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「月見酒といこうか」

 どかっと腰を下ろすと、男は、既に大徳利が二、三転がっているのはお構いなしに、近くにいる男達へ酒を要求する。

「日暮れにはまだ早いですぜ」

「なあに、構うもんか。俺は風流人なんだ、日の入りを眺めながらしんみり飲むのさ」

 たしなめる舎弟達を遮り、およそ一升ほどの酒を、あろうことか大徳利ごとぐいっとあおる。

「旨い!三夏村(みなつむら)の米から作った酒だ。初物だぞ」

「その初物の大事な戦利品を一人でしこたま飲んでるんだから、全くたちが悪い」

「ありゃ、絶対俺たちに寄越す気ないな」

 舎弟達が小さく漏らした文句に、耳聡く反応する。

「おいおいおい、このシン太様がそんなみみっちい男だとでも言うのか」

「とんでもねえ!有難くご相伴にあずかりたいもんで」

「おう、飲め飲め」

 集落から離れた山の奥、自然とできたのかはたまた誰かが作ったのか、一つの洞窟がある。入り口は男二人が並んで入れるほどだが、先へ進むと十人以上寝転がっても余裕のある空間が広がっている。その一番奥は、天井となる岩肌にいくつか亀裂が入っており、そこから光が差し込むことで明かりの役割を果たしている。入り口は茂みに隠れて見つけづらく、中の音は外へ漏れにくい。それをいいことに、男たちは格好の宴会場として昼夜酒を飲み交わしている。

 一番大きな裂け目の真下に鎮座するのは、先ほど大徳利をあおっていた男だ。筋骨隆々で強者の風格を漂わせているが、嬉々として酒を飲む表情には二十歳そこらの若者らしい面影が残っている。胡坐をかいて尊大にふるまっているが、襤褸のような煤けた青色の衣服を着ている。しかしその上から上等な毛皮を羽織っているのだから、なんともちぐはぐな格好だ。山で鍛えたであろう太く逞しい脚を襤褸布からのぞかせた男は、天窓代わりの亀裂を見上げ、悦に浸っている。

「お頭、伝書が届きましたぜ」

 舎弟の一人が駆け込んできた。飛燕雀(ひえんじゃく)と呼ばれる、伝書を運ぶ小柄な鳥を両手で抱えていた。

「珍しいな」

 シン太は、飛燕雀ごと受け取るとその足に結ばれた文を開く。なんだなんだと集まってきた舎弟達は、さっきまでの騒ぎはどこへやら、お頭が文を読む姿をじっと見守る。

 文に目を落とすことしばし、やがて顔をあげて男はにやっと笑みを漏らす。

「野郎ども、<御勤め>の時だ」




 鍛錬場に、男たちの割れ鐘をつくような声が響く。大きな輪になって押し合いへし合い騒ぎ立てている男たち、その中心には竹刀を持った男が二人向かい合っている。今日は半月に一度の御前試合。日ごろの鍛錬の成果を確かめるため、己の力量を誇示するため、何より出世の機会を掴むため、誰もが気合を入れて臨んでいる。

 ユキもご多分に漏れず、気合十分だ。誰よりも修練を積んでいるという自負を抱き、手まめだらけの掌を見つめながら、静かな闘気を秘めて出番を待っている。

 (ルール)は単純明快、郷守も刀守も入り乱れての勝ち抜き戦だ。緒戦は郷守(さともり)同士・刀守(かたなもり)同士でぶつかるが、勝ち上がっていくにつれて混合されていく。当然ながら階級上位の刀守の方が腕が立つ。徐々に郷守は淘汰されていくのだが、数少ない郷守がその厚い壁を突破していく様が見どころの一つでもある。

