四
水から解放され、意識を取り戻した。その途端、また水の中に潜る。もう何度目だろうか。身体の自由はきかず、くぐもった音が近くから聞こえる。うっすら目をあけると、見覚えのある大男が厳しい顔で自分に話しかけているようだが、何を言っているのか聞き取ることができない。
(あれは、たしか剣役……)
薄れゆく意識の中、記憶の糸を手繰りよせていく。剣役は、刀守の中でも最強の男、選ばれし男。姫君ただ一人に仕える男。いつかそう話して聞かせてくれたのは、共に鍛錬を積んでいた仲間だ。いつか刀守になりたいと言った自分を、生意気だと笑い飛ばしたアニキ。そう、平七のアニキ。
つい最近、初めてアニキに歯向かった気がする。なんだったろう……。
記憶が断片的によみがえってくる。
見事な装飾をちりばめた姫御輿。
姫御輿を見つめる、着飾った郷娘たち。
鞘から刀身を抜き放ち、背を向けた平七。
その平七の手を、掴んで離すまいと抵抗した自分。
そして、風を纏って降り立った姫装束。その瞳は――。
「いい加減にせんかっ!!」
ハッと意識を取り戻す。手足を縛られて大の字の格好で水車に括りつけられ、数人の男たち囲まれていた。そのまま何度も回転し、水中に沈む。息が続かず苦しみもがき、やっと新鮮な空気に触れたと思えば、また水の中へ。水面から頭が上がっている間も、息継ぎを許さず詰問が入る。
「吐け。誰が首謀者だ。仲間はどこにいる。」
大男がユキに詰め寄る。哀れなユキは、肺に水が入り、声はおろか息もでてこない。男は無言を抵抗と捉えたのか、呼吸する間も、状況を理解する間も与えられず、また水中に突っ込まれる。
(なんで……おいらがなんで……)
何かの間違いだ。何も悪いことをしていない。むしろ、悪事を働こうとした平七を止めようと体を張ったではないか。
一方的に痛みつけられるだけの水責め地獄を何度も繰り返し、まもなく意識を手放すという寸前で、水車の動きが止まった。
(…………?)
手足を縛るひもが解かれ、地面に倒れこんだ。ゼイゼイとあえぎ、立ち上がろうとするも力が入らない。
「何故あなたが」
「こいつはあの男と一緒にいたんだぞ」
「もう少し続ければ口を割るかもしれない」
数人の男が何やら言い合っているが、音として認識できても中身が全く入ってこない。耳の中は水が溜まり、歯はガチガチ鳴る。視界はぼやけ、頭の中もぼうっとする。びしょ濡れの服が身体にまとわりつき、その重みと冷たさに耐えようと、両手で自分自身を抱きしめる。
横から手が伸び、腕をひっぱられ肩の下に手が回る。
なぜ水責めにあっていたのか、なぜ助け出されたのか、そして誰が肩を貸してくれているのか。何一つわからないが、考える余裕などなかった。ユキはそのまま相手に体重を預け、引きずられるようにその場を後にした。




