ダークブルーの訪問
グランドダンジョン”最も古き英雄譚”の強制ログアウト事件から2日経過した。極東第一学園の男子寮の入り口前には多くの人だかりができており、その多くが記者やレポーターたちだった。その様子を自室の窓から覗き込んでいた刃は、面倒臭そうに顔をしかめている。
10年前にユニークウェポンによる戦況をガラリと覆した伝説の”黒塗り”と全く同じ姿の砲台を操った小鬼が不知火刃だということはすぐさま広まり、連日そのニュースばかりが流れている。
「——ということは、極東第一学園は”黒塗り”の存在を知っておきながら、今まで秘匿していた、と。これは大問題じゃないですか?」
「大問題といえば、通称”黒塗り”と呼ばれるプレイヤーが学徒であることも問題でしょう。ユニークウェポンの性質上、同プレイヤーでなければ扱うことができないのですから、必然的に10年前の事件を起こしたのが10歳未満の子供だったということになるのですから」
テレビでは評論家や”アンダーワールド”に詳しい教授などが討論をしている。議題は”黒塗り”の今後について。貴重なユニークウェポン所持者であり、極東第一学園が実質的にユニークウェポン所持者を2人も抱え込むことは日本内でのバランスを大きく揺るがすものではないか、と話し合われている。
まさかここまで大きな事件になるとは思ってもいなかった刃は、評論家たちの話にゲンナリする。
確かにユニークウェポンは貴重であり、ひとつの学園が囲い込むのはあまりいいことではない。だからと言って強制的に転校などをさせるわけにもいかない。
ニュースを見ていると、よく見る顔が映し出される。プレートには南奈・リカルド・ルーデルファスト、と書かれていた。
「今回の件ですが、秘匿していたのは当該プレイヤーが未成年であったこと。そして、当人が目立つことを好まなかったことを考慮しての行為です。現に、当人は1ヶ月前に編入していて、目立った立ち回りはしていなかったと思いますが」
「そうは言いますがね。国の了解も得ていなかったわけでしょう? そこまで隠す必要があったんですかねえ?」
憎まれ口で有名なレポーターが訝しんだ目で南奈に訴える。
ムッとした表情で南奈はそれに返した。
「それは人権を無視しろ、ということですか? いつから日本は人権を無視してまで国力を強めるようになったんですか?」
「いや……それは……」
南奈もバカではない。感情的に返すのではなく、法律を遵守して丁寧な返事を行った。
ユニークウェポン”千灯籠”は世界に9つしかない戦闘系ユニークウェポンの貴重なひとつだ。だが、そのために個人の人権が無視されてはならない。刃は優秀なプレイヤーである前に、一個人なのだ。
それを念頭に入れて話をするべきだ、と主張する南奈に現場は静まった。一瞥して南奈は告げる。
「今回、グランドダンジョン”最も古き英雄譚”で起きた事件に関しては全て我々極東第一学園、および私の独断が招いたものです。それは認めましょう。ですが、該当プレイヤーに関しては自由の尊重を持って事に当たっていただきたい。一般プレイヤーの皆様にも謝罪をすると同時に当該プレイヤーへの過度な干渉は差し控えてもらいたい。彼は一プレイヤーの前に、我が学園が守らなければならない学徒の1人なのですから」
こういう時、南奈はとても力になる、と刃は思う。
現に昨日まで鳴り止まなかった国家および企業からの勧誘が止んでいた。全て南奈が裏から手を回したのだろう。とてもありがたいことだ。
テレビを消して、ベッドに腰掛ける。
未だ外には記者たちが刃の外出を待ち構えている。容易には外に出ることができないでいた。幸いなのは刃の寝泊まりしている寮で簡易的な食事が提供されることだ。無理に外に出なくても食事できるのはありがたがった。
天井を見上げて、刃は考える。
