三
東吾の強い言に、ユキは不安な気持ちが和らいでいくのを感じていた。
「あれは一見してわかりづらいが、優しい男だ。優しすぎるほどに。為ろうと思えば何にでも為れたものを。……それこそ風読みになる道だってあったというに。それを、わざわざ一番険しい道を選んだのだ」
「風読みに?」
意外な話に思わず足を止めるユキ。構わず歩いていく東吾の背中を慌てて追う。
「あいつなら為れる。あいつは否定するが、素質は俺以上だと思っている。父親譲りの、風読みの才があるからな」
いわゆる天賦の才というやつだ、と自嘲気味に話を続ける。
「あいつの父親は風読みだった。そして俺の師匠でもある」
「父親が、風読み……?」
「そうだ。あいつが風使いと呼ばれるのも然もありなん、風を読んで立ち回っているのだ。常人にはできない動きだ」
ふと郷巡りの時の情景が呼び起こされた。確かに、姫神輿から飛び出した仁親が放ったのは、風を味方につけたかの如き剣技だった。無論、吹きすさぶ風の中、一瞬の出来事で碌に見えてはいなかったが。
「今の俺の地位は間違いなく俺自身の力によるものだ、とも言い切れんのだ。俺は幸運だった。何しろ、あいつが身を引いたから風読みになれたようなものだ。全く、あいつには敵わんよ」
片手で後頭部をかく東吾の声は笑っていたが、その表情は影になってよく見えない。まもなく日没という時間帯、カァと鳴く鳥たちが連なって山の方へ飛んでいく。歩いてきた方向を振り返るも、奥屋敷の姿はもう闇に溶け込んで見えない。
いつかの夕闇の中、馬上で交わした会話がよみがえる。
――おいらなんて、雪の日に生まれたからユキって名付けられたんです。こんなに温かな郷なのに、雪が降ったなんて信じられないですよね
――そうだな
あの時、仁親はどんな顔をしていただろうか。自分の父親が死んだ日に生まれたユキのことを、笑いながらその日の話をするユキを、なんと思っただろうか。
「……俺は武術のほうはからきしだ。師匠に見出されていなかったら、風森村から一歩も出ることなく生きていただろうな」
ふっと笑う東吾の声に、ユキは我に返る。いつのまにか庭園の端まで到達していた。近くの小径に入り、やがて分かれ道にぶつかる。
「あいつは姫様ひとすじだ。だから風読みでなく、姫様の為だけに生きる剣となる道を選んだ。そのお陰で俺は風読みになれたんだ、己の才の足りない分は努力しないとな」
以前、仁親が東吾のことを“万物に通じる男”と、由ノ進も“医術に秀でた博識な男”と評していた。時に殿の意向に口出しできるという風読み。運だけではない、その地位まで上り詰めた裏には計り知れない努力があるのだろう。
共に歩くのはここまで、これからユキは郷守長屋へ、東吾は本殿へ向かう。
「まだ、お前に足りないものを見つけられていないのだろう」
小さくうなずくユキに、東吾はしょうがないと助言を一つくれてやることにした。くれぐれも、俺からの入れ知恵だと悟られるなよ、と言い添えて。




