三
「おい、しっかりしろ」
どうやら気を失っていたらしい。声に目覚めて目をあけると、先ほどの不寝番の男がユキを見下ろしていた。
「風仁が、池のそばで寝ている者がいたら起こすようにと仰っていたが……お前、何をしでかしたんだ」
流石に痛めつけ過ぎたと思ったのか、近くにいた刀守に声を掛けておいてくれたようだ。
「いや、すまん。剣役のなさったことだ、俺の分際で聞いていいことじゃあない。兎に角、ここは姫君の奥屋敷。お前はさっさと郷守長屋へ戻れ」
どうやって帰ったのか覚えていない。次に目が覚めた時には、ユキは自分の薄い布団の上で朝陽を浴びていた。
流石に疲れていた。あれだけ際限なく動き回っていれば、当然、身体は悲鳴を上げる。重いのは瞼だけではない、全身が大岩になったようだ。既に大半の男たちは郷守長屋を後にし、鍛錬場へ向かっていた。朝餉を食べる気力もなく、重い身体に鞭打って起き上がると、戸に手をかける。
「随分痛めつけられた様だな」
戸を開けると、見慣れない男が立っていた。六尺は優に超えていそうな背丈を包むのは、光沢のある紺色の長衣、その袂には房状に結わえた白い飾り紐が垂れている。身なりからして郷守でも刀守でもないが、大きく逞しい体つきは武人を思わせた。
「その様子じゃ、どうせ使い物にならないだろう。今日は俺に付き合え」
ユキの後に郷守長屋から出てきた男たちは、不思議な光景に首をかしげながらも、厄介事に関わるのは御免とばかりに横を通り過ぎていく。
「俺も暇じゃあない。ここまで出向いたのは、お前に話があるからだ」
だからさっさとついて来い、と促されるまま、ユキは偉丈夫の後を追った。
足を引きずりながら、ユキは考えにふけっていた。雅やかな衣装を着た正体不明の偉丈夫は、戸を開けた瞬間に迷いなく声を掛けてきた。相手はユキの顔を知っていた。そしてユキも、どこかでこの顔を見たことがあると直感していた。
生け垣沿いにしばらく歩くと、ふいに立ち止まって振り返る。
「水責めの時は悪かったな」
しばし記憶を辿り、薄れゆく意識の中で見た光景にぶつかった。水車を取り囲む男たち。その中にいて、厳しい顔を向ける大男の姿。
「あ、あの時の……!」
ばつの悪そうな顔で詫びる目の前の男と、ユキを水車に縛り付けて詰問していた男が同一人物とは思えなかった。
「改めて、風読みの東吾だ」




