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GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

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ep.41[Side Y/異世界]Link: エルフ-14

 ヒュドラの巨体が真横へ吹き飛ぶ。

 洞窟へ突っ込む。

 崖の黒い口の奥で凄まじい音が鳴った。

 地面が揺れる。

 岩壁が唸る。


「良しっ……!」


 思わず声が漏れる。


 でも次の瞬間、それが早過ぎたと分かった。


 洞窟は崩れていない。

 口を開けたままだった。


 奥から肉が盛り上がる音が湿って響く。

 また生える。

 このままじゃ、また出て来る。


「不味い……」


 シルヴィが呟く。

 ブランは剣先を僅かに下げる。


「崩落手段がありません」


 ルージュが洞窟の前へ着地する。

 舌打ちがこっちにまで聴こえた。


「押し込むまでは行けるが、崩せねぇのかよ」


 その時だった。


「それなら問題ありません」


 聞き覚えのある声が背後から静かに落ちた。


 振り返る。


 白いローブ。

 整い過ぎた立ち姿。


「リュミエル……どうしてここに?」

「約束がありまして」

「約束?」


 リュミエルは微笑んで僕を見た。

 その目は『応えるつもりはない』と伝えていた。


「私の最大魔法であれば、一撃で崩落させられます」


 ルージュが笑う。

 ブランが剣を戻す。

 シルヴィが息を一つだけ吐く。


 でも、洞窟の奥からは再生の音がする。

 間に合うかどうかは未だ分からない。


 リュミエルが右手を掲げた。


「詠唱に入ります」


 ルージュが欠伸をした。

 ブランは鞘へ指を掛けたまま、洞窟の奥を見据えている。

 シルヴィも息を詰めた。


 今、この場でやるべきことは一つしか無いのだと、皆が知っていた。


 そこで漸く僕は理解する。

 今、ここに──この戦いを終わらせる最後の一手が揃ったんだと。


 リュミエルが右手を前に出す。

 一拍。

 下から風が吹き上がっているみたいにリュミエルの周りで空気が舞う。


 ──格好良い。


 白いローブの裾が揺れる。

 足元に現れた光が、遅れて地面へ円を描いた。


天光(テンコウ)()つる(トコロ)(ワレ)はあり、黄泉(ヨミ)(モン)(ヒラ)(トコロ)(ナンジ)あり、()でよ(カミ)(イカズチ)……」


 心臓が暴れる。

 冷や汗が背中を撫でた。

 拳を強く握る。

 指先が痺れて、自分のモノじゃないみたいだった。


(ナニ)!?それは……!」


 鼓動が耳の奥で鳴る。

 膝が笑い、歯が噛み合わない。

 シルヴィが僕を見ている気配を感じる。

 それでも目だけは逸らせない。


 ──大きく息を吸い込む。


「これで最後(サイゴ)だ!インディグネイション!!」

「そんな……そんな馬鹿(バカ)な!うわああああっ!」


 力の限り叫んだ。


「ユウキ、五月蝿い」


 シルヴィがピシャリと言う。


 次の瞬間、世界が白く塗り潰された。


 音が遅れて来る。


 雷鳴なんて言葉じゃ足りない。

 耳じゃなく、骨で聴く音だった。

 空気そのものが裂けて、遅れて大地が悲鳴を上げる。


 洞窟の奥へ、白い稲妻が真っ直ぐ突き刺さる。

 眩しいを通り越して、何も見えない。

 見えないのに、焼ける光だけが瞼の裏へ刻み込まれる。


 崖が揺れた。


 揺れたんじゃない。

 砕けた。


 黒い岩肌に走った亀裂が一拍遅れて大きく口を開く。

 洞窟の縁が崩れ、上から巨石が何重にも降り注いだ。

 ヒュドラののた打つ音が一瞬だけ大きくなって、次の瞬間には岩の唸りへ呑まれる。


 落ちる。

 埋まる。

 砕ける。


 再生の湿った音さえ、もう聴こえない。


 轟音が森を揺らし続ける。

 足元から突き上げる振動で、僕は咄嗟に膝を折りそうになった。

 シルヴィが隣で踏み止まる。

 ブランの髪が風に揺れ、ルージュはその場で立ったまま笑っていた。

 リュミエルだけが右手を前へ出した姿勢のまま微動だにしない。


 やがて。


 遅れていた最後の岩塊が崩落の底へ落ちた。


