四
ユキが通された奥の間は、その名の通り屋敷の奥にある部屋だ。ユキの正面は床が一段高くなっており、姫君が着座するであろう台座が設えてある。ユキから台座まで、その距離およそ十尺(三メートル)。外の音は一切聞こえず、平伏しているため視界は床板のみと、ユキは聴覚と視覚がふさがれたような格好で姫君の入室を待つ。平身低頭で緊張状態のユキに対し、隣の仁親は上体を軽く下げるのみで涼しい顔をしている。
やがて衣擦れの音と、鈴を転がすような声が前方から聞こえた。
「よく来てくれました。面を上げて頂戴」
郷の花は、愛らしい笑顔をたたえて台座に腰を下ろしていた。その縁は朱で描かれた花々で彩られており、長く艶やかな黒髪に映える姫君の美しさを一層引き立たせている。淡い桃色の着物に焚き染めた香が、少し離れたところに座っているユキの鼻をほのかにくすぐった。
年の頃はユキよりいくつか上の印象を受けた。少し垂れた目元と、紅のさす頬、緩やかに弧を描く薄紅色の唇。青みがかった大きな瞳が、優しくユキを見つめている。いつか想像した、月光に照らされた泉の女神が目の前にいるような気分だ。
「花里様、こちらが例の少年です」
「無理を言って御免なさいね、仁」
花里姫。それが郷の花の名だ。あまりにも畏れ多く、郷屋敷に仕える者たちは皆、直接御名を口にすることを避けていた。民に至っては、姫君の名を知る者はほとんどいない。それほどまでに、郷の花は遠く高貴な存在なのだ。
その雅やかな微笑みに目を離せずにいると、ユキから見て姫君の右隣にいる壮年の男が笑いながら話しかけてきた。
「姫様の御前だ、見惚れるのは構わんが、まずは名を申せ」
「もっ申し訳ございまして……ユ、ユキといいます。ささささ郷守としてお仕え申しており候、お初にお目にかかかりもうしあげたたたたてまつり……」
しどろもどろで答えるユキに代わり、仁親が後を引き継ぐ。大方の話は、予め伝えてあったのだろう。この年若い郷守は賊に襲われた山吹村の生き残りであり、先の郷巡りでは騒動の渦中にいたのだと、簡潔に話す。
「周りにいた刀守たちは、そなたを取り押さえたんでしょう。なんて間抜けなこと!」
「言葉が過ぎます、花里様」
「あら、本当のことじゃあないの」
苦言を呈する仁親に、すまし顔で応酬する姫君。二人を交互に見やる困り顔のユキ。見かねた側仕えの男が、またもや笑いながら口をはさむ。
「姫様、話が先に進んでおりませんぞ」
「あら高虎、仁がいけないのよ。……さて、ユキ」
名を呼ばれて飛び上がりそうになるユキ。先ほどまでの笑みが消えた真剣なまなざしの姫君に見つめられ、緊張は最高潮に達していた。
「そなたとって辛い記憶だとは承知しておるが、村が襲われた時のことを詳しく聞かせてほしいのです」




