六
照りつける日の光が、目頭を刺激する。泣き出さないうちにと、ユキは話題に他に逸らす。
「仁親殿から、風読みとは博識な御方とお聞きしました」
「中々わかっているじゃないか」
満足げな顔で応じる東吾。初対面の状況が悪かっただけで、こうして話してみれば気の良い男だ。
「東吾殿に会えたら聞きたいことがあったんです。青いお月さまの不思議とか、この郷に降る雪の話とか」
「ああ、そういうものに興味があるのか。どうだ、剣の修行なんぞやめて俺の下で学ぶか」
東吾の軽口を真に受けたユキは、飛び上がって必死に弁明する。
「とんでもない!これは鍛錬とは別で、その、知りたいだけで……。おいらが生まれた日は珍しく雪が降った、だから名前をユキにした。そう言われて育ったけんど、本当なのか知りたくって。だから、その……」
ユキの慌てふためく様が可笑しくて、東吾は笑いを堪えながら、片手をあげて制止する。
「わかっておる、わかっておる」
お互いにひと呼吸ついたことを確認すると、東吾がゆっくりと話し出した。
「夕月郷の南西、郷の境界近くに高砂山がある。その周辺の村では、数年に一度月が青く見えることがあるのだ。あのあたりは特殊な地形で、『山の息吹』と呼ばれる風が吹く。普通、青い光は散りやすく赤い光が人の目に届きやすいのだが、この『山の息吹』が曲者で、特定の方向と強さで吹いたとき、それが空気の性質を変化させることで光の流れが変わる。……あまりわかっていない顔をしているな」
風やら光やら空気やら、ユキには何が何やらだ。自然の理を意識して生きる風読みとは違い、剣の道を生きる者。普段弟子に説明する要領で話しても通じないのだと東吾は悟った。
「簡単に言えば、風の状態、大気の温度、月の高さ。それらの条件が揃ったときにおこる現象だ」
東吾はこれ以上易しく説明しようがなく、ユキはこの説明で納得するしかない。
「そしてもう一つの方だが。確かに、この常春の地で数十年に一度雪が降る」
「本当なんですね!」
自分の名づけ、すなわち自分が自分であることの一部を肯定され、笑顔がこぼれる。
「ああ。風読みが死ぬと、雪が降る」
少年の笑顔は一瞬で消えた。自分が生まれた日に消えた命がある、当たり前の話ではあるが、しかしそんなことは考えたこともなかった。
「お前が生まれた日は、先代が亡くなった日だ。……もう十三年経つのか」
しばらくは降らないだろうな、いや降っては困るが、と笑いを交えて話を続ける。
「風に愛された人間は、死んだときに風が泣く。雪は謂わば、風の涙だ。俺自身はもう、雪を見ることはないだろうな」
「ごめんなさい」
「何を謝ることがある。天地万有に興味を持つことは良いことだ。知りたいと思う欲を、失くしてはいかんぞ」
武芸でなく、学識でその身を立てる男らしい返しに、ユキはほっとする。
「名づけといえば、仁親の愛馬を知っておるか」
知っているも何も、ユキは以前その背に乗せてもらったことがある。“天翔馬”と呼ばれる名馬らしいが、残念ながらその走りっぷりはユキの知るところではない。もっとも、ユキが舟を漕いでいる間に発揮されてはいたのだが。
「はい、アマトのことですよね」
「知っておったか。あれは孝信様から賜ったものだ。名くらいつけてやれと姫様にせっつかれ、『天翔馬ならば、天翔でよい』などと適当に済ませおったのだ。比類なき駿足を駆る名馬に対し、なんとも芸のない!本当にあいつは、姫様に関わること以外はてんでおざなりでーー」
波長が合うのだろう。二人は日が昇りきるまで、和やかに会話を弾ませた。親しい兄貴分の由ノ進は遠く、近くにいる郷守たちには敬遠され、会うのは無口な仁親ばかり。人と話すことがユキの日常で希少となっているせいか、東吾と過ごす時間はユキにとって気の休まるひとときとなった。
流石に午後の見回りはお役目に向かわねばと、楽しい時間を惜しみながら東吾と別れる。名残惜しそうに何度も振り返るユキを、東吾は笑顔で見送る。
「……なんたる巡りあわせか」
意味有り気に零れた呟きは、視線の先を歩く少年の耳に届くことはなかった。




