49 大馬鹿ヤロー
次に目を覚ました時、天はまず痛みを感じた。
どこに、どころか、全身に。なので、目を開けた直後にできたのは、痛みに呻くことだった。
「うぐっ……」
痛みと、体の下にある柔らかい感触から、自分が寝かされているのだと分かる。
「か、は……」
肺から空気が逃げる。荒い呼吸が続く。そのたびに体がひび割れていきそうに感じる。
「天さん、無理はしないでください」
「……え?」
首すら動かないので困っていると、海智留が顔を見せてくれた。
「体中を激しく打ったんです。今は、横になったまま動かないでください」
「う、うん……」
言われた通りにしていると、だんだん呼吸も落ち着いてきた。深呼吸を何度か繰り返していると、やっと痛みも落ち着いて来た。
「ねえ、海智留さん」
「はい、何ですか? 天さん」
「何があったんだろう? 俺、よく覚えてなくて」
問うと、海智留ははっきりと教えてくれた。
「階段から落ちたんです。正確には、落ちそうだった私をかばってくださったんです」
「え、俺、階段を落ちたの?」
「はい」
「海智留さんも? 大丈夫?」
「私は大丈夫です。天さんのおかげで、怪我一つありません。ただ、その代わりに天さんが……」
「俺? ああ、そういえば、俺ってどうなったんだろう? なんか、体中が痛いけど」
「私をかばってくださったので……」
どうやら、自分は海智留を助けるために、無茶をしたようだ。
いつぞやは鼻血ですんだが、今回はそう簡単ではなかったらしい。だが、
「海智留さんは、無事? 本当に、怪我とか無いの?」
「えぇ。きちんとお医者さんにも診てもらいました」
「そっか」
深く吐息し、
「海智留さんが無事なら良かった」
心の底から、そう思う。すると海智留は泣きそうに顔を歪めた。
「私よりも、ご自分の体を心配してください。二日も目を覚まさなかったんですよ?」
「そう、なの?」
「はい。とても、心配しました」
そう言う海智留の顔は、いつか見た気弱なもので、
「とても、とても心配しました。目を覚ましてくれて、本当に良かった……」
今回は、どこか温かい涙に見えた。
「泣かないで、海智留さん」
言ってはみたものの、海智留の涙は止まらない。
「そう思うなら、泣かせないでください。天さんが、もう目を覚まさないかもって、本気で思ったんですから……」
「あはは、ごめん」
「笑い事ではありません……」
泣かれながら、怒られてしまった。
「私も、浜田さんも、心配で眠れなかったんですよ?」
「そんなに……? 大げさ……ってわけじゃないのかな?」
「はい。天さんに万が一のことがあれば、私も後を追う所でした」
「そ、それは困るよ。せっかく海智留さんは無事だったんだから……」
「それくらい、心配したんです。悲しかったんです」
海智留の涙は止まらない。腕が動くなら拭ってやれるのだが、天の体はまだ言うことを聞いてくれない。
「浜田さんも、あと少ししたら戻ってきます。きちんと、怒られてください」
「う、うん」
海智留をここまで泣かせてしまったのだ。真波はさらに厳しく怒ってきそうである。
「二回も私の命を助けて……。天さんは大馬鹿ヤローです」
「ひ、酷いなあ」
「こんな面倒な女、助けても良い事ないじゃないですか」
「面倒だなんて思ってないよ。海智留さんや、真波ちゃんといられるのは、楽しいから」
「本当、ですか?」
「本当だよ」
最初は成り行きだったかもしれない。だが、今回は、
「海智留さんが無事で、俺は本当に嬉しいんだ」
これが天の本心だ。
言うと、海智留はくしゃくしゃな顔で、それでも微笑んでくれた。
「天さんは、やっぱり大馬鹿ヤローです」
頬を撫でられて、天も、笑った。




