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 奥屋敷の生け垣沿いに歩いていると、内側から声がかかった。

風仁(フウジン)がお呼びだ、池のところに」

 不寝番の刀守が、気の毒そうな顔を向けてきた。ユキが奥屋敷に顔を出すようになった当初は、なぜこんな子供に毎日お呼びがかかるのか不満げな様子だった刀守たちも、郷巡りの一件を聞きかじったらしい。毎夜山に放り込まれているのは、内通者と親しくしていた懲罰か何かだと認識しているようだった。流石に、元服前の子供が毎夜ふらふらになるまで山中を走らされている姿に胸が痛むようで、ここ最近は同情の目で見られることが多い。まさか、剣役(つるぎやく)直々に稽古をつけてもらっているとは夢にも思わないだろう。


 庭園の奥、いつかと同じ池のほとりにその姿はあった。手には竹刀と木刀。まさか、という考えが疲れた頭をよぎる。

「だいぶ夜目がきくようになってきたようだな」

 今宵は満月、闇に慣れた目には明るすぎるくらいだ。力いっぱいかかってこい、と言いながら木刀を寄越してくる。もはや力など残っていないに等しかったが、月夜の魔力が一種の高揚感を抱かせた。握りこんだ手に、緊張の汗が伝う。


 はっ、と気合を発し、勢いよく右足を踏み出す。そのまま仁親(まさちか)に向かって突進する。いつもの如く受け流され、崩れた態勢を立て直す。諦めずにもう一度振りかぶるも、どういうわけか軽々と弾かれる。何度突っ込んでもはねのけられ、まるで風に抗いながら走っている心地だ。進もうとしても進まないもどかしさ。打ちたいのに一撃も入らない悔しさ。そんな恨めしい気持ちを込めて相手を見る。二つの蒼い光を捕らえたその瞬間、仁親の姿が夜風にとろけた。直後、腹部への衝撃。途端、視界に星が煌めいて、気が付けば夜空を仰いでいた。

「今は花里様の目がないからな」

 成程、普段ユキにとどめを刺さないのは、姫君の御目汚しになるからというわけだ。あまりの力量差に、打ち据えるまでもないらしい。

 握っていたはずの木刀は、いつの間にかユキの手を離れ、池の縁石のそばに転がっていた。仁親が、倒れたままのユキに竹刀の切っ先を向ける。

「これが真剣だったならば、お前は死ぬ。いま刀を振り下ろせばお前は息絶え、何も守れないまま終わる。……何があっても刀を離すな。立ち向かうことをやめるな。お前はこのひと月、何をしていた。これくらいで倒れるはずがないだろう」

 珍しく口数の多い仁親の言に、ユキはありったけの力をこめて全身を奮い立たせる。冷えた木刀を拾い上げて再び構える。体中から蒸気が立ち上っているかのように、熱い。

「まだ、やれます。お願いします」

 言われてみればその通りだった。毎日休みなく、他のどの郷守よりも修練を積んでいた。通常の鍛錬の後で重い木刀を振り回し、真っ暗な山中を走りこんだ。一度倒れたからといって、これで終わりにするほど心も体も弱くないはずだ。

 何度も転がされ、そのたびに起き上がる。けれども決して手は離さない。鈍る腕を何度も振り上げる。そのうち月が雲に隠れ、あたりは本当に闇に包まれた。

「そろそろ終いだ。御祈りを終えた花里様を迎えなければならん」

 ふう、と軽く息をつく仁親を見て緊張が緩んだか、ユキは膝からがっくり崩れ落ちた。

「当たり前だが、木刀は竹刀よりも重い。まともに打ち合えば、威力のある木刀が強い。お前の剣技が軽い故、竹刀(こんなもの)でもやり返せる。お前に足りないもの、それを考えろ」

 疲労で声が出ないため、下を向いたまま頷くユキ。無礼と承知しているが、もはや身体が言うことを聞かなかった。

「……気を付けて戻れよ」

 そう言い残し、仁親は颯爽と立ち去って行った。

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