優秀な問題児
「——納得できません!」
一通りの説明を受けた姫野ははっきりと宣言する。その断固とした態度を見て、南奈は頭を抱えてしまった。
そりゃそうだ。
早めの再会を果たした刃と姫野は冒頭約3分における激しい討論を始め、それを止める形で南奈が話に割って入った。が、仲裁をしようとした南奈を巻き込んで議論はみるみるうちに大きくなり、挙句の果てには再び刃が痴漢魔であるという暴論に至った。
この際、刃がたとえ痴漢魔であろうが関係ないとした南奈の強行な話の進行で、刃と姫野にパートナー関係を結んで欲しいと願われたのだ。
その結果、反発に反発を重ねた否定が学長室に響き渡った。
「こんな痴漢魔とパートナーを組むなんてあり得ません!」
「いやしかしだな……。君の言うように痴漢魔だとしても、刃の実力は折り紙付きだ。必ずや君の助けになれると確信を持って言えるんだが……」
「実力があれば痴漢をしてもいいんですか!? それ以前に、この痴漢魔はレートが低過ぎます! 到底アタシとは釣り合いが取れていないと思います!」
「いやお前たち、人のことを痴漢魔、痴漢魔言い過ぎな!?」
決して痴漢をしたくて行った行為ではない。確かに、側から見れば美少女と言える姫野を押し倒すような形で、あわや太ももまで揉みしだいた軽率な行動は刃の落ち度ではある。
しかし、それは故意でやった場合に限る。今回は刃も地図を見ながら歩行していたため、注意散漫だった。姫野も遅刻しそうになっていたことで周りをよく見ずに走っていた。どう見ても不慮の事故として扱うのが妥当な案件だ。
姫野もそれはわかっていた。ただ、それを許せないのは姫野の高すぎるプライドのせいだった。姫野は南奈を持ってして優秀な問題児と呼ばれている。それは優れた百鬼影を持ち、プレイスキルも並外れているからだ。唯一の問題点を挙げるとすれば……。
「姫野。刃は決して君に劣る凡人じゃない。才能の有り余る君を使いこなせるのは、私はこいつだけだと断言できる。パートナー関係が長く続かない君でも、不知火刃ならば、学内レート第8位の君を絶対に失望させることはないだろう」
高いプライドと学内8位という実力。そのふたつが姫野の傲慢さを招き、数多あったパートナー関係が長く続かなかった。姫野のプレイングに誰一人としてついて来られなかったのだ。
その事実を知っているがゆえに、姫野は苦虫を噛み潰したような表情になる。
優秀な問題児として紹介された姫野を見て、刃は今朝方のことを思い出す。人の話を聞かない傲慢さと、刃自身に10年のブランクがあるとはいえ自分を楽しませたプレイスキル。南奈ではないが、姫野を正しく運用することができれば、確かに大きな戦力となるだろう。何よりもそっちの方が楽しそうだ、と刃は心の隅で思っていた。
南奈は今ではなく、未来を見越して姫野を今のうちに矯正したいのだ。ただし、それは傲慢さを削るとか、プライドを捨てさせるといった長所にも短所ともなる持ち味を消すと言う意味ではない。むしろその逆。
獅子は兎を狩る時も全力を出すという慢心のないプレイヤーへと成長してほしいと思っているのだ。
南奈の切なる願いも心の隅ではわかっていた姫野は、それでもと刃を指差して訴える。
「このアタシがこんな髪もボサボサの見るからに田舎者ですみたいな人とパートナーを組むなんてあり得ません!」
「それは……まあ。……おい刃、ホントになんでそんな格好でここまで来たんだ?」
「じ、時間がなかったんだよ……」
刃は指摘された髪を触って少し申し訳なさそうに告げる。
ショーケースのガラスに写る自分を見て、小綺麗な浮浪者みたいな姿に少しだけ恥ずかしさを持った。長く山奥に引きこもっていたことで、見た目のことなど考える必要がなかったとはいえ、都会に出てくるならそれなりの身なりでくればよかったと後悔する。
しかし、来てしまったものは変えようのない事実だ。姫野には今の自分を受け入れてもらう他ない。それに姫野はすでに刃の実力を嫌というほど身に染みているはずだ。
