七
風森村にて。山の奥深く、男たちの秘密基地ではシン太が気難しい顔で文書を検めていた。頭領として男たちを束ねるシン太は、黒夜叉集団と思しき賊に襲われた村々に舎弟達を派遣し、当時の状況を調査させていた。今手にしている文書はそれらの報告が記されている。賊が押し入った刻限、賊の人数、姿形。村人についても詳らかに調べられており、怪我をした者はどこを怪我したか、死亡した者は誰でどこに埋葬されたか、そして行方が分からない者の名前と人相書きが束となっている。どこで手に入れたのか、当時駆けつけた郷守の名簿まで集められていた。
「……妙だな」
眉間に皺を寄せ、うーんと唸る。やがて筆を執ると、何やら急いで文をしたため始めた。
朝焼けの刻、仁親は微かな風の音で目を覚ました。風を切って近づく何かの気配を察して蔀を開くと一羽の飛燕雀が飛び込んできた。慣れた手つきで足に結ばれた文をほどき、明かりを灯すことなく読み進める。
《お前から文を寄越すなんて初めてじゃあないか。もう何年も顔を合わせてないが、“風仁”の噂は何度も耳にしている。お前のことだから、姫君第一主義で達者にやっているんだろうな……(中略)……どうも黒夜叉集団は、目の届きにくい辺境の村ばかりを襲っていたようだ。調べを進めていくうちに、死体の数が合わないことに気づいた。いくつかの村で行方不明者が出ていて、その中に平七という名の男もいた。本物の平七は病気がちでろくに外出もできず、ずっと臥せっていたそうだ。家族はおらず一人住まい、てっきり賊にやられ、誰かが無縁塚にでも埋葬したと思われていたらしいが、誰もそんなことはしていないと言う。生き残った村人は自分の家族やこれからの生活で手一杯なんだ。そりゃあ、他人のことまで気が回らんだろうな。村の再建については心配無用、俺の仲間が手を貸している。あいつら村の郷守たちとすっかり意気投合したらしい、それで詳しい話を聞くことができたってわけだ。おっと、話を戻そう。黒夜叉集団の目的は活動源となる物資の略奪の他、騒ぎに乗じて身寄りのない者をこっそり始末し、その戸籍を手に入れることだったようだ。亡骸はどこかに打ち捨てられただろうが、もし発見できたら丁重に弔ってやるつもりだ。今回の調査で不明が発覚した者の名を書いておく。これらに成りすましている者がいれば、内通者に違いない。
××村 ×××
××村 ×××
××村 ×××
……(中略)……
少しはお前の力になれたか?引き続き調べを進める故、これからはこまめに文を出すぞ。お前から返事がなくてもだ。》
眼前で喋っているかのような文章に、書き手の顔が浮かぶ。懐かしさにこみあげるものを振り払い、仁親は抽斗から書簡箋を取り出すと、さらさらと返事を書き始めた。
早速、郷守と刀守たちの身元の照合が開始された。仁親は姫君のそばを離れるわけにいかず、東吾は風森村にいるため、高虎とユキが調べを行う。二人は郷守屋敷の本殿近く、書庫のある一角にいた。村の男たちは郷守として出仕する際、まず登録簿に記帳される。屋敷内に四百人ほど、外にはおよそ二千人いるとされる男たちを一人ずつ調べるには数日を要し、高虎はともかく、ユキは書庫番の男たちの訝しげな視線を浴びながら通いつめることになった。そして膨大な身元情報を洗った結果、今回シン太が知らせてきた行方不明者と同じ戸籍を持つ男が一人いた。
「……蛇川村の多喜治だな」
高虎の指揮の下、尋問が行われる。なんと男は刀守だった。ユキが郷守になって間もない頃に刀守に昇進したため直接の面識はなかったが、何度かその姿を目にしたことはあった。水車に括りつけられた多喜治は、何を問い詰めても知らぬ存ぜぬを繰り返す。殺さない程度に手加減しているが、相当苦しい刑罰であることは経験したユキにはわかる。わかるからこそ、責め苦に耐えるこの男の強靭な精神力に畏怖の念を抱かずにはいられなかった。水車が回り水中から顔を出した多喜治は、高虎の横に立つユキの怖気に似た感情に気づいたのか、浅い呼吸の狭間で口元をにやりと歪めた。ユキは見てはいけないようなものを見た気がして、思わず目を逸らしてしまった。
平七の時と同様、連日の水責めをものともしない多喜治の尋問には手を焼いた。ある日の朝、刀守がいつものように牢に向かうと、見張り役たちが血しぶきをあげて牢の前に倒れていた。慌てて牢の中を見るともぬけの殻、男は逃げた後だった。
その夜、郷屋敷に火が放たれた。




