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GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

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42/82

ep.42[Side M/異世界]Link: エルフ-11

[いいねが届きました]相手:人狼


 白い文字が暗い森の根元で妙に浮いて見えた。


 人狼。


 私は直ぐには触れなかった。

 触れた瞬間に何かが始まってしまう気がした。


 始まることが怖いんじゃない。

 今の私には、未だ新しい誰かへ手を伸ばす形が分からなかった。


 それでも指は画面へ伸びる。


 開いたプロフィールの中に立っていたのは、二足歩行の狼だった。

 服を着ている。

 当たり前みたいにTシャツとジーンズを着ている。


 少し、怖いと思った。


 思ったのに、それだけじゃない。

 人ではないと分かる姿なのに画面を閉じるほどでもない。

 知らない相手への怖さだけじゃなくて、私は未だ、次へ行ける自分の心の強さの方を上手く信じられなかった。


 ──誰でも良かった。


 あの言葉はもう、怒りよりも深い場所に沈んでいた。

 沈んだまま胸の内側に重さだけを残している。

 重さは薄くならない。

 薄くならないまま、新しい誰かの輪郭へ触れようとすると、直ぐに痛みへ形を変える。


 私は人狼のプロフィールを閉じた。

 閉じた瞬間、白い画面が自分の顔を淡く映す。

 その薄い反射が妙に知らない顔に見えた。


 新しい入口だった。

 でも、今の私には未だそこへ足を出す形が分からない。


 その時だった。


 遠くで大地が揺れた。


 身体の下から伝わって来るような振動。

 遅れて、何かが砕ける音が届く。

 木じゃない。

 もっと硬いモノだ。

 岩か、それとも別の何かが凄い勢いで打ち付けられている。


 もう一度、揺れる。


 私は顔を上げた。

 森の奥。

 見えないはずの場所なのに意識だけがそちらへ引かれる。


 ──シルヴェーヌ。


 その名前が先に浮かんだ。

 浮かんだ瞬間にはもう膝が立ち上がっていた。


『ここから動かないで。森の外へ出ようともしないで。未だ危ない』


 言われた言葉を思い出す。

 思い出したのに、足は止まらなかった。

 止まらないことが正しいのかは分からない。

 でも、あの白い背中がさっき森の奥へ消えて行ったことだけは未だ身体が覚えていた。



 私は木々の間を進む。

 音の方へ近付く。

 近付くほど、振動ははっきりする。

 乾いた枝が小さく鳴り、葉が揺れ、空気そのものが何か大きな暴力を伝えていた。


 やがて……森が少しだけ開けた。


 私は太い幹の陰へ身を寄せ、その隙間から前を窺う。


 崖際だった。


 赤い髪の大きな影が黒々とした巨大な何かへ打ち付けるみたいにぶつかっている。

 岩肌が砕ける。

 黒い破片が散る。

 ヒュドラ。


 さっきから森を揺らしていたのは、この音だったのだと分かる。


 大きく振り上げた脚が、ヒュドラの胴に叩きつけられる。

 そのままヒュドラは、私が檻に入れられたあの洞窟の口へ吸い込まれるみたいに吹き飛んで行く。


「凄い……」


 思わず声が漏れていた。


 少し離れた場所に白いローブが見えた。


 リュミエル。


 その姿を見つけた瞬間、胸の内側が僅かに固くなる。

 私は未だあの人の姿を見るだけで上手く息が出来ない。

 でも、目は逸らせなかった。


 その時、リュミエルが右手を前へ出す。


 一拍。


 下から風が吹き上がっているみたいに彼の周りで空気が舞う。

 白いローブの裾が揺れ、足元に生まれた光が遅れて地面へ円を描いた。


 私は息を止める。


 次の瞬間、別の声が上がった。


(ナニ)!?それは……!」


 男の人の声だった。


 思わず、私はその声の方を見る。

 けれど、未だ距離がある。

 誰が叫んだのかまでは、未だはっきり見えない。

 リュミエルの傍に、人の形がある。

 それだけが分かった。


 次の瞬間、リュミエルが告げる。


「これで最後(サイゴ)だ!インディグネイション!!」


 それに被さるみたいに、隣の男の人が叫んだ。


「そんな……そんな馬鹿(バカ)な!うわああああっ!」


 一瞬だけ、私は何を見せられているのか分からなくなった。


 雷は彼に落ちる訳じゃない。

 明らかに違う。

 違うのに、どうしてあんな叫び方をするんだろう。


 変な人だと思った。


 思ったのに、その声だけが妙に耳へ残った。


 次の瞬間、世界が白く塗り潰される。


 眩しい。

 何も見えない。


 遅れて凄まじい轟音が来た。

 耳で聴くというより身体の骨の方へ直接打ち込まれるみたいな音だった。


 崖が裂ける。

 岩が落ちる。

 大地そのモノが悲鳴を上げているみたいに揺れる。


 私は咄嗟に木の幹へ手を付いた。

 支えていないと倒れそうだった。

 指先へ伝わる樹皮の硬さだけが今この場が現実だと教えてくれる。