低レート帯。10年前の汎用型拳銃を二丁持った何の特殊能力のない小鬼を巧みに操り、高レート帯の自分を負かした実力は、並外れたものではない。加えて言うなら無傷で勝利するなど姫野のプライドをへし折るにはこれ以上のない屈辱だっただろう。
「どうしてもダメか……?」
キッとした鋭い眼光で刃を見つめる。蛇に睨まれたカエルのように硬直する刃は引き攣った笑みで何も言わなかった。
少しして姫野は南奈に視線を戻す。
「彼の実力は認めます。完膚なきまでに敗北しましたから。徹底した間合い取りと、適切なタイミングでの射撃はきっとこの学園の学徒にはできないと思います」
「だったら——」
「だからこそ、許せないんですよ。そんな実力を持ちながら、今まで山に籠ってた? 衰退していく日本を山奥で自給自足の生活を送りながら知らんぷりしていたなんて、同じ日本人としてあり得ません」
その瞳には怒りにも似た羨望が映っていた。
一息の後、奥歯を強く噛んだ姫野が続ける。
「もし彼がいれば、今の日本にはなっていなかった」
おや。
刃は姫野の発言に疑問符を掲げる。
たとえ、刃がどれだけ有能なプレイヤーだとしても、たったひとりで戦況を覆すことは難しい。そも、刃にとって自分がいれば試合に勝てたはずだという状況は何の面白味も感じない。
ゲームはひとりで楽しむものではない。その進捗、レアアイテムの発掘、プレイスキルの披露。それらを友人と分かち合い、語り合うことがあって初めてゲーム足り得るものだと考えている。
ゆえに、刃がいれば今の日本はなかった、などという妄言を刃が飲み込むことはない。
勘違いを正さねば、と。眉間に皺を寄せて首を傾げる刃が言う。
「たかがゲームの勝敗で、何をそんなに深刻そうな顔をしてるんだ?」
「——たかがゲーム?」
姫野の額に青筋が浮かび上がる。それが怒りを表していることは今朝方刃が知った新しい情報のひとつだった。
「あんた、本気で言ってる……?」
「だ、だってそうだろ……? ”アンダーワールド”で行われる影絵は、そりゃあ企業や国が関わっているとはいえ、特殊能力やアイテム、プレイスキル、戦略が要求される超高度なシミュレーションゲームじゃないか」
机をバンッと強く叩く姫野。血走った目は”アンダーワールド”のことを何も理解していないと訴えているよう。
結論から言えば、刃の認識は大方合っている。AIが世界から戦争という大多数からして無益なものを無くすために考案された全人類が参加可能な代理戦争は、すでに1コンテンツとして大きな収益をあげていた。
レアアイテムを発掘、売買することを始め、陣取りゲームである影絵では企業や国が所有する軍隊から自営業の傭兵まで職業として成立するまでになった。
ゆえに超大人気ゲームという認識は間違いではない。
ただし、刃の理解には圧倒的に足りていないものがあった。それは実益を兼ねた命の価値を極限まで下げた戦争であるという認識だ。世間ではすでにただのゲームでは無くなってしまったのだ。
そういった点で名家のお嬢様である姫野は刃の発言に嫌悪感すら持った。
「……学長。やっぱり、この人はわかっていません。どれだけ”アンダーワールド”での出来事が現実世界にどんな影響を与えるか。まるで理解していない」
「ちょ……と、待てよ……。何か勘違い——」
「まあまあ。ふたりとも。そこまでにしないか、な?」
一方的に責められる刃が反論しようとしたところで、南奈が割って入る。これ以上の話し合いは無意味だと判断したのだろう。
山籠りで政治的な知識の浅い刃が姫野の言葉を理解するには、まず今の”アンダーワールド”をプレイするしかない。逆に言えば、プレイすれば嫌でもわかってくるだろう。10年前のただ楽しむだけで事足りた時代は、もう過ぎ去ってしまったのだという事実が。
そうして、新たな認識の中で、刃も姫野の才能の重要性に気がつくはずだ、と。南奈は信じていた。
腹の中に住まわせた真っ黒な蛇は若いふたりをどのように活用しようかと塒を巻いている。南奈もまた、10年という歳月で刃の知る女性ではなくなってしまった。
南奈は不敵な笑みのまま、人差し指をピンと立てて。
「そうだ。ふたりには勝負をしてもらってその勝敗で決めるというのはどうだ?」
「「——勝負……?」」




