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 ――正確には。

「兄上と、義姉様になるはずだった御方の」

 絞り出すような、か細い声だった。ユキを見つめた強いまなざしは陰り、涙こそ流していないが、話を続けようと開かれた口元が小刻みに震えている。話を続けられない花里(かり)姫に代わり、仁親(まさちか)が先を続ける。

「花里様の兄君、通晴(みちはる)様は夕月郷の次期当主になるはずの御方だった。十二年前、萌黄(もえぎ)の殿の妹君である(さくら)姫様とのご婚礼の日に、黒夜叉集団に襲われた」

 黒夜叉集団――萌黄郷の創世に登場する黒夜叉の名を拝借し、夕月郷を枯らすという残忍な野望を模倣する、謎多き集団。婚礼の儀を狙って来襲してきた賊を相手に、夕月の若君は自身の命を犠牲にして愛する花嫁を守ったのだった。

 高虎が、悲痛な面持ちで口を開く。

「桜様は一命を取り留めたものの、通晴様のご逝去にたいそう気を落とされてしまい……心を病み、衰弱の果てに身罷られた」

 以来、夕月・萌黄の二つの郷にとって、黒夜叉集団は共通の敵となった。婚礼の襲撃以降、月守(つきもり)一族を狙った動きは鳴りを潜めた。たまに夜暗に乗じて村々を襲っているようだが、どれも郷境にある小さな村ばかりで、騒ぎに気付いた時にはもう逃げた後といった有様だった。


 仁親や高虎が最も警戒しているのは、花里姫の婚礼だ。男の後継ぎがいない夕月郷は、萌黄郷の当主の弟君を婿に迎えることになっている。夕月郷の存亡に関わるこの重大な婚礼を狙って、黒夜叉集団が再び襲い掛かってくるのではないかと危惧している。

「十二年前と同じことを繰り返してはならん。先の郷巡りは、婚礼の儀を前に黒夜叉の手掛かりを掴むための謀だった」

 そんな一大事とは露知らず、ユキはお役目に浮かれていたのだった。その挙句に内通者と間違われ、捕らえられ、刑罰を受け……仁親に助けられた。ユキは、あの夕暮れ時の仁親とのやり取りを思い出す。

「仁親殿が替え玉をしている間、姫様はどうされていたのですか」

「わたくしは、ずっとこの奥屋敷におりました。剣役の代理は、この高虎が」

 名を呼ばれた高虎は、少し表情を和らげてユキを見る。

「剣役が姫君のそばを離れるなど本来あってはならないことだが、仁親の他、女子に化けられる(なり)をした者がおらんでな。それで儂が、仁親が姫役をやっている間だけ花里様の剣となっておった……いやあ、姫君の御側に侍るのは久しゅうて。懐かしさにこみ上げるものがござった」

 すかさず仁親が頭を下げ、謝辞を述べる。

「流石は萌黄郷の “刀守一等(かたなもりいっとう)”、花里様をお守りいただき有難うございます」

 言葉少なだが、意を掴みかねるユキにもわかるような言い方を選ぶところに、仁親の気遣いが顕れている。初めて口をきいた時の物言いから、ぶっきらぼうな口下手とばかり思っていたが、そうでもないらしい。


 萌黄郷には “剣役(つるぎやく)” がいない。これは正しいようで正しくない。姫君を守るお役目は存在しているが、祖が刀守のため、敬意をこめてその上位の役名を用いない。その代わり刀守に位があり、一等が剣役に値する。


「高虎は元々、桜様の随伴として輿入れと共に夕月郷に移る予定でしたの。それが、あんなことがあって……」 

 高虎は、桜姫の刀守一等を務めていた。敬愛する姫君と、その伴侶となるはずだった若君。二人の仇をとるまでは、萌黄郷に帰れないと言ってずっとここに留まっているのだ。

「黒夜叉集団について、高虎が主となって調べています。この件を知っているのは、夕月郷ではここにいる二人と、わたくしの父上と母上、そして風読みの東吾。黒夜叉の手掛かりが少ない以上、迂闊に味方を増やせない。しかしまだまだ必要なのです、信のおける者が」

 どうして自分にそこまで話すのだろう。ユキは頭がぼうっとして、自分を見つめる姫君の青い瞳に吸い込まれそうになっていた。

 一呼吸おいて、姫君はさらに言葉を紡ぐ。

「同じ痛みを経験したユキなら、力を貸してくれますね」

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