ダークブルーへの返礼
「——パーティーを組んで欲しい?」
極東第一学園第1位からの突然の誘いに、コーヒーを飲む手が止まる。対する桜はマグを両手で持って温かいココアをゆっくりと飲んでいた。
刃の中で、どこかクリアしたい場所でもあるのだろうか、と考えを巡らせる。けれど、その思考もすぐに止めた。桜ほどの実力があれば、パーティーメンバーを集めるなんて容易だと気がついたからだ。
わざわざ出会って1ヶ月で、そこまでの実力を見せていない刃をパーティーに誘う意図がわからなかった。
純粋な疑問として、刃は再度確認する。
「え、っと。ほんとに俺とパーティーを組みたいってことで合ってる?」
「合ってるの。桜は刃と一緒に”アンダーワールド”をやりたいの」
刃と一緒に、という点に刃は大きく引っかかりを感じた。
桜の目には刃しか映っていない。他のプレイヤーには目が行っていないのだ。どうしてそこまで刃に固執するのか、それがわからなかった刃は頭を捻る。
その実、桜はパーティーメンバーに困ったことはない。学園で最強という称号はメンバーを集めるにあたって引く手数多であり、桜と一緒にプレイをしたいという学徒は大勢いる。
対して刃であるが、謎の編入生——ひいてはユニークウェポン”千灯籠”を持つ10年前の伝説的プレイヤー”黒塗り”とあって、学徒に留まらず企業や国までもが喉から手が出るほどに欲しい人材だ。
この2人が手を組んだとなれば、一躍ニュースに抜擢されるだろう。だが、桜の本音はニュースになることではない。もっと別の大きな目的のための共闘だった。
桜はマグの水面を見つめ、揺れる自分の影を捉える。
「刃にとって”アンダーワールド”はなんなの?」
「ゲームだな」
即答した。何を思うわけでもなく、ただ当たり前のように答えた。
普通の感覚ならば、そこで驚くはずだが、桜は違った。価値観は違えど、桜も刃と同じように”アンダーワールド”を別の視点で捉えている。それは一般では異端であり、姫野のような一本線の入ったものからは叱責が飛び交う。
桜もそのことに関しては何度も叱責を受けたものだ、と昔を思い出す。ただ刃と違ったのは、実力で地位を手に入れ、文句を言わせないだけの立場を手に入れたことだった。
では、桜にとって”アンダーワールド”とはなんだろう。当然の疑問を刃はぶつける。
「桜は違うのか?」
「……違うの。桜にとって”アンダーワールド”はただ面倒臭いだけなの」
「面倒……」
「だってそうなの。世界に9つしかない戦闘系ユニークウェポンのひとつを生まれながらに持っていたせいで、たくさんの人が桜を連れ回したの。桜はもっとのんびりしたいの」
のんびりしたい。これが桜の本音だった。
桜は生まれながらにユニークウェポンを持っていた、と思っているが、それは正確ではない。生まれて初めて”アンダーワールド”をプレイした8歳の時にとある偉業を無自覚に達成してしまって手に入れたものであった。
それを知らない桜は、無自覚とはいえ手に入れてしまったユニークウェポンのせいで人生を大きく変えられた。
桜はアメリカ人の父親と日本人の母親を持つハーフである。当然、アメリカ政府と日本政府が桜を巡って会議をするくらいのちょっとした事件になった。
結論、桜が極東第一学園に入学したのは、母親の助言がきっかけだ。ただし、入学まで漕ぎ着けたのはよかった。よくなかったのは世論のレート第一優先の考えだった。
入学当初のことを思い出して、桜は嫌な吐息を漏らす。
「何をするにもレート、レートなの。1位になっても、誰も桜をのんびりさせてくれなかったの」
「それは……まあ、大変だったな」
「だから、桜には盾役として刃が必要なの」
「……おい、ちょっと待て」
頭の中を整理する。聞き捨てならない言葉を吐かなかったか、と刃はもう一度正確に桜の言葉を思い返す。
ユニークウェポンを持ち、1位であるが故に挑戦者が後を絶たない。そこまでは理解できた。桜自身がのんびりと過ごしたいと思っていることも十分に理解できる。では、桜は何と言った。
盾役として刃が必要だと言ったのだ。
桜の考える盾役が、自分の思う盾役と同じなら……、と刃は頬をひきつらせた。
「それ。桜に挑戦しようとする奴らをまず俺が相手するって意味にならないか!?」
「……? そう言ってるの」
「いや、おかしいだろ!?」
桜はずっと探していた。自分より強くなくていい。ただ自分と同じか少し弱いくらいの人物はいないだろうか、と。
