五
あっけにとられて、涙も引っ込んだ。
「あの人は剣役ではなかったのですか」
「……先ほど名乗ったはずだが」
自分の間抜け具合に、恥ずかしさで全身が熱くなる。涙ではなく、今度は汗が噴き出した。ユキは、真っ赤になった顔を両膝の間にうずめ、身悶えしそうな身体を力いっぱい抑えた。
東吾という名のあの大男が、剣役のはずがない。今、郷にいる姫君はたった一人。そして目の前にいる仁親こそが、その姫君をお守りする剣役なのだから。
「策は全て東吾が考えた。隙を与えれば姫を狙ってくるだろうと踏んだ。俺が囮になって、姫様のふりをした。俺の役を、あいつがやった」
それでは、ユキが姫君だと思っていたのは剣役で、剣役だと思っていたのは風読みだったのだ。郷屋敷の庭先で見惚れた姫君は、女人ですらなかった。
「気が付きませんでした……その、まさか男だったなんて」
少し熱の残る顔を上げたユキが、小声で呟く。
「郷の花の御命を、危険にさらすわけにはいかないからな」
なんてことない風に答える顔つきは、まさしく一流の剣士、姫君を守る剣役のものだ。姫君の身に万が一があれば、郷は枯れる。仁親の肩には、姫君一人の命だけではなく、郷に暮らす人々全員の命に対する重責がのしかかっているのだ。
それだけに、平七の罪は重い。ユキは覚悟を決め、ずっと気になっていた問いを切り出した。
「アニ……平七、は、どうなったんですか。まさか、殺したんですか」
刀を構えた姿勢で地面に沈んだ平七の姿が、ユキの脳裏に浮かぶ。
「大事な情報源だ、死なない程度に斬った」
「死なない程度……」
ユキが力いっぱい掴んでも抑えられなかった平七を、この優男の手にかかれば、手加減しても造作なく捕らえることができるのだ。それも、身動きしづらい姫装束を纏った状態で。
女子の恰好が似合う小柄な体躯の一体どこに、それだけの力を秘めているのだろう。先ほどユキを支えた腕は、華奢な体つきからは想像できない力強さだった。ユキは改めて、隣に座る仁親の頭のてっぺんから足先まで、まじまじと見つめた。
身体の大きさでいえば、平七の方が一回りほど大きい。さらに、ユキが剣役だとばかり思っていた東吾という風読みの方が、上背も肩幅もあってがっしりとしており、武人という言葉が似合っていた。
ユキは自身の小柄な体つきに引け目を感じていた。由ノ進も弥助も大柄で力強く、身体の小さなユキや伊助はいつも打ち負かされていた。
どのくらいの鍛錬を積めば、決して大きいとはいえない身体でも、剣役に選ばれるほどの領域に達することができるのか。身の程知らずなこの問いは、ユキの心の中に留め置くことにした。




