338.現れたモノ
一先ずは黙って義伯父の祝詞を聞いておく…と。
どうするも何ももう既に始まっているから、
聞いておくしか無いんだけどね…。
長々と続けられる祝詞…。
それは思っていたのと違っていた。
もっとこう…怨霊が暴れて抵抗して戦うみたいな事を想像していた。
鎮めると言うくらいだから、大暴れしたりするのかと。
だけど実際は、
ただただ静かな夜に義伯父の祝詞だけが響いてる。
「いつまで続くの?これ…。」
〖兄上が止めるまで…だな。〗
小声で質問した私に答えたのは、水神様…。
瑞樹様は、義伯父の隣で池の様子を伺っているのだ。
私は最初、逆だろうと思っていた。
封じた本人が、側で見守るべきだろうと。
だけど本人が嫌がったのだ。
情が湧いてしまい最後まで出来るかわからない…と。
尤もな理由に納得して、瑞樹様が代わったと言うわけだ。
そんな時だった。
〔もういいよ。〕
瑞樹様が、そう言った。
神様の姿が普通の人間に見えるのかと思っていたが、
どうやら声だけが聞こえているらしく言われた通りに従っている。
義伯父が口を閉じるのと同時に、
瑞樹様が呪文を唱え始めた。
それに応じて、池が渦を巻き始める。
〖ようやく…始まるんだな……。〗
水神様がポツリ…そう呟くと、
義伯父の表情が変わったのだ。
池の中をじっと見つめ、臨戦態勢を取っているかのよう。
さっきまでの緩い空気感とは違い、
ピンと張り詰めた空気で私まで緊張してきた。
そして渦の中から、黒い…ものが…。
…と言うわけではなく、
意外にも森からやってきたのだ。
人の姿をした、黒い何かが。
のそのそと歩いているように見え、
ゆっくりと近づいてきた。
池の近くまでやってきたソレが隆延なのかはわからない。
だけどソレから感じるのは、ほんの少しの恐怖だけ。
私が夢で見た時に感じた恐怖とは違い、
本当に微々たるものだった。
〔お前は、還るべき場所に還りたいか?〕
<………………。>
反応は、無い。
無いけど確実に聞いているとわかった。
そんな様子を、水神様は拳を握り締めながら見ていた。
〔還るべき場所へ、還れると思うか?〕
始めの質問の答えは聞かないまま、
瑞樹様は次の質問へと移ったのだ。
<………………。>
それは身動き一つせず、
じっと聞いているだけ…に見える。
それでも瑞樹様は、返事を聞いているような素振りで頷いていた。
そもそもあれって…。
〖やっぱり……無理…なのか…。〗
具体的な状況が殆どわからないまま、
瑞樹様の問いかけを…水神様の言葉を聞いていた。
還るべき場所、還れると思うか、無理…。
単純な意味で想像すると、
ソレは…還るべき場所に還れないという事。
水神様の悔しそうな顔つきを見ると、
本来は還るべき場所に還れる事が正しいのだろう。
だから、無理な現状を悔しがっている…。
そう考えていると、黒いソレが揺らぎ出したのだ。
テレビにノイズが走るように、
ぼやけては戻りぼやけては戻りを繰り返している。
私はそれを見て、直感的に理解した。
もう残された道は無いんだ…と。
〔祓詞の導く先で、神々の沙汰を待ちなさい。
導き手の手を借りて、全ての柵を断ち切りなさい。
己に存在する柵を…。
己が遺してしまった柵を…。
全てを断ち切り、終わりの時を迎えなさい。〕
柵…。
呪いの事を言ってるんだろうか?それを、断ち切れと。
瑞樹様にそう言われて、
ソレがどう反応しているのかわからない。
たとえ納得していようがいまいが、
やる事も結末も変わりはしないんだろう。
私はそう思いながら、
ひたすら拳を握り締める水神様を見つめていた。
悔しいのか…悲しいのか、それともどうにか救いたいのか…。
無表情だからどう思っているかは正直わからない。
でも大事に思い見守っていた人間の末路がこれだとは、
受け入れるのも辛いだろう。
必死で己を抑えつけている…。
そんな気がしたのだ。