 ユキが最初に戦ったのは弥助だった。

「……久しぶりだな、ユキ」

「おう、久しぶり」

 お互い少し気まずそうに、剣を構える。審判役の上役は双方の構えを認めると、掛け声と共に右手を大きく振り下ろす。

「それでは始め!」

 合図と同時に踏み出すユキ。以前は、ユキの倍はあろうかという弥助の巨躯に圧倒されていたものだが、今のユキには隙だらけにしか見えなかった。小回りの利く特性を活かし、持ち前の素早さと修行で磨いた剣技によって圧勝だった。弥助は自分の身に何が起こったのかわからない風で地面に腰をつき、いつの間にか小さな相手に倒されていたことに驚いていた。次戦は、あまり会話をしたことのない郷守だった。三戦目も同じく郷守。日ごろ剣役の仁親に修行をつけてもらっているユキにとって、もはや郷守の中に敵はいなかった。四戦目にしてようやく刀守とぶつかったが、大した手ごたえなく勝利した。

 郷守が、それも年端のいかぬ少年が刀守を上回った。試合を取り囲んでいた男たちが低く大きく唸り、それはやがて喝采となった。

「おい、あいつは何者だ!」

「まだ子供じゃないか」

「どこかで見覚えがあるぞ……そうだ、郷巡りの時にいた奴だ!」

「確かあいつ、裏切り者の平七とつるんでいたユキじゃないか」

「そんなことはどうだっていい!刀守を打ち負かしたんだ、たいした気概の持ち主だ」

 会場はますます熱気を帯びる。思わぬ番狂わせに沸き立つ外野をよそに、ユキは自分でも意外なほど落ち着いていた。勿論、勝ち上がった嬉しさはある。刀守を破った時は確かに興奮した。しかし心のどこかで、この程度は当たり前だ、勝って当然なんだと、冷静に考えてもいた。

 ユキは順調に勝ち上がり、次が最終試合。今まさに繰り広げられている試合の勝者が、ユキの対戦相手となる。群れる男たちの向こう、竹刀を打ち合う二人の姿がちらちらと見える。流石ここまで勝ち抜いただけあって、両者とも相当な手練れのようだ。

「――そこまで!」

 決着がついたようで、わあっと男たちが歓声を上げる。両者一礼の後、敗者が場を後にする。入れ替わるようにユキが戦いの場へ足を踏み込む。目の前に立つ剣豪は、以前剣の指導をしてくれたあの男だ。

「お前と剣を交えるのは久方ぶりだな」

(よし)さん!」

 強くなったなと、優しい笑みで声をかける由ノ進。その言葉が、何よりも嬉しかった。


「始め!」

 合図を皮切りに竹刀を振り上げる。

 ――久しぶりに顔を見られて嬉しい。話し相手がいなくて寂しかった。話したいことがたくさんある。昔と違って言えないこともたくさんあるけれど――。それらの思いを全て太刀に込める。それに応えるように、由ノ進も打ち込んでくる。言葉は交わさなくとも、お互いの考えがわかるようだった。竹刀を打ち合うことが、二人の会話になった。

 いつか由ノ進が教えてくれたように、間合いを一気に詰めて相手の懐に飛び込むユキ。その動き読んでいたのか、すかさず薙ぎ払うような攻撃に転じる由ノ進。ユキはすんでのところで攻撃をかわすと、地を這うように再び相手に迫る。斜に構えた由ノ進が袈裟掛けで斬り込み、二人の獲物がぶつかる。つかのま睨みあった後、ぐっと押し合い一旦間合いを離れる。

 やはり強い。手ごたえのある勝負に、そして双刀と名声高い由ノ進と対等に渡り合っているこの現実に、ユキは興奮を隠しきれないでいた。額から流れる汗が首筋をつたい、地面に落ちる。周りは静かだった。二人を取り囲む観客も、息をのんで勝負の行く末を見守っていた。

 勝負は一瞬だった。正眼に構えた状態から両者同時に踏み出し攻撃を仕掛ける。

 僅かの差だった。ユキの速さが効いた。

 胴を打たれた由ノ進が膝をつくと、審判役が止めの合図を出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] おっ、勝ちましたね。何か感慨深いものがありますね。 どこぞで何者かが不穏な動きをしてますが……。どうなるか楽しみです。
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