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GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

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ep.44[Side Y/異世界]Link: エルフ-16(前編)

「──って、リュミエルが言ったんだ」

「おう、それで?」


 ルージュが問う。


「だから僕は言ってやったんだ」


 ルージュ、アルマン、クロード、アーク、ノエルとブランが息を呑む。


「二週間前のピクルスかよ!ってね」


 少し離れた火の向こうで、誰かが不意に咽せた。


「……ぶっ!……ゴホッ、ゴホッ」


 僕はそちらへ目を向ける。

 見覚えのある影が一度だけ俯いた。


「おまっ!二週間のピクル──ぶわはははっ!!」


 ルージュとアルマン、クロードは爆笑する。

 ノエルは口元だけで笑い、ブランは首を傾げる。

 アークは静かに微笑んだ。


「……ピクルスとは、そんなに可笑しいものなのですか?」

「可笑しいのはピクルスじゃなくて、タイミングだよ」

「タイミング?」

「今更過ぎる、ってこと」

「成る程。漬かり過ぎたのですね」

「そういうこと!」


 それでまた笑いが起きた。


 火が揺れている。

 焚き火の周りには皿と木杯が並び、肉の焼ける匂いと果実酒の甘い匂いが夜気に混ざっていた。

 勝利の宴だった。


 でも、浮かれ切った宴ではない。


 空いている席がある。

 戻って来られなかった者の席だった。


 それとは別に、今夜だけは埋まらない気配もあった。

 レミの姿が無い。

 怪我だけが理由じゃないことくらい、考えない方が不自然だった。

 誰もその名前を口にしない。

 口にした瞬間、この夜の灯りが少しだけ冷える気がした。


 だから笑い声にも、どこか傷口に触れないための遠慮があった。


 その遠慮ごと、ルージュは噛み砕く。


「おいユウキ!もう一回言え!二週間前の何だって?」

「ピクルスだってば」

「ぶわはははっ!!駄目だ、腹痛ぇ!!」

「そんなに刺さる?」

「刺さるだろ。お前、賢王相手にそれ言ったのかよ」

「言った」

「馬鹿だな」

「今更?」

「はっ!それもそうだ!」


 アルマンが木杯を持ち上げる。


「でも、あの場でそれ言えるの、ユウキくらいだろ」

「人間、案外図太いな」

「クロード、それ褒めてる?」

「確認してる」


 ノエルが木杯を傾けたまま、僕を見る。


「……でも、あの場で皆の息を戻したのはユウキだよ」

「ノエルに褒められると素直に嬉しいよ」

「今日は褒めるには良い日だから」


 アークは静かに笑ったまま、串に刺さった木の実をひっくり返した。


「場が重い時に、ああいう言葉を入れられるのは才能だと思う」

「才能かどうかは分からないけど、黙ってたら息が詰まりそうだった」

「それで本当に言うのが凄いのです」

「ブランも結構言うじゃん」

「私は正しいことしか言いません」

「それ一番怖い奴だよ」

「褒め言葉でしょうか?」

「半々かな」


 それでまた笑いが起きた。


 火の輪の向こうには、白い手袋のエルフ達も、境界で顔を合わせたエルフ達も、居住区のエルフ達も、ダレジャンも草超えて森の男の子も、パン屋の女店主も、アクセサリ屋の女店主も、大人も子供も、おねーさんも。

