三
昼飯をささっとかきこみ、昼一番の見回りに赴く。今日も今日とて、周りの郷守たちとは必要最低限のやりとりしかしていない。見回りを終えて鍛錬場に向かう道すがら、ユキは上役の刀守に呼び止められた。
「午後の鍛錬はよいから、ついて参れ」
またしてもあの騒動の聞き取りか、それともとうとうお役御免になったのか。いずれにしても良い用向きは期待できず、郷守たちと馴染めなくなったユキにはもうここに居場所はないのかもしれない。鬱々とした気持ちを抱えながら首を垂れていたために、ユキは自分がどこを歩いているのか認識していなかった。
「連れてまいりました」
上役の声にはっとして顔を上げる。気が付けば庭園の奥、足を踏み入れたことのない場所に来ていた。前に立つ上役の背中からそっと顔をのぞかせると、池のほとりに見覚えのある人物が立っていた。
「さがってよい」
「は。ユキ、失礼のないようにな」
去り際に小声で耳打ちすると、上役は心配そうに一度振り返り、そして一礼して立ち去った。
「急に呼び出して済まないな」
二度目は存外早くきた。詫びの台詞とは裏腹に、無表情でユキを迎えたのは仁親だ。剣役の御仁が、一介の郷守に何の用だろうか。
「お、お久しぶりにございます。仁親殿におかれましては……」
「平七が死んだ」
思いがけない一言に、ユキは全身が凍り付いた。兄貴分としての平七は頭から消し去り、反逆者として認識を改めたつもりだったが、動揺を隠せなかった。
仁親によると、今朝舌を噛んで死んでいるところを発見されたという。牢の前には刀守が見張りとして二人ついていたが、目を離した隙に命を絶ったようだ。
「尋問に応じず、毎日手を焼いていたらしいが……結局、奴らの手掛かりは未だつかめていない」
奴らというのは平七が組していた集団、もといユキの村を襲った賊のことだ。ユキは、自分が呼び出された理由が薄々わかってきた。賊を見たことがある身近な人間として、白羽の矢が立ったのだろう。この後の言葉は容易に想像がつく。賊は何人いたか、襲われた時の様子は、武器は何だったか……事細かく聞かれるのだろう。命令にしろ要請にしろ、ユキには逆らう術はない。まぶたをぎゅっと閉じて、覚悟を決める。
「姫様がお前に会いたがっている」
「へ?」
話の脈絡の無さに、ユキは拍子抜けする。物騒な賊の話と姫君が、どう繋がるのだろうか。相変わらず言いたいことだけを単発で、過程をすっ飛ばして話すものだから、理解が追いつかない。
「あまりこういう類の話はお耳に入れたくないのだが……困ったことに、当の本人が会わせろと言って聞かないんだ。いいか、あまり惨たらしい言い回しはするなよ。本来、姫君のもとに穢れを持ち込んではならぬのだから」
どうやら、賊の話を姫君の前でしろということらしい。それも、ユキが見聞きしたものを控えめにという注文つきで。
狂ったように雄たけびをあげて攻め入る賊や、首を刺されて血しぶきと共に倒れた隣家の姉さん、丸焦げになった友のことなどは……言わないほうが無難であろう。
「わかりました。おいらでお役に立てることがあるなら」
その言葉に頷くと、仁親はついて来いとユキを促し歩き出した。
庭を突っ切ると、屋敷の端にある廂の間に到着した。見覚えのある生け垣が、視界の端に映りこんだ。
「履物はここで脱げ。謁見の前に “邪払い” をする」
ユキの正面に立つと、仁親は目を閉じてボソボソと何か呪文のような言葉を口にしだした。そのまま片手を軽く握って額の前に持ってくると、一呼吸おいて目を開く。そして何事もなかったかのように、渡り廊下を歩き出した。ユキも何かしたほうが良いのか迷っていると、先を行く仁親が振り返った。
「どうした、ついて来い。もう“邪払い” は済んでいる」
「は、はい!」
未知の儀式に戸惑っているユキをよそに、ずんずん歩みを進めていく。
「知っていると思うが、この渡殿は奥屋敷へ通じている。まもなく姫と見える故、心せよ」
少年の顔が火照る。お互いの目が合ったあの時、女装した仁親が歩いていた場所を、その当人と共に歩くことになるなど、あの頃のユキは想像だにしていなかった。




