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 遠くから足音が聞こえる。仁親は人の気配がする方へ近づいていく。

「こっちだ、血の跡がある」

 二十人ほどの男たちが、散り散りにならないようつかず離れず、地面を探りながら森を進んでいた。天翔の血痕を手掛かりに、仁親たちの進路を追っている。

「暗くて見えねえな」

「草が寝ている方へ進め……うっ!?」

 男は、どこからか吹く風を感じた。途端、男の視界は暗転する。

「おい、どうした?」

 会話の相手は、どさっという音がして振り向く。すぐ近くにいたはずの仲間の姿が視界から消え、男は辺りを見回す。はぐれたかと思って一歩踏み出すと、足元に柔らかい感触を覚えた。

「うわああ」

 さきほどまで話していた男が地面に横たわっている。驚き飛び上がった男もまた、風に飲み込まれて意識を失い地面に斃れる。

「おい、こっちで二人死んでるぞ」

「どういうことだ」

 風が吹くたび誰かが斃れる。次々と襲い掛かる殺戮者に、黒夜叉集団は冷静さを失って叫びだす。そうしている間にもまた一人死に、男たちは右往左往逃げ惑う。

「散るな!」

 多喜治の一喝で我に返った男たちは、身を寄せ合うように一塊になって周囲を警戒する。こうなっては一人ずつ攻撃を仕掛けるわけにもいかず、仁親は黒夜叉集団の前に姿を現した。

「剣役だけってことは……郷の花はどこに隠した」

 目をぎらつかせた多喜治が、矢を構えて問う。仁親は無言で相対する。

「答える気はない、か」

 自分を狙う(やじり)の隣に覗く顔を見て、仁親が口を開く。

「お前の顔に見覚えがある」

 予想外の返答に面食らった多喜治は、思わず弓を引く。仁親は、飛んできた矢を苦も無くかわす。

「そりゃあ、郷の花に化けたあんたのお守をしていたからな」

 多喜治は表情を取り戻すと、吐き捨てるような口調で話し続ける。

「まさか偽者だったとはな。平七も焦ったろうよ」

 仁親は、郷巡りの時に何食わぬ顔で平七を締め上げていた男の様子を思い出す。たとえ仲間でも、目的の為ならばいとも簡単に切り捨てる男なのだ。非情だが、隙が無い。

 黒夜叉集団は刀や弓を手に、大勢で闇に眼を光らせている。対する仁親は一人きり。しばし睨みあう。

「ここから先へは行かせぬ!」

 大声で気合を発し、仁親は男たちの群れに飛び込んでいく。風をその身に纏いながら。



 もはや獣道だ。馬どころか人ですら通行困難な抜け道とやらを、ユキはシン太の後をついて駆けていた。

ここでも山中の走り込みが功を奏し、不安定な足場でも速度を落とさずに走ることができている。剣役が課した修行に無駄なものは一切ないと、改めて思い知る。

「お前、なかなかの健脚だな」

 先ほど会ったばかりのシン太に褒められて、照れ笑いを浮かべるユキ。そんなあどけなさの残る追随者に、シン太は笑いながら尋ねる。

「ところで名は」

 今更になって名乗っていなかったことに気が付き、ユキは慌てて答える。

「ユキといいます」

「そうか。ユキ、この先は崖を登るぞ。しっかりついて来いよ」

 一見するとただの森だが、シン太が言うには、実はそこかしこに秘密の(しるべ)があるという。その標に沿って進めば、人の脚でも、街道を進む馬に匹敵する速さで風森村に着けるという。

「俺たちのとっておきさ」

 シン太たちは、素手で崖をよじ登っていく。ユキも後れを取るまいと、歯を食いしばりながら全身の筋肉に鞭を打つ。途中足場を踏み外したが、間一髪シン太が腕を掴んでくれたおかげで事なきを得た。

「上ばかり見てちゃ、足元をすくわれるぞ」

 シン太の助けを借り、ユキは崖を登りきった。その後も、道なき道はまだまだ続く。およそ道とは呼べない進路をひた走り、草をかき分け、木に登り、川を飛び越え、忍びの如く進んで行く。

「根性あるじゃねえか」

 隣を走る舎弟の一人が、ユキに向かってにかっと歯を見せる。周りを走るその他の男たちが頷き合い、ユキを仲間として迎え入れてくれている空気が伝わって、ユキの中に温かい気持ちが芽生える。

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