アンダーワールド
「俺は不知火刃。よろしく」
夢にまで見た学園生活の初日。講義室に並んだ学徒たちの前で自己紹介をする刃。学徒たちはそんな刃を見て、ヒソヒソと耳打ちをしていた。内容は聞き取れなかったが、都会の人にとって田舎の人間が珍しいのだろう、と刃は気にすることなく適当に空いている席に着席すると、隣には姫野の姿があった。
姫野はつまらなそうに外の景色を見ている。
「おはよう、姫野」
「……おはよ」
……低血圧かな?
あまりテンションの高くない姫野を不思議に思う刃だが、教師が授業を始める。
1限目は物理学。と言っても、ただの物理学ではない。極東第一学園の授業は全てが”アンダーワールド”で使える実践的な授業になっている。なので、物理学も”アンダーワールド”における覚えておいて損のない内容で構成されている。
スクリーンに映像が映し出される。どうやら”百鬼影”のクラスについて説明するようだ。
「復習だが、みんなの”百鬼影”にはクラスというものが存在する。全て答えられるものはいるかな?」
勢いよく手を挙げる刃。
その勢いに嬉しさを持った教師が指差した。
「剣士、槍兵、弓兵。暗殺者、司教、騎兵。そして、守護者です!」
「その通り。ではクラス相性についてはどうかな?」
「剣士は槍兵に強く、槍兵は弓兵に強く、弓兵は剣士に強い。暗殺者は騎兵に強く、騎兵は司教に強く、司教は暗殺者に強い。守護者は全てのクラスに防衛は有利でも攻撃は不利になります!」
頷き、刃の発言が正しいことを示す。
このルールは10年前から変わっていない。生まれた瞬間に脳をスキャンされ”百鬼影”を当てがわれ、クラスについてもその時に付属して決定される。これは”アンダーワールド”を作るAIがその人の適性を基に決められている、とされている。
二丁拳銃を使う刃は弓兵に分類され、素早い行動ができる姫野は暗殺者のクラスだ。
相性的には可もなく不可もない。姫野に勝利した刃は相性差で勝利したわけではないことがわかる。
続けて教師はスクリーンに映ったクラス相性をポインターで指して。
「だが、近年の研究でクラス相性の有利不利で必ずしも勝敗が決まるわけではないとわかった。つまり、不利な相性でも相手を倒せるというわけだ。それはなぜか、答えられる者は?」
「”百鬼影”を操る人のプレイスキルの差によっては勝てる……とか?」
「不知火さんは勤勉だ。その通り、近年の研究でプレイスキルの差が勝敗を分ける確率が高いことがわかった。と言っても、以前としてクラス相性が重要であることに変わりはないけれどね」
講義室内が少しざわついた。刃は”アンダーワールド”内の勝利の法則の変化について驚いているのだと思い込んでいるが、そうではない。小声で話されているのは、刃が噂の人物であること。噂通りなら姫野が新しくパートナーを作ったことを話していた。加えていうなら”可哀想に”や”今度の犠牲者はあいつか”など決して明るい内容ではなかった。
姫野はそのことに気がついていたが、あえて放置していた。ここで声を荒げても講義の邪魔になってしまうし、無理に否定や肯定をすれば余計に噂が広まってしまうことをよく知っていたからだ。
映像が切り替わり”アンダーワールド”における物理法則についての説明が表示される。
教師はその際たる例にポインターを移して解説を始めた。
「”アンダーワールド”は実によくできたシステムだ。現実の物理法則をうまくゲームに落とし込んでいる、とも言える。落下によるダメージや、部位欠損によるダメージは実にミリ単位で計算されている」
その計算とやらがどれだけすごいことなのかは刃にはわからない。学者としての教師はその凄さを学徒たちに教えたいのではなく、そのシステムをうまく利用することであらゆる戦いを有利に進めてほしいと考えていた。
実際問題、ゲームである”アンダーワールド”は各国の情報機関が保有するどのシステムよりもある意味では優秀だ。ことゲームに至ってはどの国も超えることのできない代物と言えるだろう。
現実と見紛うほどの物理演算を全てデータで管理運営し、約70億人以上のプレイヤーが同時にログインしてもサーバーが落ちないどころかラグが起こることのない強靭さを持ち合わせている。
教師の講義は今まで独学でプレイしていた刃にとってプレイスタイルの新しい側面を与えた。できそうだからやっていたことを物理的に理解し、感覚で行なっていた一切の動作を数字的に考えられるようになった。
