七
(へっ?)
予想もしていなかった展開に、喉の奥から変な声が出そうになり……なんとか堪えた。しばしの絶句の後、姫君の申し出に何も返事をしていないことに気付き、慌てて叩頭する。
「も、もちろんでございます!お役に立てることがあれば何でもやります!……でも、おいらじゃ力不足では……」
「心配には及ばん。俺が鍛えてやる」
「仁と共に、この奥屋敷に仕えるといいわ。そうすれば、護衛と修行ができて一石二鳥だもの」
ユキはそっと顔を上げ、上目づかいで正面の姫君と隣の仁親を交互に見やる。今、自分がとんでもなく間抜けな顔をしているに違いない。ああ、二人の瞳は似ているな、青く澄んで綺麗だな、などと現実逃避などもしてみた。思考が現実の成り行きに追いつかない。
「それはよい考えじゃ。それでは儂は束の間の剣役を終えて、元通り黒夜叉についての調べを進めるかの」
高虎までもが加わり、急な展開に一人ついていけずユキは混乱する。ついこの間まで一介の郷守に過ぎなかった自分が、濡れ衣で罰せられお役目返上になるかと思いきや、今度はまさか秘密の任務に加わることになったのだ。
「それでは仁、お願いね」
「御意」
この二人、主従の結びつきにしてはやけに親しげな雰囲気だ、とユキは思った。仁親の方は臣下として一線を引いているようだが。それでも、ユキに会いたいという姫君の我儘に気を揉んだり、郷巡りでの刀守の動きに対する辛辣な物言いを窘めたり、まるで家族や恋人を気にかけるような素振りも見せる。
対する花里姫の方は、剣役が辛うじて引いた線をお構いなしに越えており、常に姉弟のような気安さを含んだ口調で話しかけている。
人間は困惑すると、降りかかる問題から目を背けがちだ。まさに今のユキがそれだ。自身の運命の変転をすぐには飲み込めず、頭の中を占めるのは、目の前で繰り広げられる会話の内容よりも、当人たちの関係性についてだった。
「どうした、何か聞きたいことでもあるのか」
疑問符が頭上に浮かんでいる風な様子のユキに気付いた高虎が問いかける。
「お役目のことなら、追々指示を出す故、心配には及ばん。その間おおいに仁親に鍛えてもらうがよいぞ」
「はい、精進いたします。いや、それよりも……」
言いさしたユキを、「ん?」と肩眉を上げて高虎が促す。
「あの、先ほどから姫様は仁親殿を “仁” と呼ばれておられますが……その、お二人は、仲良しなのだなと」
寸の間、ユキ以外の三人が顔を見合わせ――高虎の高笑いが響き渡った。
「はっはっは!何を気にしているのかと思えば、そうか、そうか」
花里姫も、口元を袖で隠して笑いをこらえている。仁親は、相変わらずの無表情だが。
「わたくしと仁は、幼馴染の間柄なのです」
「ああ。花里様が私を仁と呼ぶのは、幼いころからそう呼んでいるから」
それだけだ、とぶっきらぼうに言葉を結ぶ仁親。それを聞いて、笑いながら高虎が説明を補足する。
「確か、仁親の“親”という字が書けなくて、不貞腐れてその字を無視したのが始まりだとか」
「高虎!それは秘密よ!」
「これは失敬!」
顔を真っ赤に染めて抗議する姫君を一瞥し、仁親が口を開く。
「花里様が仁と呼ぶから、周りは自然と“剣役=ジン”と覚えてしまったようだ。誰ともなく、風使いのジンと呼び始めた」
通り名の起源は、剣の主君だった。
意外な収穫、ことに二人の幼少の逸話を聞いて、ユキの顔にも笑みが灯った。それを見て、姫君も小言を収めて笑顔を向ける。郷の花は、どんな表情をしていても美しかった。にこやかな微笑みも、厳しく口を結んだ顔つきも、涙を堪える様子も、頬を染めて怒るところも。今まで遠い存在だった姫君だが、初めての謁見で色々な表情を見て、少し親近感がわいた。親近感というと不敬にあたるかもしれないが、郷の象徴としてではなく、一人の人間として接することができて良かったと思った。この御方を守りたい、守れるだけの力を得たいと固く心に誓った。




