「聞きたくない!聞きたくないよ!嫌だよ、嫌だ!一緒に居てよ」
「……」
「一緒に居るって言った……そうだ!あの日、ずっと居られると良いねって、ユウキ言ってた!」
「……」
「言ってた!私、覚えてるよ。こうやってブレスレットで──」
チリン、と鳴る。
「一回は『うん』、二回は『ううん』……そうやって、ユウキと話した。私、覚えてる」
チリン。
頷いた僕の胸の鈴が鳴る。
「嘘吐くの……?」
「……」
「あの時、ずっと一緒に居たいって……嘘だったの?」
チリンチリン。
首を振った僕の鈴が二回、鳴る。
「嘘じゃん!嘘じゃん!ユウキは今、帰るって言った。嘘吐き!嘘吐き嘘吐き嘘吐き!!」
僕は一歩、シルヴィに近付く。
チリン。
森の静けさの中で、鈴の音は大きく響く。
「嫌だ!来ないで!私に近寄らないで!!」
また一歩近付く。
チリン。
「こっちに来ないで!!……嫌だ!」
チリン。
「ユウキ!!」
チリン。
「ユウキ!!」
僕はシルヴィの頭に優しく手を置く。
シルヴィの柔らかい髪の毛。
いつも、寝る時に触っていた髪の毛。
「私に触らないで!」
シルヴィの声が震えている。
「ユウキ……」
「……」
「ユウキ……このままずっと……私に触れていて」
「……ごめん」
シルヴィが大きく息を吸った。
深く、震えながら息を吐く。
その息が、胸に温かい。
「……何で?……何で帰るの?」
「……シルヴィと居ると、凄く幸せな気持ちになるんだ」
シルヴィが、また大きく息を吸い込む。
「ずっと一緒に居たいなって、ほんとにそう思うよ」
「……」
「だけどね、僕は分かったんだ」
「……何?」
「きっと、シルヴィも同じ気持ちなんだろうなって」
「そうだよ、私、ユウキとずっと一緒に居たい」
「そう、知ってる。だけど、それが僕には出来ないんだ」
「……」
「僕は、どんなに頑張っても、あと百年も生きられない」
「……」
「シルヴィは、どれくらい生きるの?」
「数百万年」
「マジで?」
シルヴィが鼻を啜る。
「……マジ」
「想定外の数字にビビるんだけど」
「……続けて」
「うん。だから……シルヴィの数百万年のうち、たった百年しか一緒に居てあげられない」
「良いよ。私、それで良い」
「駄目」
「ううん。それで良い──違う、それが良い。ユウキと一緒に居られるなら、百年だけでも良い」
「駄目」
「……何で?」
「そこから先、シルヴィは一人で生きることになるんだ」
「……」
「ずっと、一人だよ?」
「……ずっとユウキのこと、大好きで居る。それで私は幸せだよ」
「ううん。もう届かない想いは『呪い』になる」
「……」
「ずっと僕と居た──たった百年を想いながら……シルヴィが生きてるなんて、僕は耐えられないから」
「……」
「だって、たった二週間足らずの時間で──コレだぜ?」
「……幸せだった」
「ね、僕ってホラ……良い男だから」
「格好良い」
「何番目?」
「一番」
「良く出来た僕のシルヴィだ」
「えへへ」
「だから……ごめん」
「……」
「……」
「……どうしても?」
「どうしても」
「『私が』行かないでって言っても?」
「あ、コレ進研ゼミでやったとこだ」
「シンケンゼミ?」
「あははは」
「何よ、それ。シンケンゼミって何よ?」
「あははは」
「もう!ほんと信じられない!」
「ごめん。泣きながら別れるの、得意じゃないんだ」
「……」
「じゃあ、皆には無冠の遣王はこう言って旅立ったって伝えておいて」
「……何?」
「もし私の治める国があるなら、それは私自身でさがしたいのです」
「……どう言う意味?」
「ドラクエのエンディング」
「ドラクエ?」
「良いから。銅像とか建てたらその言葉を彫っておいて」
「……分かった。『もし私の治める国があるなら、それは私自身でさがしたいのです』」
「流石、シルヴィだ」
「『ユウキの』シルヴィだよ」
「うん、『僕の』シルヴィだ」
その時、ルージュの声が聴こえた。
「おーーーい!ユウキ、どこだーーー!また、ピクルスの……ぶわははははっ!!」
タイミングが、ある意味良かった。
──このままじゃ、いつまでもココに居たくなる。
「じゃあ……」
GatePair: Link
【ブロック】
[ブロックしますか?]
[この操作は取り消せません]
[リンクが遮断されます]
「行くよ」
「……うん」
「シルヴィ」
「ユウキ」
「ありがとう」
「私こそ……初恋がユウキで良かった」
「二回目の恋のハードル上げちゃったかな?」
「馬鹿」
「僕、それ好きだよ」
「……馬鹿」
「じゃあね」
チリン。
「ユウキ」
「ん?」
「一番大好きだよ」
チリン。
【ブロック】
[リンク遮断中…]
[GatePair: Link]
[接続が解除されました]




