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 朧月が儚げに浮かぶ夜空を、今宵も月見台に立って見上げる姿があった。郷の花たる姫君は、あまり外へ出ない。外界の穢れに触れてはならぬからだ。たとえ毎夜、その身を清めていたとしても。




 ある日の朝、ユキは鍛錬場の隅で一人竹刀の素振りをしていた。周囲では、対になって剣を打ち合ったり、徒手で投げ合いをしたりと、郷守(さともり)たちが稽古に励んでいる。

 郷巡りの一件以来、ユキと行動を共にするものはいなくなった。姫御輿(ひめみこし)を襲った平七と一緒にいたユキも危険人物と見なされたようで、他の郷守たちに白い目で見られながら、その小さな体をさらに小さくするように過ごしていた。

 よく一緒におしゃべりに花を咲かせていた伊助と弥助は、郷巡りのお役目に加わっていなかったことが幸いし、冷遇の憂き目にはあわずに済んでいる。そして両人は、自分たちに被害が及ばぬよう、ユキを避け続けていた。そのため、ユキは弁解する機会もなく孤独に過ごしていた。


 あの騒動の詳細は伏せられたはずだったが、郷巡りに参加した男たちから少しずつ話が漏れ伝わっていた。姫御輿が襲われたこと、下手人が平七だということ、そしてユキが水車の刑に科せられたという話が、留守番組の男たちの耳に入っていた。一度罰せられた人間がお役目に復帰したということは、疑いが晴れたということを意味するのだが、事が事、郷の花の命にかかわる出来事なだけに、誰もユキと関わろうとしない。ただ一人を除いては。

「久しいな」

(よし)さん!」

 声をかけてきたのは、真新しい装束に身を包んだ由ノ進だ。

「励んでいるな。どうだ、少し顔を貸さないか」

 一人でできることに限界を感じていたユキは、喜んでその申し出を受けることにした。


 二人は、人気のない屋敷の裏手の方までやってきた。鍛錬場の方から、男たちの掛け声がかすかに聞こえる。

「怪我の具合はもう大丈夫か」

「おう!ほれ、この通りさ!」


 あの郷巡りの日、平七が仁親(まさちか)に斬られた後、ユキは姫御輿の右側に配置されていた刀守たちに取り囲まれた。姫御輿が死角になって、平七を止めようとするユキの姿が見えなかったばかりに、共謀者だと勘違いされたらしい。さらに不運なことに、姫御輿の正面にいた東吾が騒ぎに気付いて振り返った時、ユキが刀守に取り押さえられている様子を目にしてしまった。そのせいで水車の刑に科せられてしまったのだ。


 努めて強がってみせるユキに、由ノ進は労わりの言葉をかける。

「とんだ災難だったな」

 ユキと同じ側にも数人いたはずだが、彼らをはじめあの場にいたほぼ全ての郷守・刀守は、姫御輿から飛び出てきた姫装束に釘付けになっており、哀れな少年が捕まる姿など目に入っていなかった。

 そんな中、由ノ進はただ一人冷静に事を見極め、伸びた平七を縛り上げていた。実際に手をかけたのは仁親だったが、由ノ進は下手人捕縛の功により、念願の刀守への昇格を果たしたのだ。

「すぐに助けてやれなくて済まなかった。気が付いた時には、お前が引っ立てられた後だったんだ」

「いいんだ。下手人を捕まえるほうが大事だ。由さんはお役目を全うしただけだろう」

 平七を縛り上げて終わりかと思いきや、まさかユキまで捕まるとは思っていなかったと、由ノ進はすまなそうに言う。

「いや、謝らせてくれ。あの時、お前を疑う気持ちが全く無かったわけではないのだ。俺の位置からは凶行の瞬間は見えなかったんだ。……少しでもお前を疑ったこと、許してくれ」

 言わなければわからなかったものを、由ノ進から律義に謝罪の言を述べられ、ユキは救われた気になった。鍛錬でも居場所がなく、見回りでも仲間たちに口をきいてもらえず、心細く過ごしていたユキには、自分を信じてくれる存在がいるだけで心強かった。


「ところで、新しいお役目にはもう慣れた?刀守ってどんなお役目なんだい?由さんの他にも双刀はいるのかい?」

 刀守になったばかりで忙しいだろうに、居場所のない自分を案じて会いに来てくれたことが嬉しくて、ユキの声は自然と弾む。

「そういっぺんに聞くなよ」

 由ノ進は今、郷の南西にある村々の管理を任されているらしい。各村の視察や郷守のとりまとめ、殿に納める作物の出来を確認したりと、なかなか忙しく過ごしているようだ。郷娘へのちょっかいは程々に抑え、至極真面目にお役目に励んでいるとは、本人の言だ。

「久方ぶりに郷屋敷へ参ったが、やはり落ち着くな」

 今日は受け持ちの村々の状況報告をしに、顔を出したという。二人が顔を合わせるのは郷巡りの日以来だ。郷守時代は毎日のように一緒に過ごしていただけに、ユキも由ノ進も物足りない思いを抱えながら日々を過ごしていた。お互いあえてその名を口には出さないが、ある男の存在を意識せずにはいられないのだ。かつての仲間であり、あの騒動を起こした張本人の話題を避けるように、二人は思い出話に花を咲かせる。


「それにしても……ククッ……しかし」

 新米の刀守は、思い出したように笑いを漏らす。

「『花の姫君』かと思いきや、お前が見惚れた相手が男だったとはな!」

「そっ、それは言うなよう!」


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