隣に立つためには
大方の学園案内を済ませた姫野は刃を連れてとある場所へと向かっていた。
山籠りで体力には自信のある刃だったが、久しぶりの舗装された道を長く歩いたことで少しばかり疲労していた。少しだけ休憩をしないか打診しようとしていた刃に振り返った姫野が。
「着いたわよ」
どうやら目的地に辿り着いたらしい。最後に刃を連れてきた場所は小洒落た店だった。
なんだ、ここ。
今度はどんな店を紹介されるのだろうか、と。疲労している中でも期待してしまう刃は、店の看板を見て首を傾げる。
看板には”フラワー”と書かれていた。見た目からはどのような店かわからない。植木や花壇の花々は瑞々しくよく手入れされていることがわかる。そのため刃は、花屋ではないかと考えた。
目的地に着くなり、店の扉を開いて中に入っていく姫野。それを追うように刃も店内へと入っていった。
中に入ると店主と思われる人物がゆっくりとやってきて、姫野と刃を見て驚いたような表情を見せた。
「あらまあ。香織ちゃんが男の子を連れてくるなんて初めてじゃなあい?」
30代くらいの軽い化粧をした身長の高い男性。女性のような話し方が特に目立つ男性が親しげに姫野へ話しかけていた。
どうすればいいのか困っていると、姫野が顔を赤くしてその発言を否定する。
「ち、違うから! こいつは今日編入した学徒!」
「そおなのお? とてもそれだけには見えないけどお?」
「ほんとにそう!」
うふふ、と。上品に笑う男性はチラリと刃を見た。目が合った刃はどうもと会釈をする。男性は刃を頭のてっぺんから爪先まで舐め回すように観察すると、クスッと笑う。
嫌な感じはない。むしろ洗練された技術のように見える。きっと、この男性の仕事は人を観察することが関係するのだろうと刃が考えていると、頭を抱えた姫野が本題を話し始める。
「それはそうと今、空いてる?」
「見ての通り。お客様は1人もいないわねえ」
「そう。ちょうどよかった。ちょっと、こいつの髪の毛を切ってあげてくれない?」
花屋じゃなくて床屋なのか……。
刃の背後に回った姫野が背中を押す。おっとっと、と。数歩前に出た刃が背の高い男性を見上げる。
姫野が言い出す前からそうじゃないかと考えていた男性は。
「いいわよお。他でもない香織ちゃんのお願いだしねえ。さあ、どうぞお」
ここは姫野が通っている美容院だった。姫野が最後にここへ連れてきたのはずっと気になっていた刃のボサボサの伸びた髪だった。見るからに田舎者——あるいは浮浪者のような風貌の青年が自分のパートナーであることが許せなかったのだ。
ゆえに、刃を学園案内するにあたって、最後にはここへ連れてくることを考えていた。
困惑する刃は、男性に招かれるまま、席に座った。カットクロスを纏わされ、鏡に自分の姿が映る。まじまじと自分の顔を見ることがなかった刃は、思ったより髪が長いと感じた。
そんな刃の髪にミストスプレーで髪を濡らしながら、男性が問いかける。
「さて、どんな髪型がいいかしらあ?」
「どんな……髪型なんて気にしたことないからなあ……」
髪型どころか服装にすら頓着のない刃は美容院と相性が悪かった。加えて言えば、刃はこういった場所で髪を切ったことがない。昔から髪を切るときは家族が適当に切っていたのだ。
だから、こういう時にどう答えればいいのかわからないでいた。
それを見かねた姫野がファッション雑誌を適当に開いて雑誌に映る男性モデルを指差した。
「こんな感じでいいんじゃない? 朝のセットとか楽そうだし」
「あんらあ。やっぱり2人って——」
「だから違う!」
刃も姫野が選んだのなら間違いはないだろう、と了承した。
注文を受けた男性は手際よく髪を切り始める。数分もしないうちに男性から質問がきた。
「香織ちゃんと一緒にいるってことは、今度はあなたが香織ちゃんのパートナーなのかしら?」
「あ、ああ。て言っても仮だけどな」
