329.手の中にあるもの
私が手元の器をじっと見ていると、
誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
誰かと思いゆっくりと顔を上げるとそこには…。
水神様が立っていた。…………なぁんだ。
思ったのとはちょっと違ったけど、何の用だろうか?
藍白の髪が顔に影を作り、表情がわからない。
最近あんまり出番がな………んん。
殆ど喋らなくて、ずっと黙ったっきりだったのだ。
〖それ、我によこすんだ。〗
「え?」
〖それだ。そなたが手に持つ、それ。〗
「それって…何でそんな言い方……っ!!!」
水神様に『それ』と言われて手元を見ると、
私は言葉を続けられなかった。
私が持っていたのは、小物入れ…だった筈だ。
黄昏時の神様の御神体である、器。
ついさっきまで、そうだった…筈なのに…。
それなのに私の手にあるのは………煤。
真っ黒な煤を、両手で抱えていた。
その煤を…『それ』と呼び、指を指している。
そもそもなんで煤を持ってるの?
器は陶器だった筈なのに…。
木製じゃあるまいし、煤になる筈がないのに…。
わけがわからないまま、煤を払おうと手を傾けた時だった。
〖払うんじゃない!!!〗
「!!!!!」
大声で怒鳴られた驚きで、私の動きは止まった。
すると水神様はすぐに私の手首を掴み、
私の両手ごと水で包んだのだ。
その時気付いたのは、“捨ててはいけない”という事。
その煤が、大事な“何か”だという事。
陶器の器が消えて煤がある。
あり得ない筈だけど、これってやっぱり……器?
あのまま払っていたら、結構マズかった…?
それにしても、だ。
止めてくれたのはよかったけど、
私だって別に捨てようと思っての行動じゃないのに…。
「そんなに大声で怒鳴らなくてもいいじゃん…。」
〖す、すまなかった。ただ…つい…、その……。〗
ほんの少しだけ言い返したら、すぐに謝ってきた。
さっきの大声はどこへやら…と思う程、
シュンとした様子でモゴモゴ話している。
何か…私が苛めたみたいに見えるから、
もっとしっかり話して欲しい!
「まぁ、別にいいんだけどさ…。
じゃあ煤を渡すからこれ解いて。」
さっきからずっと手を引いてるのに、抜けないのだ。
私の手まで持っていかれたらたまったもんじゃない!
雑な水神様の事だからあり得ないと言い切れないし、
手を回収するためにも早く水を解いて貰わないと…。
〖…………解けない、やつなんだ。〗
「は?」
理解不能な言葉が聞こえてきた…。
言い返された事にムカついて、ふざけてるんだろうか?
解けないだなんて…そんな馬鹿な事があるわけ無い。
だけど水神様の顔は大真面目で、
冗談なのか事実なのかハッキリしない。
………冗談、だよね?
「解けなかったらどうするの?これ。」
〖そのままで、居てくれればいい…。
べ、別に何か危害を加えようってわけじゃない!
それは神が償〔このクソバカやろう!!〕ぎぇ!!〗
──ベシャッ!!!
危害を加えないのは当たり前だろうと思った瞬間、
水神様は後ろから殴り飛ばされて吹っ飛んだ。
「えーと………。
あの、償………何?」
潰れた蛙は放っておいていい。
でも水神様が言いかけた言葉が気になって、
殴り飛ばしたであろう瑞樹様に尋ねた。
〔あまり、詳しくは語れないんだ。
そなたの想像に任せる…とだけ言っておく。〕
拳を握りしめたままそう言うって事は、
私が聞いたらいけない神様事情に含まれる事だろう…。
危ない所だった…。ありがとう瑞樹様!
……語れない?聞いたらいけない?
何かニュアンスが違うような気がするのは気のせい?
いやでも前に『話せない』とも言ってたし、
別に変な事でもないか…。
気にしすぎるのも良くない、よね…?
“本当に”言ったらいけない事だったら、
流石の水神様でもうっかり喋るなんて事しない筈だもん。
言えないらしい事はもういい。
今は……。
「私の手!!どうするのこれ!!」
こっちが大問題なのだから。