まるでスポンジのように知識を吸収していく刃はとても目を輝かせていた。その横で姫野がジト目で見つめている。
「——とまあこのように、どれだけ早く動けたとしても視界が捉えられる速度には限界がある。逆で言えばパワーに全振りしてもスピードを育てなければ目で相手を捉えても攻撃がヒットすることは超人的な予測が可能でなければ難しい。まあ”アンダーワールド”にはレベルアップといった概念はないし、ステータスを上げるにはレートの上昇が手っ取り早い。何か質問は——」
ピンッ、と刃が手を挙げる。
自分の趣味のような講義にここまできちんと反応をしてくれる学徒に感動した教師はすでに刃がお気に入りになりつつあった。喜んで刃の質問に答える。
「レートを上げずにステータスを上げる方法って、アイテム採掘エリアの攻略がやっぱり効率いいんですか?」
「ふむ……なかなかに難しい質問だ。前提としてアイテム採掘エリアの攻略に参加すれば自然とレートは上がってしまう。かといって、レートを上げるためにアイテム採掘エリアへ籠るのはやはり効率が悪い。君たち学徒であれば、中間、期末試験を受けて勝ち取った点数がそのままステータスに振り分けられるポイントであることを加味すると……」
うぅん、と頭を捻らせる教師。
別に刃はレートを上げたいわけではない。むしろ積極的にレートを上げて自己強化に打ち込みたいと考えていた。しかし、学徒という身分上、レートを上げるには主に3つの方法しか存在しない。
1つ目が教師の言った中間、期末試験で高得点を取ること。これによりレートもステータスを上昇させるポイントも同時に手に入る。
2つ目が基本的に常設されているアイテム採掘エリアの周回だ。これは貢献度によってはレアアイテムが見込めるし、少しだがレートも上がる。また、特別仕様としてステータスを上げるアイテムがドロップすることもある。
3つ目が7つのグランドダンジョンの攻略だ。攻略の貢献度次第ではレートが跳ね上がるケースもある。ただし、グランドダンジョンの敵は強大で、かつ常設されているわけではないため現実的ではない。
頭の中で計算が終わった教師が結論を告げる。
「中間、期末試験を介さない極短期間で見れば、おそらくはアイテム採掘エリアの周回は効率がいいだろう。けれど、学徒の本分は勉強だ。中間、期末試験を挟む期間であれば、試験に力を入れた方が効率よくステータスを上げられると私は思うね」
「わっかりました! ありがとうございます!」
嬉しそうに着席する刃。誰が予想できただろう。こんな子供みたいな眩しい笑顔の裏で、刃は1ヶ月という期間をどのように過ごすかを緻密に計算しているなどと。
年間表をデータで受け取った刃は、すぐに一番近い試験を調べた。1ヶ月というタイムリミットの中で行われる試験は5つ。編入したてで高得点を狙えるかわからない以上、それ以外でステータスを上げるほかない。
刃が目指しているのは”アンダーワールド”の完全クリア。そのメインルートに姫野との勝負が組み込まれていた。なぜなら、姫野が刃の実力を認めているのと同じく、刃も姫野の実力を認めていたからだ。
”アンダーワールド”というゲームは、1人ではクリアできない仕様になっている、と刃は考えている。刃にとって総合レートで1位を取ることが完全クリアではない。AIの考えた戦争を無くすための代理戦争のクリア条件はもっと別にある、と考察している。
ともかく、刃の最優先事項はステータスの上昇だった。
程なくしてチャイムが鳴る。スクリーンを消して、教師が講義室から出ていった。
刃は頭の中でスケジューリングしながら、どのような選択肢を取ればゲームをより楽しくできるだろうとウキウキしていた。
その脇腹を姫野が突く。
「ああう!? な、なんだよ……」
「お昼……付き合いなさい」
「え? ……ああ、そんな時間か。じゃあフードコート集合でいいか?」
「……? 食堂で買うんじゃないの?」
「朝知ったんだけどさ。極東第一学園のオリジナルメロンパンってのがあるらしいな! 俺、メロンパン好きなんだよお」
ああ、そういえばそんなものもあったな、くらいの反応で姫野は席を立つ。
「そ。じゃあ、先に席を取っておくわ」
「おう! よろしく頼む!」
簡単な挨拶をして、2人は講義室で別れた。
だが、刃はまだ知らない。極東第一学園のメロンパンがどれだけ人気なのかを……。