 わざわざ数えなくても分かる。

 今までこの森で見て来た顔が殆どそこに揃っていた。


 普段なら近付いて来ない子供達まで、今夜だけは少し離れた場所でヒュドラごっこみたいなものをして騒いでいる。

 大人達はそれを止めない。

 止めないことで、今夜だけは『明日がある』と認めているみたいだった。


 火の向こうでシルヴィが笑っていた。

 いつもの控えめな笑い方じゃない。

 肩の力が抜けた、柔らかい笑い方だった。


 その顔を見て、胸が少し痛む。


 やがて、騒めきが一段だけ静まった。


 白いローブが火の向こうに見えた。


 リュミエルだった。


 広場の中央へ立つと、それだけで空気が整う。

 誰かが合図した訳でもないのに、皆の視線が自然にそこへ集まっていた。


「今宵は、森にとって長い夜の終わりです」


 リュミエルの声は大きくない。

 大きくないのに、端まで届く。


「失った命は戻りません。失わせてしまった責も消えません。ですが、それでも……森は今、守られました」


 静かな拍手が起きる。

 賑やかな拍手じゃない。

 確かめるみたいな拍手だった。


 リュミエルが視線を巡らせる。

 その目が、僕のところで止まった。


「そして、森の外より来たりし者。冠を持たず、されど王の為すべき決断を為した者に、名を贈ります」


 嫌な予感がした。

 『な』が三回続いて、一息で言ったリュミエルに感動した訳じゃない。

 多分、当たっている予感だ。


「ユウキ。あなたに『無冠(ムカン)の遣王』の称号を授けます」


 ──無冠。

 『無冠の帝王』なんて言葉がふと過ぎった。

 島田荘司みたいだと思った。


「ケン王……?」

「異界より遣わされ、王の責を果たした者をそう呼びます」

「無冠、って付くのがまたお前っぽいな」

「いや待って、ちょっと待って──」


 僕が言うより先に、ルージュが豪快に笑った。


「はっ!良いじゃねぇか!無冠の遣王!」

「史上四人目のケン王の誕生だ!」


 アークが興奮している。


「無冠なのに王なんですね」

「ブラン、そこは雰囲気で飲み込めよ」

「飲み込むべきなのですか?」

「今日くらいはね」


 広場のあちこちから杯が上がる。

 よく分からないまま、僕も杯を持たされた。


 シルヴィが少し離れたところから、真っ直ぐ僕を見ている。

 誇らしそうで、でも照れてるみたいな……変な顔だった。


 その顔を見た瞬間。

 ここに居たい、と思ってしまった。


 思ってしまったから、逆に分かる。

 今、言わないと駄目だ。


 焚き火がぱちりと鳴った。


 ルージュが肉を片手に僕へ向く。


「おい遣王。乾杯の一言くらい言えよ」

「え、僕?」

「お前以外に誰が居る」

「リュミエルで良くない?」

「今更逃げるのですか?」

「ブラン、それ言い方」

「事実です」

「うわ、逃げ道無くして来る」


 皆が僕を見る。

 笑っている。

 警戒も、疑いも、今は殆ど無い。


 ほんの少し前まで。

 こんな風に、何も気にせずココに居られる日なんて来ないと思っていた。


 ──だから、今しか無いと思った。


「リュミエル」


 皆が僕の声に耳を傾けた。


「はい」


 僕とリュミエルに視線が集まっているのが分かる。


「今更、僕が無冠の遣王だって?」


 僕はリュミエルに向かって、一歩近付く。


「はい。……気に入りませんか?」


 ココしか無い。


 息を吸う。


 こういう時は、中途半端が一番駄目だ。


「二週間前のピクルスかよ!」


 一拍。


 静まり返る。


 笑いそうになっている気配だけが火の向こうで揺れた。

 でも、誰も声にはしない。

 リュミエルだけがほんの少しだけ目を瞬いた。


「……またそれ。それはどういう──」


 次の瞬間、ルージュが吹き出した。


「ぶっ……おまっ、二週間前のピクルス──ぶわはははっ!!」


 アルマンとクロードも堪え切れず崩れる。

 アークは口元を押さえたまま肩を震わせた。

 ブランが一拍遅れて頷く。


「ふむ……漬物じゃなくて、起爆材なんですね」


 その時だった。

 火の輪の向こうで、低い笑い声が一拍遅れて混ざった。


 シルヴィのお父さんだった。

 腕を組んだまま、呆れたみたいに目元を押さえている。


「……くだらん」


 そう言いながら、次の瞬間には肩を震わせていた。

 堪え切れなかったらしい。


「賢王相手に……お前は、本当に……っ」


 そこでまた笑いが途切れる。

 途切れたのに、もう怒っている顔には戻れなかった。


 ルージュがそれを見て、余計に笑う。


「はっ!何だよ、おっさん!お前まで笑ってんじゃねーか!」

「笑っていない。……いや、少しだけだ」

「少しでそんな肩揺れるかよ!」


 アルマンとクロードがまた崩れた。

 ノエルは口元だけで笑い、アークは静かに目を細めた。

 ブランだけが一拍遅れて頷く。


「理解しました。これは確かに、可笑しいですね」


 もう一晩くらい良いだろうと自分に言い訳したら、きっと駄目になる。

 この森の夜に、焚き火の匂いに、笑い声に、シルヴィの顔に、僕は多分負ける。


 僕は木杯を卓へ置いた。


「ちょっと、風に当たって来る」


 誰に言うでもなくそう言うと、ルージュが肉を齧りながら笑った。


「おう。逃げんなよ、無冠」

「逃げないよ」

「今の間、ちょっと怪しかったぞ」

「クロードでも見誤る時もあるんだね」

「中々、言う様になったな」

「結果が全てだからね」

「負けたよ」


 笑いがまた広がる。

 その笑いに紛れるみたいに、僕は火の輪から一歩外へ出た。


 その時、一度だけシルヴィと目が合った。


 それだけで伝わった。


 シルヴィの表情がほんの少しだけ変わる。

 でも直ぐにいつもの顔へ戻して、誰にも気付かれない遅さで宴の席を離れた。

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