 それで漸く、音が終わる。


 終わった後の静けさの方が大きかった。


 何も聴こえない。

 鳥も居ない。

 虫も居ない。

 あれだけ暴れていたヒュドラの気配も、もう無い。


 土煙だけが白く薄く漂っていた。


「……終わった」


 自分の声が思ったより小さい。

 小さいのに、それで充分だった。


 シルヴィが崩れた崖を見詰めたまま、長く息を吐く。

 張り詰めていた糸を一本ずつ解くみたいな吐き方だった。


「封じ……切れた?」

「少なくとも、もう出ては来ないでしょう」


 ブランが静かに答える。

 崩落した跡へ一瞥だけ落として、指先を鞘から離した。


 ルージュが洞窟だった場所を見上げ、鼻で笑う。


「はっ。結局、最後は賢王頼みかよ」

「力任せに崖ごと崩していたら、今頃お前も埋まっていましたよ」

「そりゃねぇな。俺様は頑丈だからな」

「会話が成立していません」

「褒め言葉だろ?」

「違います」


 ルージュとブランのやり取りに、シルヴィが小さく笑った。

 漸く本当に終わったんだと分かる笑い方だった。


 僕はその場に立ったまま自分の胸へ手を当てる。

 未だ心臓は速い。

 速いけれど、もう『死』へ追い立てられる速さじゃない。

 生きている速さだ。


「ユウキ」


 呼ばれて、シルヴィを見る。


 白い服の裾は土で汚れている。

 髪も少し乱れている。

 でも、目はちゃんといつものシルヴィだった。


「生きてる?」

「多分」

「何それ」

「だって、未だ心臓が五月蝿い」

「うふふ。それなら大丈夫」


 シルヴィの笑みが少しだけ柔らかい。

 その柔らかさを見た瞬間、僕の膝から遅れて力が抜けそうになった。


 危ない。

 今ここで座り込んだら、二度と格好付かない気がする。


 ルージュがこっちを見て、にやりと笑った。


「おい人間。中々やるじゃねーか」

「……どうも」

「『面』を通して、王の仕事まで増やしやがって」

「褒め言葉なんでしょ?」

「苦情に聞こえたか?」

「半々」

「なら、褒めてる」


 その言い方に少しだけ笑う。

 笑った途端、張っていたものがまた一枚剥がれた気がした。


 ブランが僕とシルヴィを順に見る。


「ですが、今のは興味深い現象でした」

「現象って?」

「面と面を重ねて、立体へ届かせたでしょう?」

「……多分」

「多分でやらないでください。こちらが困ります」


 表情は変わらない。

 変わらないのに、言葉だけ少し温い。

 ブランなりの賛辞なのだと分かるまで、一拍掛かった。


「ブランも見たことないの?」

「私でも届かない領域です」

「……ヴェール=パッサージュ・ソリッド」

「ソリッド?」

「うん。生まれたモノには名前が必要でしょ」

「ヴェール=パッサージュ・ソリッド……成る程……」


 シルヴィが僕の肩へ軽く触れる。

 傷を確かめるみたいに。

 でも、触れ方は優しい。


「ユウキ、立てるなら少し下がってて。未だ崩れの余波があるかも知れない」

「分かった」

「分かったなら、素直に従って」

「はいはい」

「返事が軽い」

「生きてる証拠だよ」

「……馬鹿」


 その『馬鹿』が今日は妙に嬉しい。


 崩落した崖を見上げる。

 もうそこに洞窟の口は無かった。

 黒い口の代わりに潰れた岩の山だけがある。

 さっきまであった『死の入口』が景色の中から乱暴に消されていた。


 風が吹く。

 土と焦げた匂いを運んで来る。


 その中に、少しだけコーヒーの匂いを思い出す。


 何でこんな時にそんな匂いを思い出すのか、自分でも分からない。

 でも、その意味の分からなさごと、何だか妙に生きている感じがした。


 不意に思い出す。


「……そうだ」


 僕はリュミエルを見る。


 白いローブの裾は静かに揺れている。

 あれだけの魔法を放った後なのに息一つ乱れていない様に見えた。

 見えるだけで本当は分からない。

 でも、そう見せる人だ。


「約束は良いの?」


 リュミエルが僕を見る。

 一瞬だけ、ほんの少しだけ目を細めた。


「果たしましたから」


 それだけだった。

 それだけなのに、今まで見たリュミエルの中で一番優しい微笑みだった。

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