伝説の再始動
「——君を極東第一学園に勧誘したい」
真剣な眼差しに冗談は感じられない。ダウンロード中のアイテムの量を見ても本気であることがわかる。
言葉を受けて、刃は少し考える。学徒生活というのはネット社会から逃げていた刃にとって憧れのものではある。ゆえに、学園への勧誘を断るような無粋なことはしない。まして、日本が誇る極東第一学園であれば、なおさら入りたい。
だが、気になるのは入るために提示された条件だった。2000個のレアアイテムと400個の装備品。加えて1000万バーツを渡すと言われて、刃は困惑した。なぜなら、刃は自分のことをただのゲームが好きな18歳だと思っているからだ。
両手を振って、南奈を見る。
「いやいやいや! なんだよこれ!」
「……やはり、足りないか。だが、これが我が校の自由に扱える金額なんだ。レアアイテムであれば、もう少し——」
「そうじゃなくて! こんなものなくても学園に入るって!」
報酬が少ないと勘違いしていた南奈の言葉を遮って刃が叫ぶ。刃にとってこれは破格の勧誘だった。むしろ、過剰なほどの報酬と言えるだろう。
わからなかったのは、自分にそれだけの価値があると勘違いしている南奈の考えだった。
刃の言葉を受けて、南奈はきょとんとした顔をする。
「なに……? まさか、お前。自分の価値をわかってないのか」
「か、価値……?」
ただの18歳に特別な価値があるとは思えない刃は、その言葉に首を傾げた。そこで刃は自分のことを見直す。ゲームが好きだった。一度ハマれば深くそのゲームを理解するようにしていたし、その最たるタイトルが”アンダーワールド”だった。
通常8人パーティーを組んで攻略するアイテム採掘エリアを単騎で最速タイムを叩き出すほどにはやり込んだ。全てはゲームを楽しむ心が生み出した結果に過ぎない。言ってしまえば、趣味の範疇だった。
そこに価値を求めることはできないだろう、と刃は考える。やりたいからやった結果に、重要性は関係ない。
そういえば、こいつはこういうやつだったなあ……。
そんなことを思って南奈は頭を抱えた。
南奈から見れば、刃は世間知らずの少年だと言える。現に刃は自分の価値どころか、世界情勢もうまく理解していないだろう。頭にあるのはゲームをどの角度から見ればより楽しくなるか、といったものだ。
小さく息を吐いて、南奈は切実な現状を吐露する。
「刃。今の”アンダーワールド”は10年前とは違った見られ方をしている」
南奈は耳にかけている映像型デバイスをトントンと叩いて、起動を促す。それに気がついた刃は急いでデバイスを起動した。
すると、仮想空間が広がり、テクスチャが貼り付けられていく。
今日本が置かれている状況と”アンダーワールド”内における日本の戦績など、いくつものタブを開いてひとつひとつ説明していく。
「見ての通り、日本の直近の戦績は酷いものだ。全盛期だった5年前と比べて20区画もの土地を簒奪された」
「日本ってそんなに弱かったか……?」
首を振る。
「弱くなかった。全盛期では世界3位になれるほどの国力を有していた。だが……状況が変わったんだ」
「この少子化……ってやつか。でも、上位プレイヤーがいるだろ?」
わかっていないな、と。右手で目元を押さえる。
実際問題、刃は今の”アンダーワールド”における年齢というものの要素の大きさを理解していない。
10年とはどれだけ環境を変化させるものなのか。若い刃には理解が追いつかないのだろう。
映し出された数々の情報に目を通して、刃は日本の敗戦について考察する。戦力差が大きくあれば、敗北にも納得がいく。だが、提示された資料には戦力差が拮抗している戦いでも敗北しているのが目立っていた。特に3年前に戦力的に相手国を上回っていた戦いで南奈が指揮をしたものを見つける。その勝敗は敗北だった。
おかしいな……。
チラリと南奈を上目遣いで見る。
刃の知る南奈は優秀な軍師だった。戦力差が拮抗していれば、辛くも勝利することくらいはできたはずだ。それがどうして敗北などという結果に終わってしまったのか。
暗い顔の南奈が資料を見ている刃に少しの罪悪感を持った。
「10年……10年だ。この時間がどういう意味を持つかわかるか、刃」
「……は?」
「老化したんだよ。私も含め、上位プレイヤーのほとんどが老化した! ああ、嫌だ嫌だ!」
ああー。なるほど。
恥ずかしそうに顔を両手で隠す南奈を見て、刃は理解する。
10年前に上位プレイヤーだった者たちは当時若くても18歳。10年の月日が流れれば28歳を超える。20代後半になれば、嫌でも反応速度の低下は免れない。端的に言えばおじさん、おばさんになってしまったということだ。
それに加えて日本は現在少子高齢化が進んでいる。有望な若者の母数が少なくなっているのだ。それが直近の日本の敗北の原因だった。
全てを納得して、刃はふと疑問に思ったことを言う。
「つまり……俺にどうしろと……?」
