三
闇を透かして、天王川の向こうに萌黄郷が見える。大橋に向かって川沿いを急ぐ二人の背後に、複数の黒い影が近づく。
(……来る!)
愛馬の横腹を蹴って急かすも空しく、馬の大群が後ろから回り込み、大橋を渡り始めた二人を囲む。馬上には、黒い衣に頭に角を生やしたような恰好で、刀を手に殺気立った男たち。見るからに黒夜叉集団の一味だ。
「かかれ!」
一斉に飛び掛かる敵、その数およそ十。対してこちらは騎手一人で応戦。両足で馬を操り、大きな図体で姫装束を守りながら、次から次へと襲い掛かる敵を捌いていく。刃と刃がぶつかる音が川面に響く。右側から斬りかかってきた男から庇うように上半身をねじる。姫装束が一瞬剥き出しになる。その隙をついて、男が一人左側に回り込む。
「郷の花の命、もらった!」
男は、騎手の懐に刃が届いたと確信した。途端、強い力で弾かれ、男は馬から落ちた。驚いて顔をあげると、馬上から姫装束が降り立っていた。その姿は小柄だが、紛れもなく男。
「チッ、陽動か」
ユキは姫装束を脱ぎ捨て、隠し持っていた木刀を構える。自慢の足で馬と馬の間を通り抜け、馬脚を狙って打つ。敵がいる方へ馬を転ばせ、男たちは次々と地面へ倒れる。黒夜叉集団の陣形が崩れていく。中には馬の下敷きになって動き出せない者もいた。馬上から高虎が、その昔萌黄郷の刀守一等と名を馳せた豪快な剣技で斬り伏せる。抱えていた荷物、もとい姫君のふりをしたユキを手放したことで身体の自由度が上がり、技の威力も増す。
ユキは初めての実戦に気持ちが昂っていた。毎晩の山中走り込みの甲斐あって、体力はある。それに仁親に比べるとどれも剣の腕は大したことはない。しかし所詮は多勢に無勢、分が悪すぎる。
「後ろ!」
高虎が叫ぶ。ユキは振り返って、背後からの攻撃をすんでのところでかわす。心臓が尋常ではない速度で脈打っている。さすがに疲れがでてきた。高虎の方を見る余裕はなく、自分が何人相手にしているのかわからなくなってきた。視界に汗が滲みだしてきた頃、前方から近づく複数の足音を左耳が捕らえた。
橋の向こうから男たちが走ってきた。一瞬味方を期待したが、男たちが身に着けているのは萌黄郷の装束ではない。
(挟み撃ちか!)
死を覚悟した。姫君の為に命を懸けるという仁親との約束、それを果たすだけだ。もとはといえば、村が焼かれた日に失っていたかもしれない命。郷の花の為に擲つなら本望だ。
「おっと、諦めたらいけねえな」
横から野太い声がかかる。まるで破落戸のような服装の男たちは、黒夜叉集団に向かって斬りかかる。
「何者だ」
見るからに怪しい恰好だが、どうやらユキたちに味方してくれているようだ。集団戦に慣れているようで、二人一組になって敵を確実に仕留めていく。黒夜叉集団の動きが鈍ってきた。ユキも威勢を取り戻し、先ほどの野太い声の男と対になって敵を前後で挟みこむ。静かな夜に不釣り合いな光景が、大橋の上で繰り広げられていた。
勢力を増したユキたちの陣営は、遂に黒夜叉集団を破った。