やっちまったなあ。南奈に使うなって言われてたのをすっかり忘れてた。でも、あの戦いは楽しかったな。
あの戦いを思い返して変な笑い声が漏れる。
久しぶりの本気の戦いだった。何に縛られるでもなく、仲間たちと協力して戦ったあの瞬間は、刃にとってかけがえのないものだった。
ゲームはゲーム。楽しんでこそゲームであり、だからこそ命を賭ける意味がある。この考えは今も変わってはいない。
楽しかった。その感情に嘘はない。迷惑をかけた。その思いに偽りはない。天秤に掛けて、後悔しない方を選んだ、と刃は思う。もし、あそこで”千灯籠”を出さずに負けていたら、刃は後悔していただろう。あの瞬間トリガーを引かなかったら、刃は”アンダーワールド”を楽しめなかった確信がある。
ゆえに間違えたが誤ってはいなかった、と刃は結論づける。
静まり返った自室で刃はほとぼりが冷めるのを待とうとした。
「——ん? 誰だ?」
静かに生活しようと決めた矢先、刃の映像型デバイスに通信が入る。
宛先を見ると、桜・ウォーターフィールドだった。
ちょうど暇を持て余していた刃は快く通信に出る。
「どうした?」
『今、ドアの前にいるの』
「……メリーさん的な会話は怖いからやめないか?」
『よくわからないの。それより早くドアを開けて欲しいの』
なぜ、桜が男子寮にいるのか。その疑問は尽きないが、言われるがままに自室のドアを開く。するとそこにはダークブルーのツインテールの少女が眠そうな顔で立っていた。
通信を切ってドアの前で白いワンピースを着た桜の相手をする。
「……何か用か?」
「用がなくちゃ来ちゃいけないの?」
「いや……てか、どうやって男子寮に——」
「お出かけするの。準備するの」
急に外出が難しくなった刃のことを無視してお出かけを申し出る桜。あまり外へは出たくなかった刃は嫌そうな顔をする。
「随分と急だな……。俺、今外に出るとまずいんだけど……」
「関係ないの。正面玄関からでなければ問題ないの」
「え……?」
すでに普段着に着替えていた刃の姿を見て、着替える必要性がないと判断した桜は刃の手をとって引っ張る。
ちょ、ちょ、ちょ、と意外と強い引きにコケそうになりながら刃は自室を出た。
桜は慣れた足取りで刃を連れていく。向かった場所は普段誰も使わない裏口だった。
「よくこんな場所を知ってるな……」
「学徒の間では有名なの。男子が女子寮の彼女の部屋に遊びに行くときに使うって聞いたの」
「へえ……。でも、お出かけってどこ行くんだよ?」
「静かな場所なの」
裏口というからあまり使われておらず少し汚れているイメージがあったが、刃と同じような人や密会をする学徒が頻繁に利用しているため綺麗だった。
裏口から出ると、人気はなく細い路地に繋がっていた。
桜は刃を引っ張りながら路地を進んでいく。その先には隠れたカフェがあった。着席すると、桜はココアを、刃はブラックコーヒーを注文する。
店内を見渡して、カップルや一緒に攻略をしているであろう集団が目に入る。ここは路地裏に店を構えているのに、客が多い店だった。
「ここなら外部の人は滅多に来ないの。今の刃にはちょうどいいの」
「……ほんとよくこんな場所知ってるなあ」
桜ほど有名なプレイヤーになると、自然とゆっくりできる場所を探すようになる。その延長線上で見つけた隠れた名店なのだろう、と刃は感心する。
しばらくして注文した品が運ばれてくる。一口飲んで、のどかな店内ミュージックを聴きながら落ち着きを取り戻した刃に、桜は告げる。
「”最も古き英雄譚”で話した内容、覚えてるの?」
「え? ……ああ。ひとつ貸しってやつか?」
「そうなの。早速返して欲しいの」
「ここを奢るとか、か? それくらいなら——」
桜は静かな目で、まっすぐに刃を見つめて。
「刃。桜とパーティーを組んで欲しいの」