全てを納得した上で、刃は南奈が自分に何を求めているのか理解できなかった。
10年の時間の中で、たくさんのものが変化したのはわかったつもりだが、だからと言って刃が10年間修行をしていたわけではない。刃の実力は10年前のままだ。今更、環境の変わった”アンダーワールド”に参戦したとしても、即戦力になれるとは思えない。
無論”アンダーワールド”というゲームがつまらなく感じるようになったわけではない。今朝の姫野との戦いでその熱は再燃したと言っても過言ではない。再び遊べるのなら、必ずクリアして見せよう、と考えている。
おそらく何もわかっていないだろう、と考える南奈は刃——あるいはかつての戦友——に提案する。
「刃。お前には今の日本を変えてもらいたいと思っている」
「——は? 日本を変えるって、そんなこと俺にできるわけないだろ……」
突拍子もない発言に刃は眉間に皺を寄せて困った顔をする。
事実。今の”アンダーワールド”において、ひとりの力が戦況を左右するなど到底不可能に近い。
それができるのは誰も寄せ付けない優れたプレイスキルを持つ者か、クラス相性を覆す力を持つ戦闘系ユニークウェポンを持つ豪傑のみ。ただし、これには落とし穴がある。いかにプレイスキルが優れていようと、戦闘系ユニークウェポンを所有していようと、たったひとりではその効力を十分に活かすことができない点にある。
結論。どれだけ強さを見込まれている刃でも、南奈の求める結果が出る確率は低い。
そんなことはわかっている、と。南奈は言葉を続ける。
「別にお前ひとりで日本を強くしてくれと言ってるわけじゃない。ただ、お前を指針に日本の戦力の底上げをしたい」
「……すまん。俺はバカだからよくわかんないんだけど。具体的に何をすればいいんだ?」
「現在の世界情勢は総合レートの高さが強さだと思い込んでいる奴らが多い。だが、決してそうではない。そもそもレートとはどれだけこの世界に貢献し、どれだけやり込んだかを示す指標でしかなかったはずだ。それを勘違いしている輩が大多数を占めてしまっている」
そう。そうだった。かつては今のようにレートで付け上がる不当な輩を一掃することが楽しい時代だったではないか、と。
一息。目に光が戻った南奈は立ち上がって右拳を強く握り、天井に視線を向ける。
「だというのに、レートが高いからと指揮官の命令を簡単に無視するようなバカどもが増え過ぎたんだ! あの戦いは私の言う通り動けば、絶対に勝てたはずなのに! ああ! 思い出したらムカついてきた! 戦略の重要性も知らないガキどもが!」
どうどう、と。猛る南奈を落ち着かせようと手を振る。
刃の見つけた敗北の資料の話をしているのだろうと勝手に予想する。確かに、南奈の采配で敗北するなど滅多に見られたものではない。それが部下の命令無視が原因であると思えばあり得ないことじゃないだろう。
結局、何をして欲しいのか教えてもらえていない刃は、昂っている南奈から言葉を引き出すより、自分で推測した方が早いと頭を回転させる。
10年前に1ヶ月ほどしかプレイしていない”アンダーワールド”での刃のレートは今朝の戦いの結果で更新され、400から500に上がっている。だが、学徒の平均レートは1000。ようやく半分に至ったに過ぎない。
もし、低レートの刃が日本最大の”アンダーワールド”プレイヤー育成学園、極東第一学園に入り、実力を見せれば、周りの学徒たちは何を思うだろう。
あるいは考えを改めるかもしれない。それこそが南奈の望む結果だった。
考えのまとまった刃が南奈に問いかける。
「つまり、俺は”アンダーワールド”を楽しめばいい、ってことか?」
「……んん……まあ、そんなところだ。お前はお前らしく過ごしているだけで周りへの影響は大きいだろうしな」
「歯切れの悪い言い方だな……。まあ、ゲームはゲームだ。楽しいからこそ命を賭ける意味がある」
一応の理解を持った刃は立ち上がって右手を差し出す。
それを見て、南奈は確認する。
「これは私の計画に参加してくれる、という意味でいいのか?」
「ああ。どこまでできるかわからないけど、また一緒に遊ぼうぜ」
「……感謝する。お前がいれば百人力だ」
固く握手を交わして、ふたりは契約を済ませる。
それを待ってました、と。南奈は席に戻って男性用の新品の制服とあらかじめ用意しておいた学徒証を取り出して、それを刃へと渡す。
刃も快くそれを受け取って眺める。
憧れの学徒生活。その最初の一歩だ。
感動もほどほどに、南奈は刃へと言葉を投げる。
「お前にやってもらうことは簡単だ。学園でその実力を示し、ある優秀な問題児を導いてほしい」
「ゆ、優秀な、問題児……? おい、なんか矛盾して——」
「入れ」
その号令で学長室の扉が開く。
褐色の肌。ラベンダー色のパーマのかかったショートカットの少女。あまりにも見覚えのある少女が入室してきて。
「すみません、遅刻しました。道中で不届者に会い——」
「あ」「げっ」
不穏の再会が、ここに果たされた。