 長い。

 けれど、多分一瞬だった。


 やがて……音が少しずつ遠くなる。


 白い土煙の向こうで崩れた崖だけが残っていた。

 さっきまでそこにあった黒い口はもう見えない。

 あれだけ濃かったヒュドラの気配も今は無かった。


 ──終わった。


 その理解だけが遅れて胸の中へ落ちて来る。


 土煙が少しずつ薄くなる。

 輪郭が戻って来る。


 最初に見えたのは、シルヴェーヌだった。

 無事だった。


 それを見た瞬間、胸の奥で強張っていた何かが遅れて解けた。

 膝から力が抜けそうになる。

 安心したはずなのに、今度は息が上手く入らない。

 私は木の幹へ触れたまま、もう一度だけ呼吸を整えた。


 その隣に、リュミエル。


 更に少し離れた場所に、中学生くらいに見える綺麗なエルフの女の子も居た。

 細い輪郭。

 それでも、あのパーティに居るというだけで強さが分かる。


 崖際には赤い髪の大きな影。

 リュミエルよりも背が高い。

 二メートルはありそうだ。

 さっきまで黒い怪物を殴り付けていたエルフだ。


 そして、その少し手前に──さっきの人間の男の人が居た。


 知らない人だった。


 強そうには見えない。

 寧ろ、この場に居る他の誰よりも『普通』に見える。

 普通に見えるのに、逃げていない。


 誰だろう?と思った。

 変な人だとも思った。

 何でこの人は、こんな場所に立っていられるんだろう。


 その人から目を離そうとして、何故かもう一度だけ見てしまう。

 そこでやっと気付いた。


 五人のうち、シルヴェーヌと彼との距離だけ、不思議な温度を持っていた。


 触れている訳でもない。

 言葉を交わしている訳でもない。

 それなのに、その二人の間だけは最初からそこに在った形みたいに見える。

 誰かが割って入る隙が無い──そんな距離だった。


 シルヴェーヌが言っていた。

 助けに行きたい人が居る、と。


 彼がシルヴェーヌのリンク相手なんだ。


 ──おかしな人。


 でも、彼の傍は『シルヴェーヌの場所』に見えた。


 彼が立っているだけで、「ここがシルヴェーヌの居場所だよ」と言っているみたいに。


 ほんの少しだけ……羨ましいと思った。

 私も、あんな人と会えるかな。


 その時。


 不意に、リュミエルが振り返った。


 白い土煙の向こう。

 リュミエルの瞳が真っ直ぐこちらを向く。


 目が合った、と思った。


 逃げるべきだった。

 でも、私は動けなかった。


 一瞬だった。

 本当に、一瞬だけ。


 リュミエルが笑ったような気がした。


 気がした、だけだった。

 でも、そう見えた。


 その瞬間、今までのことが胸の中へ一度に戻って来る。


 『誰でも良かった』と言った声。

 『帰らないでほしい』と言った声。

 [あなたの保護が私たちの最優先事項です]と書かれていた文字。

 あの檻の冷たさ。

 格子の隙間から差し出した手。

 掴まれなかったまま、暗闇の中で待っていた時間。


 分かった、じゃない。

 分かってしまった。


 あの人は私を傷付けた。

 でも、あの人は私を守ろうとしていた。


 その二つが同時に本当だ。

 今の私はもう知っている。


 知ってしまったからこそ、ここに残ったら駄目だと思った。

 残ったら、私はまたあの人の順番に縋ってしまう。

 いつか説明してくれる。

 いつか手を取ってくれる。

 いつか、今度こそ、と。


 ──いつか『私はリュミエルの特別だ』と感じさせてくれる。


 そんな風に待つのは、もう嫌だった。


 私は姿勢を正す。

 木の陰から、静かに背筋を伸ばす。


 そして、深く頭を下げた。


 ──花冠の献王美憂から、翠冠の賢王リュミエルへ。


 それが、私の別れの挨拶だった。


 顔を上げる。


 リュミエルは小さく頷いた。


 それだけで充分だった。

 それ以上の言葉があったら、きっと私は帰れなくなる。


 私はiPhoneを取り出す。

 画面には未だ、さっきの通知が残っている。


[いいねが届きました]相手:人狼


 白い文字を一度だけ見る。


 新しい入口だった。

 でも、今の私が直ぐに進める先じゃない。


 私は別の画面を開いて──


【ブロック】


 確認の表示が出る。


[ブロックしますか?]

[この操作は取り消せません]

[リンクが遮断されます]


 指が止まる。

 怖い。

 胸が熱い。

 けれど、もう分かっている。


 あの人に終わりを預けたら、私はきっと待ってしまう。

 置いて行かれた痛みより、待ち続ける方がきっと深くなる。


 だから、終わらせるなら自分で押さなきゃいけない。


 「さよなら」は、もう言わない。

 言葉にしたら、きっと泣いてしまうから。


 私は小さく息を吸う。

 震える指先を見ない振りをして、もう一度押した。


【ブロック】


 それが、私の選んだ『さよなら』だった。


[リンク遮断中…]

[GatePair]

[接続が解除されました]

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