「仮……? ああ。香織ちゃんってば恥ずかしくて契約できていないのねえ!」
「だーかーらー! そういうんじゃないって言ってるでしょ!?」
チョキチョキと一定のリズムでハサミが通る。時間が経つ度、床に刃の伸び切っていた髪が落ちていく。
手慣れた様子は見ていて安心感がある。
「それはそうと、香織ちゃんのパートナーって大変じゃなあい?」
「……大変? どのあたりが?」
「ほらあ。香織ちゃんってプライドは高いし、ツンデレだし、超奥手だしい? パートナーに選ぶ条件も厳しいのよお」
「誰がツンデレよ! ……条件が厳しいんじゃなくて、みんなが脆弱なだけよ」
鏡越しにファッション誌を読んでいる姫野がむすっとした表情でいるのが見えた。
実際、男性の言う通り姫野はプライドが高い。それは小さい頃からの教えも相まっているのだろう。それゆえに自然とパートナーに求める要求も高くなってしまう。
それで言えば、刃は姫野に曲がりなりにも勝利したわけだが……。
チラリと姫野が刃を見つめる。
容姿は悪くない。実力も……認めたくないけどアタシより強い。無類のゲーム好きは言い換えればモチベーションの高さと言えるわね……。パートナーとして、あるいはそれ以上の関係も……。
そこまで考えて姫野は自分がとんでもないことを考えていると恥ずかしさのあまり頭から湯気が出てしまう。
それを刃は見ていたが、ファッション誌に際どい服装の男性モデルでもいたのかな、と的外れなことを考えていた。
「それで。その辺はどおなのお?」
「姫野のパートナーが大変……か。それはすごく楽しそうだな」
ポロリと本音が漏れる。
髪を切る手が止まる。男性は刃の後頭部を見つめながら感動のような驚きで言葉にならなかった。姫野との関係は長い。姫野が6歳で学園に入ってきた時からかれこれ12年の付き合いだ。
小さい頃から姫野の不幸を数多く聞いてきた。高すぎるプライドのせいで友人ができず、せっかくできたパートナーも逃げるように姫野から離れていった。孤独、孤高の兎”アル=ミラージュ”などと呼ばれるようになったことを気にしているのを、男性は知っていた。
その姫野とのパートナー関係を楽しそうだ、と言える人物がいるだろうか。できるなら、出会ったばかりの青年にはずっとそのままでいてほしい、と男性は思った。
「あなた……名前は?」
「俺? 不知火刃だけど」
「そう、刃ちゃんね。今度から散髪するときはここへ来なさあい。サービスしちゃうんだからあ」
「へっ? あ、ああ、うん?」
都会の人ってみんなこんなに親しい感じなのか……?
またしても勘違いをしている刃だが、刃のことが気に入った男性には関係のない話だった。
とても丁寧に散髪をし、洗髪までしたので40分ほどかかって、見事に刃は浮浪者から今時の若者に変わった。髪は短く整えられ、細いが筋肉質の体にマッチしていた。
終わって料金を払おうとした刃の前に姫野が立ち、勝手に支払いを済ませてしまった。流石に小洒落た美容院が安いはずはない、と支払いについて話をしようとする。
「お、おい。流石に——」
「いいわよ。……ふーん。少しはアタシのパートナーらしい格好になったじゃない」
「それは似合ってるって言ってるのか……?」
なんとも言い難い態度の姫野に翻弄されながら、姫野と刃が美容院を後にしようとする。
その2人を男性が呼び止める。
「香織ちゃん、刃ちゃん」
「何よ」「ん?」
「楽しんでいらっしゃい。人生楽しんだもの勝ちなんだから」
不意な言葉に面食らう2人だが、次の瞬間にはそれはもう知っていると言いたげな顔つきで、何も言わずに美容院を出た。
——ゲームは楽しむもの。
——ゲームは勝利するもの。
2人のゲームに対する価値観は差異があるとしても”アンダーワールド”で生き抜くことだけは変わらない。
今日という1日が終わる。刃にとっての夢にまで見た学園生活が始まろうとしていた。