そうして、偶然で刃を見つけた。多くのプレイヤーを見てきた桜には一目でわかった。刃は隠し事が苦手な強いプレイヤーであることを。
しかも、話をしてみたら思ったよりも楽しいと感じた桜は、もう刃しかいないと考え始めていた。
問題となったのは強いと言ってもどれだけの強さなのか具体的に知らないことだった。だから、今回のグランドダンジョンに参加しなかった半分の理由は中継を視聴して刃のプレイングを見たかったからだ。ちなみにもう半分は本当に面倒臭いからだ。
そして確信した。レートに縛られない圧倒的なプレイング。劣勢をものともしない強靭な心。瞬時に弱点を見抜く観察眼。
もう刃しかいないと思えた。自分の盾となり多くのプレイヤーの相手をしてくれる未来すら見えたくらいだ。さぞ桜には刃が眩しい宝石のように見えたことだろう。
「桜と契約して、盾役になるの」
目をキラキラと輝かせて刃を見つめるダークブルーのツインテールの少女。刃は変な懐かれ方をされてしまったと、苦いコーヒーを飲んで顔をしかめる。
これが自分と一緒に”アンダーワールド”をプレイしたいといった純粋な思いからくる内容であったなら、刃も快く承諾しただろう。だが、蓋を開けてみればそうではなかった。否、純粋に一緒にプレイしたい気持ちもなくはない。主目的がそれではないだけだ。
桜自身”アンダーワールド”が楽しくないか、と言われれば嘘になる。ただ、楽しいよりも他人に振り回される状況が楽しくないのだ。のんびりとマイペースにプレイしたいのに、桜の用事を無視した挑戦者たちが多すぎた。
それに嫌気が差して、桜は一緒にいて楽しい刃と”アンダーワールド”をプレイしようと考えたのだ。
刃は腕を組んで頭を捻る。確かにアレクサンダーとの戦いの時にはものすごく助けられた。あれがメロンパン1個のお礼とすると大きすぎる。だからと言って桜の盾役としてパーティーを組むのは、それはそれで違うような気がしていて、とても刃を悩ませた。
「さあ、早く頷くの。強いプレイヤーと戦いたいと思ってる刃にとって魅力的な誘いだと思うの」
確かに、と了承しそうになる。
極東第一学園に編入して1ヶ月。まだ見ぬ強敵と戦えるチャンスはそうそうない。けれど、桜とパーティーを組めばそれも容易になる。
即座に頷けないのにはもうひとつ理由がある。現状、刃は姫野と仮初めのパートナーを組んでいる。その期限がグランドダンジョンの閉館までだった。刃の起こした行動でグランドダンジョンが強制的に閉館したことで、勝負の行方がまるでわからない。
加えて、勝敗を決める大切な役割の南奈が刃のことで方々に謝罪と面会を行っていて、学園に駐在していないのも原因だ。
一旦、姫野との関係が落ち着いてからでなければ、パーティーを組む以前の問題となるだろう。
唸る刃に一本の電話が入る。
桜を一瞥すると、どうぞとジェスチャーされたので電話に出た。
『刃。今どこにいる。桜・ウォーターフィールドといるようだが、野暮用か?』
電話の相手は現在多忙の南奈だった。
なぜ、桜と一緒にいることを知っているのかは疑問だったが、昔から情報戦では抜かりなかった南奈のことを思い出して余計なことは言わないようにしようと、返事をする。
「あー……野暮っちゃ野暮だけど。それより何か用か?」
『用がなければ電話なんてしない。ただの野暮用なら今すぐ学長室まで来い。話がある』
「……叱られる、的な?」
『まあ、楽しみにしておくといい』
はっきりしない形で一方的に電話を切られた。
とても嫌な予感が過ぎる刃だったが、これは逃げる口実としてちょうどいいのではないか、と考えた。
残っていたコーヒーを一気に飲み干して桜に視線を向ける。
「すまん! とりあえず、この話はまた今度しよう!」
「……ムゥ。仕方ないの。待っててあげるから、さっさと用事を済ませるの」
頬を膨らませて少し怒った様子の桜だが、強引な要求であることを理解しているのだろう。そして、刃が抱えている問題が何なのかは知らずとも解決さえすれば、きっと話に乗ってきてくれると考えていた。
さっさと店を出ていく刃の背中を見て、桜は少し微笑んだ。
「第1位のラブコールを受けて、即答しなかったのは刃が初めてなの。やっぱり面白い人なの」
作戦は失敗したが、依然として刃に興味を持つ桜はマグに入ったココアを飲みながら、珍しく楽しげな表情を浮かべていた。




